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愛しき口づけを㈢
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愛おしげなまなざしをひとしばらく注いだのち、真知は名残惜しげながら、両腕を完全にほどいてみせる。
次いで、依然として頭を垂れた朔馬を見やる。
「コノハナサクヤヒメ」
「……はい」
「前言撤回。おまえ、よくあの程度で済んだな」
真知の言の葉は沈黙を喚び入れた。
朔馬が反応を示さないのだから、穂花の理解が追いつかないのも、尚のことであろう。
「調子狂わせる天才だから、穂花は」
心を見透かされていた。憎たらしげな小突きは冗談めいていて、数拍ののちに理解。とたん異議申し立ての衝動に駆られる。
「私の所為なの!?」
「自覚がないのって罪だよな」
「普通に話してるだけだもん! ってまちくん、聞いてるのー!?」
「はいはい、聞いてます」
「嘘をつきなさい!」
適当にあしらう真知を、じとりとにらみつける穂花。ふたりをよそに、くすりと、木の葉が囁いた。
「懐かしい……」
朔馬だった。いつしか上げた柔和な顔立ちをほころばせ、穂花と真知を見つめていたのだ。
花の頬笑みに、穂花は顔を赤らめ、真知は居心地が悪そうに首を撫でた。
「おまえって……ほんと、平和主義だよな」
「そう……でしょうか?」
「無自覚がここにも」
明言こそしていないものの、穂花には、真知の嘆息が朔馬に対する敗北宣言のように聞こえた。彼の名誉の為に、胸に留めておくが。
なんにせよ、息苦しさ最上級の物々しい空気が払拭され、穂花としては内心万々歳であった。
そうして、憶えずほころんだ笑みを見逃しはしなかった神らもまた微笑したことを、少女のみが知り得ない。
「世間話はこれくらいにして。本題に移るぞ」
真知のひと言で、和んだ空気はいま一度の引き締まりを見せる。
本題。朔馬が、そして真知が揃ってここを訪れたことの、そもそもの発端となるもの。
「といってもいきなりだとアレだから、まずは確認から。穂花、おまえはどこまで思い出せた?」
問いに対して、特に違和感は憶えなかった。
〝どこまで思い出せたか〟――すなわち〝忘れている事実がある〟ことを、いつの間にか理解していた為。
「ごめん、そんなには……サクヤのこと、それと〝ニニギ〟って名前に、聞き憶えがあるってことだけしか」
「なるほど。まぁ道理かもしれないな」
顎に手を当て、しばし思案した真知は、おもむろに口を開く。
「薄々気づいてるだろうが、ニニギはおまえだ。おまえの、神としての真名だ」
「私が、神……」
なんと現実味のない話だろう。
他人事のように感じるくらいには、葦原穂花として生きてきた十六年は、短くなかった。
「ニニギ――ニニギノミコト。教えてやる。おまえが、どれだけ貴い神であるかを」
次いで、依然として頭を垂れた朔馬を見やる。
「コノハナサクヤヒメ」
「……はい」
「前言撤回。おまえ、よくあの程度で済んだな」
真知の言の葉は沈黙を喚び入れた。
朔馬が反応を示さないのだから、穂花の理解が追いつかないのも、尚のことであろう。
「調子狂わせる天才だから、穂花は」
心を見透かされていた。憎たらしげな小突きは冗談めいていて、数拍ののちに理解。とたん異議申し立ての衝動に駆られる。
「私の所為なの!?」
「自覚がないのって罪だよな」
「普通に話してるだけだもん! ってまちくん、聞いてるのー!?」
「はいはい、聞いてます」
「嘘をつきなさい!」
適当にあしらう真知を、じとりとにらみつける穂花。ふたりをよそに、くすりと、木の葉が囁いた。
「懐かしい……」
朔馬だった。いつしか上げた柔和な顔立ちをほころばせ、穂花と真知を見つめていたのだ。
花の頬笑みに、穂花は顔を赤らめ、真知は居心地が悪そうに首を撫でた。
「おまえって……ほんと、平和主義だよな」
「そう……でしょうか?」
「無自覚がここにも」
明言こそしていないものの、穂花には、真知の嘆息が朔馬に対する敗北宣言のように聞こえた。彼の名誉の為に、胸に留めておくが。
なんにせよ、息苦しさ最上級の物々しい空気が払拭され、穂花としては内心万々歳であった。
そうして、憶えずほころんだ笑みを見逃しはしなかった神らもまた微笑したことを、少女のみが知り得ない。
「世間話はこれくらいにして。本題に移るぞ」
真知のひと言で、和んだ空気はいま一度の引き締まりを見せる。
本題。朔馬が、そして真知が揃ってここを訪れたことの、そもそもの発端となるもの。
「といってもいきなりだとアレだから、まずは確認から。穂花、おまえはどこまで思い出せた?」
問いに対して、特に違和感は憶えなかった。
〝どこまで思い出せたか〟――すなわち〝忘れている事実がある〟ことを、いつの間にか理解していた為。
「ごめん、そんなには……サクヤのこと、それと〝ニニギ〟って名前に、聞き憶えがあるってことだけしか」
「なるほど。まぁ道理かもしれないな」
顎に手を当て、しばし思案した真知は、おもむろに口を開く。
「薄々気づいてるだろうが、ニニギはおまえだ。おまえの、神としての真名だ」
「私が、神……」
なんと現実味のない話だろう。
他人事のように感じるくらいには、葦原穂花として生きてきた十六年は、短くなかった。
「ニニギ――ニニギノミコト。教えてやる。おまえが、どれだけ貴い神であるかを」
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