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27.名無しの彼
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どのくらい、背中をさすってあげていたでしょうか。
「うぇ……のど痛い」
嗚咽も引いて、落ち着いてきたようです。
すん、と鼻をすすりながら、真っ赤に泣き腫らした目もとをこすっている姿は、まるで猫ちゃんみたい。
(……猫ちゃん、でした)
大切なことを思い出しました。
いまだ半信半疑な事実を、恐る恐る、たずねてみます。
「あの、理玖くん……」
「ちがうよ。理玖はもう、消えた名前」
「どういうこと、ですか?」
「俺たちは、死んだら名前を失くす。だから俺は、理玖じゃない。地獄に来るのは、そういうヤツら」
「それは、誰かに教えてもらったんですか?」
「いや。なんか、知ってた」
確信しました。彼は、自分が〝九生猫〟であることを理解しています。
誰かに教わったわけでもない……
なのに、ヒトとして過ごしていたときに知らなかった知識があるということは。
(……本能が、ここに来て解放された?)
そのくらいしか、思いつきません。
「でも、わたしにとっては理玖くんですし……」
「キライ」
キッパリと、語尾を遮られました。
「キライだから、その名前やめて」
「そう、ですか……なんだかちょっと、寂しいですね」
明るく人気者だった彼も、闇を抱えた彼も、わたしにとっては、理玖くんなのですから。
「俺いま名無しだけど、理玖以外なら、好きに呼んでいいよ。三葉だけトクベツ!」
「え!」
目の前は、二カッとまばゆいばかりの笑み。
(困りました……)
あだ名なんてつける性分ではないですし、「じゃあ名付けてやろう!」なんて身分でもないですし。
でも、名前がないと呼びづらいのも事実ですし……
「うーん……うぅ~ん……」
「んー?」
「名無しの…………ナナくん?」
頑張りました。あだ名をつけてみました。
センスがないなんて言わないでください。はじめてなんです……!
「いいね、それ!」
「いいんですか!?」
お世辞ではありません。
「名無しのナ~ナ!」
歌を口ずさんでいるところをみると、本気で気に入ったようです。
「三葉がくれたものは、全部嬉しいよ」
「……ナナくんがそう言うなら、よかったです」
かくして理玖くんあらため、ナナくんと呼ばせてもらうことになりました。恐縮です……
少し話が逸れてしまいましたが。
気になっていたことを、いま一度たずねます。
「ナナくん……たしかいままで、わたしを待っていたと言ってましたが」
「うん。〝大事なヒトがいる〟ってことしか、わかんなかったけどね……ずっとずっと、待ってた」
「わ!」
ぎゅう、と抱きしめられました。
ナナくんはあどけない顔立ちをしていますが、実は、零よりも背が高かったりします。
ですので、草むらに座り込んだ彼の足の間に、身体がすっぽりとおさまってしまいます。
「三葉がいるから、しあわせ……」
ヒトとして生きた17年間。わたしがここへ来るまでの数日間。
ナナくんの日常は、孤独そのものだったのでしょう。
その反動が、彼にこんなにも、愛情を注がせるのです。
「ナナくん……」
「ん、またキスしていいよって?」
「え、あの」
「んじゃお言葉に甘えて!」
気を抜けば、ちゅ、と唇をついばまれてしまいます。
「なーんてね? ははっ! きょとんとして、三葉かわいい!」
明るく笑い飛ばしたナナくんは、呆けたわたしに、こつん、と額をくっつけてきました。
「三葉の唇、ふにふにしてて気持ちいい。ね、もっとしたい……ダメ?」
孤独に生きた彼が、これでもかと愛情を注ぐ理由。
いまならわかります。
同等か、それ以上に、わたしから愛されたいのです。
「ナナくん……」
そっと、頬に手を添えます。
「独りで……心細かったですよね」
「……うん」
まつげを伏せたナナくんは、わたしの手に手を添えて、甘えたように頬ずりをしてきます。
「あなたは、もう独りじゃないですよ」
「うん……」
「だから、わたしといっしょに……帰りませんか」
――その瞬間。
見開かれたエメラルドの瞳が、閃光のような煌きを宿しました。
「うぇ……のど痛い」
嗚咽も引いて、落ち着いてきたようです。
すん、と鼻をすすりながら、真っ赤に泣き腫らした目もとをこすっている姿は、まるで猫ちゃんみたい。
(……猫ちゃん、でした)
大切なことを思い出しました。
いまだ半信半疑な事実を、恐る恐る、たずねてみます。
「あの、理玖くん……」
「ちがうよ。理玖はもう、消えた名前」
「どういうこと、ですか?」
「俺たちは、死んだら名前を失くす。だから俺は、理玖じゃない。地獄に来るのは、そういうヤツら」
「それは、誰かに教えてもらったんですか?」
「いや。なんか、知ってた」
確信しました。彼は、自分が〝九生猫〟であることを理解しています。
誰かに教わったわけでもない……
なのに、ヒトとして過ごしていたときに知らなかった知識があるということは。
(……本能が、ここに来て解放された?)
