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*6* 白ネコと苺の花

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 サァッ、と髪を舞い上げたそよ風が、木のてっぺんを揺らして、緋色の空に消えていった。
 心地よい余韻に包まれながら、ため息ひとつ。

「にゃんこー」

「うみゅー」

「あたしの短い美脚から離れなさーい」

「みゃっ!」

 早く帰ろうと近道したのが、運のツキだった。
 校舎裏の茂みから襲撃され、校門にたどり着けやしない。
 刺客は、ちいさな白い子ネコちゃん。少し前から懐かれてたり。
 ゴハンのおねだりかと思いきや、違う、これはスネてるだけ。

「ランチの後に、じゃれてあげられなかったから?」

「うみゅ!」

「……そらぁゴメンナサイネ」

 ついに特殊スキル〝動物と会話〟を会得してしまった。
 ヤバイぞ、このままでは真のぼっちを極めてしまう!

「かわいいネコちゃんですね」

 はじめ、空耳かと思った。
 けど、ここにはあたしとネコ以外、いないわけで。

 見ると、落ち葉を染める陽と同じ色のショートブーツが、行儀よく並んでいる。
 若葉色のワンピース。はためく裾から首を反らせたその先。
 オレンジを帯びた春風に、亜麻色のポニーテールをなびかせたその女の子は。

黒岩くろいわさん!?」

「こんにちは、佐藤さとうさん」

 お辞儀をした黒岩さんは、若葉色のワンピースを両の膝裏に巻き込み、茂みでだらしなく足を伸ばしたあたしと目線を合わせる。

「瞳が青い白ネコちゃんってね、目が悪いんだって」

「あ、だったらあたしとママを間違えてるんだ」

「うーん……私も何度かここ通ってるけど、この子と会ったことないよ?」

「そうなの?」

「足音とか、雰囲気でわかるんじゃないかな? 佐藤さんが来たって」

 驚いて、そうなんかい? とにゃんこを見下ろすが、クリアブルーの瞳が細まるだけで……

「待て待て待て、寝るなって!」

「安心してるんだよ」

 黒岩さんは、あたしの右足に引っ付いた白い毛玉を、赤ちゃんにするようにひと無でした。
 すると優しい笑みから一変、視線を伏せがちに眉尻を下げる。

「ごめんね……お礼もまともにできなくて」

「この間? あぁ……」

 ナンパやろう×2を(かえでが)撃退した翌日のこと。
「ごごっ、ごめんなさいっ!」と、どこからか買ってきたんだろうお菓子を押し付け、全力エスケープした黒岩さん。
 イヤイヤお礼されるほど嫌われた? とまぁ軽くヘコんだね。
 見かねたせつが、食事当番代わって特製卵がゆ作ってくれるくらいに、軽ーくね。

 それが……今はどうだろうか。
 あんなに挙動不審だった黒岩さんが、目を見て話してくれるなんて。

「お嬢さんは、ホントにあの黒岩さんかい?」

「あはは……うん。私ね、ホントはわりとしゃべるほうなの。でも、いつも最初のガードが硬くなっちゃって……」

「打ち解けるまで、行かない?」

「そうなんです。だからね、佐藤さんが助けてくれて、嬉しかった。私も頑張らなきゃって思ったし」

 嫌われては、いないみたい。

「佐藤さん、ひとつ講義休んでたよね。体調不良か何か?」

 嫌われるどころか、気にされてた。
 これはもしかして、もしかすると。

ゆきでいいよ」

「えっ! でも」

「佐藤なんてその辺にウジャウジャいるし。だからさ、あたしも黒岩さんのこと、名前で呼んでいい?」

 強気で踏み込んでみる。
 不思議なことに、今ならできそうな気がしたんだ。
 嬉しいことに、それは願望で終わらなくて。
 気恥ずかしそうなうなずきに、笑いが漏れちゃったよ。

「よし! 心配してくれてありがとね、苺花。あ、呼び捨て主義なんでヨロシク」

「……うー! やっぱ恥ずかしい……!」

「かわいい名前じゃない」

「いえいえ……苺の花とか、少女マンガのヒロインみたいな名前、私には恐れ多くて!」

 確かに、あたしよりちょっと背が高いし、かわいい系でも、綺麗系でもいけるね?
 そう言うと、反論がありまして。

「幸ちゃんのほうが、何倍も綺麗ですっ!」

「えぇ~、ウッソだぁ」

「ホントだよ! 国語科でも有名だもん!」

 いやいやまさか……と返しかけて、思い出す。

〝僕が一方的に知ってるだけなんで!〟

 ……これか、このことなのか!
 も~、「あたしなんかやらかしたっけ?」ってハラハラしたじゃんよー星宮くん。……ていうか、そうだよ星宮くん!

「いいところに来てくれた、苺花!」

「えっ、私っ?」

「こないだくれたお菓子、すごく美味しかったの!」

「あ、よかった~お口に合って」

「でね、こっからお願いなんだけど!」

「う、うん……?」

 ずいっと詰め寄るあたしに、気圧され気味の苺花だったけど、一通り話を聞いて、うなずく。

「そういうことなら、大歓迎です!」

「やった!」

 早いとこ帰ろうとしてたけど、予定変更。
 今日の夕飯は……元々楓の当番だし、大丈夫!
 あたしが監督につかなくたって、ちょっと独創的なディナーになるだけ!

(雪……あたし、やりました……!)

 遠い茜色へ飛ばしていた視線を、ふと戻す。
 無意識に握っていた雪の結晶が、ぬくもりを持っているような気がした。

「にゃんこー、起きてちょーだい!」

「……ふみゃあ~!」

 右足の白い毛玉を、なんとか引き剥がす。

「幸ちゃんが大好きなんだね」

 ニコニコと手を差し出してくる苺花。
 自然と笑みが漏れて、手を取り、弾みをつけて立ち上がった。

 時は夕暮れ。
 あたしたちの時間は、まだ始まったばかりだ。
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