【完結】ユキイロノセカイ

はーこ

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本編

*35* 気になるお年頃なんです

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「いやぁ、ビックリたまげましたー……」

 ちょっとやそっとのことじゃ動じませんと、ドヤ顔をしていた笹原ささはらさん。
 あたしと入れ替わりに一般病棟へ移ったせつの担当となり、しばらく経った今もそう話す。
 巻かれた舌が戻ることは、この先ないのかもしれない。

「兄さん保護してきました……!」
ゆきちゃんだ! いらっしゃ~い」

 病室のドアがスライドし、部屋の主が戻ってきた。
 ふにゃふにゃスマイルにペースを持って行かれそうになる。
 が、事が事なので椅子に陣取り、腕組み、脚組みで迎えてやる。

「こーら雪、どこほっつき歩いてたの」
「昨日仲良しのおじいちゃんに誘われて、お孫さんと3人で日向ぼっこをですねぇ」
「というわけで、日当たりのいい食堂まで」
「階違うじゃん……ご苦労だったね、かえで
「あざす。なでてください。あとユキさん、そのポーズ、色っぽくてイイと思います」

 たわ言をほざいてるバカはサクッとスルーして、雪を呼ぼうとするが。

「うんうんっ、幸ちゃんかわいいよねぇ!」

 当の本人がコレなため、脱力感半端ない。

「おやおや佐藤さとうさん、モテ期ですか? 両手に花ですか?」
「笹原さんまでやめてくださいって……あーもう雪、ハウス!」
「ぼく、ワンちゃんじゃないよー」

 とか言いながら、ベッドに戻ってくる雪。素直か。

「よいしょっと……」

 無事腰掛けることができ、一件落着。
 一度預かった松葉杖をベッドに立て掛けた流れで、ふわふわな黒髪をなでた。
 えへへと嬉しがる雪は、うん、間違いなく小動物だ。

「手足の感覚はいかがですか?」
「だいぶよくなりました。すぐ疲れなくなりましたし」
「リハビリの経過も良好ですね。この様子であればじきに退院できると、先生が仰っていましたよ、雪さん」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「では、僕はナースセンターに戻りますね。ごゆっくり」

 初め、雪の手足は充分に機能しなかった。5年も眠り続けていたことで、筋力が著しく低下していたためだ。
 それが、ほんの数週間で驚異的な回復力を見せたのは、偶然じゃない。言うなれば、楓のおかげ。
 運動部、とりわけ陸上で活躍していたらしい楓は、故障に敏感だった。

〝この5年間、毎日毎日お見舞いに来て、言葉をかけながらマッサージをしてあげていたんですよ〟

 楓とやたら出くわしていたことの真相だ。
 この病院は噴水広場にもほど近い。笹原さんに話を聞いて、納得。

「楓」
「うん? 何ユキさん?」

 兄さんは、きっと目を覚ましてくれる――強く信じていた楓のお手柄。
 だから手招きをして、屈んできた焦げ茶色の頭をガシガシ掻き回す。
 うわっ! と声を上げる楓に、雪も上機嫌だ。

「ふふっ、少し見ない間にかえくんおっきくなってるから、お兄ちゃんは嬉しいです」
「子供扱いするなって……俺もう20歳なんだしさ……」
「だねぇ。成人式までには退院したいな」
「まさか来るつもり!?」
「自慢の弟くんの晴れ姿、見逃せないしね!」
「いいって、そういうの!」
「せっかくだから、袴にしようよ~」
「やだよ目立つし! そういう雪兄さんだってスーツだったじゃん!」
「ぼくはよかったの。袴だと、なんでか七五三と間違われちゃったから!」

 間違われたのか……
 うっかり口を滑りそうになったが、雪の名誉のため、のどの奥で留めておく。というか。

「そういや結局、雪って何歳だっけ?」

 次の瞬間、雪が笑顔のまま固まった。

「い、いくつだったかな? ちょっと覚えてないなぁ~」
「物忘れが始まるほど歳か……」
「ひどい! ぼくまだギリギリ20代だよっ!」
「え、ギリギリなの? マジ?」
「はっ!」
「雪兄さん、チョロすぎだろ……」
「もーっ、他人事みたいに!」

 小柄な体格、ベビーフェイス。
 垢抜けた言動も相まって、ポカポカ楓にアタックする姿は、どう見ても20代後半のそれじゃない。

 ギリギリ20代? それって俗に言う、アラ――

「俺と6つ違いだよ。ユキさんの8つ上になるかな」
「ってことは……26?」
「わーっ、なんでバラしちゃうのー!」
「別に隠すことはないだろ?」
「ぼくが恥ずかしいんですっ!」

 ……乙女か。

「だって四捨五入したら三十路だよ? もうおじさんじゃないですか~!」
「雪、無理に四捨五入しなくてもいいんだよ?」
「幸ちゃんは、8つも歳上のおじさんでも、いいの……?」

 雪にとって、年齢の話題はタブーなのか。気にすることないのに。

「もし幸ちゃんとふたりで歩いてたとして、実際問題、26歳男性と女子高生だよね? これって犯罪にならないかな……」

 あ――……そういうことか。
 同じく悟ったらしい楓と顔を見合わせ、苦笑。

「大丈夫。雪は例外だから」

 切迫した様子で頭を抱えていた雪は小首を傾げ、キョトン。

「そうなの?」
「そうなの」
「そうなんだよ」

 あたしと楓のうなずきに、チョコレート色の瞳をくりくりっと丸くさせたのだった。
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