上 下
15 / 19
第1章『リンゴンの街編』

第15話 伝えたかったキモチ

しおりを挟む
 クリベリン邸を飛び出して、街のはずれまでやってきた。
 風が吹き抜ける十字路の真ん中で、するっと、つないでいた手がほどかれる。

「傭兵のおじさんから助けてくれて、ありがとうございました。ここから先は、どこでも好きなところに行ってください」

 そう言う声はかたくて、背も向けられている。

「……それ、僕に言ってるんですか?」

 わかりきったことだとは思いながら、きき返す声が低くなるのを、おさえられない。

「キミは、2年前に『テイム』した『オーガ』……思い出しました。もう『リリース』したってことも。だから、シュシュとのつながりはないんです」

「あります」

「ありません!」

「ある。だってご主人さまは、あのとき、僕の名前を呼ばなかった」

「それはっ……!」

『テイマー』がモンスターにつける名前は、服従させるための枷。
 もし『リリース』をするなら、『テイマー』は同時に名前も破棄して、モンスターの枷をといてあげなくちゃいけない。

「僕の名前は、ずっとあなたがもってました。あのときの『リリース』は無効です」

「っ、ソラく──!」

「これから『リリース』するのも、やめてください。……さすがに、怒りますよ。これは僕の名前だ。わたさない」

 じぶんがどんな顔をしてるかなんてわかるわけないけど、きっと、ヒトには見せられないようなものなんだろう。『鬼の形相』ってやつかも。

「名前をくれて、うれしかった……僕の気持ちは、知らんぷりですか……?」

 泣きそうになるのをこらえてるから、こんな怖い顔になっちゃうんだ。
 鬼の鋭い牙が唇に食い込んで、口のなかに苦い味がひろがる。

「……そう、ですね。知らんぷり、してましたね」

 痛いくらいの沈黙に、か細い声が聞こえた。

「……あのときキミを『リリース』したのは、このまましばりつけちゃいけないって、それで頭がいっぱいだったからなんです」

「どういうこと、ですか?」

「人間の身勝手な都合ですよ。あのときのこと、なにもかも忘れるつもりでした……でもやっぱり、こころのどこかで、キミのことが引っかかっていたんでしょうね」

「ご主人さま……」

「違います。『テイマー』の仕事は辞めました。もうキミのご主人さまになってあげられません」

 だからこれっきりだって、また遠ざけられるんだろうか。
 想像してうなだれちゃったけど、続く言葉に、ハッと顔が上がる。

「……キミの声をきかないで、つらい思いをさせてしまったこと、ほんとうに申し訳ないです。ごめんなさい……それで、虫がよすぎるかもしれないけど、キミが無事でいてくれて、ほんとうによかったです……」

 とぎれとぎれの言葉を耳にするたび、よどんでいた胸の霧が晴れるようだ。

「あの、ソラくん」

「はい」

「あのときつたえられなかったこと、きいてくれますか?」

「……はい」

「シュシュは……シュシュは、ただ、キミたちとおなじでいたかった。おともだちに、なりたかった。そうするのに、『テイマー』はちょっと違うかなって、シュシュは思ったんです」

 命令するご主人さまなんかじゃなくて。
 おなじ目線でいたかった。
 対等で、ありたかった。

 ──それが、僕を『リリース』しようとした、ほんとうの理由なんだって。

 光が射したみたいに、視界がパァッと明るくなって、からだの芯から、じんと熱がこみ上げてくる。

「だから、『モン・シッター』のお仕事をはじめたんです。キミたちがやすらげる居場所を、つくりたかった」

 そんなこと、言われたらさ。

「反則でしょ……っ!」

 あれだけこらえていた涙があふれて、止まらない。
 想いがあふれて、たまらない。
しおりを挟む

処理中です...