そのくらいしか、思いつきません。
「でも、わたしにとっては理玖くんですし……」
「キライ」
キッパリと、語尾を遮られました。
「キライだから、その名前やめて」
「そう、ですか……なんだかちょっと、寂しいですね」
明るく人気者だった彼も、闇を抱えた彼も、わたしにとっては、理玖くんなのですから。
「俺いま名無しだけど、理玖以外なら、好きに呼んでいいよ。三葉だけトクベツ!」
「え!」
目の前は、二カッとまばゆいばかりの笑み。
(困りました……)
あだ名なんてつける性分ではないですし、「じゃあ名付けてやろう!」なんて身分でもないですし。
でも、名前がないと呼びづらいのも事実ですし……
「うーん……うぅ~ん……」
「んー?」
「名無しの…………ナナくん?」
頑張りました。あだ名をつけてみました。
センスがないなんて言わないでください。はじめてなんです……!
「いいね、それ!」
「いいんですか!?」
お世辞ではありません。
「名無しのナ~ナ!」
歌を口ずさんでいるところをみると、本気で気に入ったようです。
「三葉がくれたものは、全部嬉しいよ」
「……ナナくんがそう言うなら、よかったです」
かくして理玖くんあらため、ナナくんと呼ばせてもらうことになりました。恐縮です……
少し話が逸れてしまいましたが。
気になっていたことを、いま一度たずねます。
「ナナくん……たしかいままで、わたしを待っていたと言ってましたが」
「うん。〝大事なヒトがいる〟ってことしか、わかんなかったけどね……ずっとずっと、待ってた」
「わ!」
ぎゅう、と抱きしめられました。
ナナくんはあどけない顔立ちをしていますが、実は、零よりも背が高かったりします。
ですので、草むらに座り込んだ彼の足の間に、身体がすっぽりとおさまってしまいます。
「三葉がいるから、しあわせ……」
ヒトとして生きた17年間。わたしがここへ来るまでの数日間。
ナナくんの日常は、孤独そのものだったのでしょう。
その反動が、彼にこんなにも、愛情を注がせるのです。
「ナナくん……」
「ん、またキスしていいよって?」
「え、あの」
「んじゃお言葉に甘えて!」
気を抜けば、ちゅ、と唇をついばまれてしまいます。
「なーんてね? ははっ! きょとんとして、三葉かわいい!」
明るく笑い飛ばしたナナくんは、呆けたわたしに、こつん、と額をくっつけてきました。
「三葉の唇、ふにふにしてて気持ちいい。ね、もっとしたい……ダメ?」
孤独に生きた彼が、これでもかと愛情を注ぐ理由。
いまならわかります。
同等か、それ以上に、わたしから愛されたいのです。
「ナナくん……」
そっと、頬に手を添えます。
「独りで……心細かったですよね」
「……うん」
まつげを伏せたナナくんは、わたしの手に手を添えて、甘えたように頬ずりをしてきます。
「あなたは、もう独りじゃないですよ」
「うん……」
「だから、わたしといっしょに……帰りませんか」
――その瞬間。
見開かれたエメラルドの瞳が、閃光のような煌きを宿しました。
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