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32.始まりの迷宮 絶体絶命
しおりを挟む「リシェーヌ、下れっ」
プレートメイルアーマと長剣を振り上げて、
ファブリッツィオが突如として現れた。
長剣による一撃は、オーガの皮膚を裂いた。
血が流れているが、やはり、気にした風もなく、
振り返ると、横なぎに棍棒を振るい、
ファブリッツィオを叩き飛ばした。
人形のように転がった。
立ち上がるが、彼の意思を感じないように
左腕がふらふらとしていた。
ふらつきながらも剣を片手で構える
ファブリッツィオは、誠一を一瞥すると、
「アルフレート・フォン・エスターライヒ、
オーガにびびって竦んでいるなら、さっさとここから去れ。
惰弱者にリシェーヌの背中は預けられぬ」
誠一は、動けなかった。
首飾りをしているのにも関わらず、
強烈な悪意が彼を襲っていた。
それに抗するだけで精一杯であった。
「くそう、アル、何とかしてくれー」
オーガの一撃が近づき、そう叫ぶとヴェルは、
歯を食いしばった。
一撃を受けた盾はひしゃげ、ヴェルは、
ファブリッツィオと同じように転がった。
シエンナは、オーガを前にしても
魔術行使を止めなかった。
「我が騎士道ここにありっ、剣閃二段切り」
ファブリッツィオは、ストラッツェール家の
秘剣を放ち、胸に浅い二つ傷を残した。
「駄目か」
ファブリッツィオが呟くと、オーガの左腕で払われ、
気絶してしまった。
ファブリッツィオのつけた傷口に
リシェーヌが攻撃を加えていた。
懐に飛び込む危険な行為であったが、
確実にオーガにダメージを負わせていた。
「ぐあああぅつー」
「くっ、シエンナ逃げて」
リシェーヌが叫んだ。
リシェーヌは、オーガの左腕に掴まれていた。
彼女の力では振りほどくことは出来ないであろう。
ミシミシと嫌な音がリシェーヌからした。
シエンナは、魔術行使を止めた。
リシェーヌに向かって、無理やり作り笑いを
すると、一言、
「やだ」
彼女は杖を構えた。
オーガは、シエンナを一瞥すると、
リシェーヌの首筋に下を這わして、涎を垂らした。
そして、棍棒を放り投げると、シエンナの杖を払い、
彼女を掴んだ。
オーガは誠一の側を通り過ぎると、少女二人を
地面に押し倒した。オーガを下腹部が膨れ上がっていた。
誠一にはこの情景が映っていた。
そして、常に途切れることなく、囁かれていた。
「逃げろ、逃げろ、ここから逃げろ。
仲間を突き倒して、逃げろ、逃げ出せ。
悲鳴をあげて逃げ出せ」
学院長より購入したアミュレットを
身に付けているにも関わらず、
絶え間なく紡がれる言葉が彼の行動を縛っていた。
ヴェルが泣き叫んでも逃げ出さず、仲間を守ろうとした。
リシェーヌがシエンナを逃がそうと、立ち向かった。
シエンナが最後まで仲間をサポートした。
そして、ヴェルは、重傷を負い、
オーガが二人の少女に圧し掛かっていた。
アルフレート・フォン・エスターライヒ、
否、鈴木誠一は、みなより遥かに歳上にも関わらず、
何もできなかった。
それが神の啓示に抗っているためであっても
この状況を打破することに何の寄与もしていなかった。
ファブリッツィオの指摘の通りだった。
何も出来ぬなら、せめて、邪魔にならないように
逃げだして、講師たちの助けを呼べばよかったのだった。
つい最近までのほほんと学生生活を
送っていた誠一にとって、今の状況は地獄であった。
啓示に従うも地獄、抗うも地獄。
怒りで脳が沸騰して、何も考えられない。
目は充血し、血の涙が流れていた。
鼻血は止まらず、噛みしめる歯の力が強すぎて、
歯茎から血がにじみ出して止まらず、
にぎった拳には、爪がめり込み、血が流れていた。
誠一の行き場のない怒りが爆発した。
「このくそったれが!
屑のようなことばかりさせやがって、
このニート野郎が!力をよこせ、屑。
いや、課金しろや。
力を寄こさないなら、絶対に見つけて、
復讐してやる。
その薄汚れた暗い部屋で待っていろよ」
色々と誠一の想像が加味された言葉が叫ばれた。
そして、彼は一瞬、意識が飛んだ。
称号「神々への反逆者」を得ました。
天啓を受けた際の制約がなくなり、
恩恵のみを受けられるようになります。
そんな声が心に聴こえた瞬間、誠一は自由になった。
「うおおおぅ」
誠一は吠えた。
躍動すると同時に片手剣を抜き、
リシェーヌとシエンナを弄るオーガの頸部に
突き刺した。
剣は根元からぽっきりと折れた。
誠一は力任せにオーガに前蹴りを喰らわせた。
オーガは転がり、シエンナとリシェーヌを解放した。
ふらつきながらもオーガは立ち上がると、
部屋中に閃光が走った。
誠一の目に視界が戻り、オーガを見ると、
1人の少女が短剣をオーガに突き刺していた。
「アル、長剣で首を飛ばして」
誠一は、瞬時に悟り、ファブリッツィオの剣を
拾い上げると、飛び上がり、力任せに振り下ろした。
オーガの首は、地面に転がり、血が辺り一面に
降り注いだ。
血の雨に濡れながら、短剣を引き抜き、佇む少女。
誠一は、見惚れていた。
意識を取り戻したシエンナが悔しそうに呟いた。
「くっくうううっ、美人は何をしても絵になる」
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