【完結】ユキイロノセカイ

はーこ

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本編

*28* バカやろう

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 予想外のことで、身体は固まっちゃって。唇を覆われながら、たくましい腕に抱き込まれていくだけ。

せつ兄さんは、どんな風にキスしてた? どんな強さでユキさんを抱き締めてた?」
「か、えで……何を……」
「わかんないからさ、教えて? 俺、言われた通りにするよ」
「……雪に、なるつもり……?」
「超えられっこないってわかってる。けど、きみの泣き顔を見るよりずっといい」

 抱く力は、いつもより弱い。一方で首筋に擦り寄る仕草が、あたしの心臓を鷲づかむ。
 ぎゅっとしてもいいですかって、甘えたようにおねだりしてきたあいつが、頭をよぎるなんて。

「力、抜いて」

 言われるがまま脱力した身体を、そっとベッドに寝かせられる。
 上体を乗り出し、囲うように両肘をシーツに沈ませたかえでは、あたしの髪をさらっと横に流す。

「目を閉じて。大丈夫、優しくする……」

 催眠にかかったみたい。なんの抵抗もなく、光を遮断する。額へ落とされたキスに、手足が強張った。

「俺、頑張るから」

 頬へ落とされたキスに、胸がキュッと締め付けられる。

「雪にされてるって、思えばいい」

 それから、言葉は必要なかった。

 ついばむように繰り返されるキス。
 思考が奪われる。

 髪を梳く右手。
 指を絡めた左手。
 密着した上半身。

 暗闇の中、時折息継ぎをしてはすぐに落とされる熱を受け入れる。
 空っぽな身体は、与えられる温もりを嬉々として享受していたけれど。

「……んっ……うぅっ……」

 流れ出した涙が、あたしの心が、抵抗するの。
 やっとの思いで胸を押す。熱をはらんでいるのに純粋な瞳が、あたしを見下ろしていた。

「バカやろう……」
「ユキさ……」
「あたしの……大バカやろうっ……!」

 突然の剣幕に、楓が硬直する。
 焦げ茶色の瞳には、戸惑いの色が滲んでいて……でも、尻すぼんでる場合じゃない。
 口に出すほど、ハッキリすることがあるの。

「楓だって……大切でしょうが」
「え……」
「すきなのに! お兄ちゃんみたいだって、頼りにしてるクセに、あたしは……っ!」

〝きみが笑ってくれれば、それでいい〟

 そんな自己犠牲を強いる、大バカ者だ。

「……ごめん」
「謝んないで……楓にだって、自分の気持ち大事にする権利があるんだから」
「俺……ユキさんのこと、好きでいてもいい?」
「楓の自由でしょ」
「ウゼェくらい一緒にいたくって、隙あらばキスとかハグとか、なんなら押し倒したりとかもしたいって思ってるけど、いいの?」
「か……かえでの、自由デショ……」

 思うだけなら、と付け足しする前に、やられた。

「ユキさ――――ん!」
「待てコラ楓っ、どこさわって……!」
「胸にダイブしてます!」
「堂々と言うことじゃない!」
「だってユキさんが惚れ直させるから」
「あたしのせいかよ!」
「あー、ユキさんやわらけー……そろそろ手ぇ出してもいいですか? てか出すよ?」
「ただちに引っ込めろ変態!」
「じっとしてー」
「きゃあああ! さわんなばかぁ!」

 ジタバタもがくあたしをいとも簡単に押さえ込み、ニィッと白い歯を見せる楓。

「ホント、かわいいなぁ」
「おいふざけんな。マジでそのニヤけ面ブン殴るぞ」
「大丈夫、なにもしないって。今日は」
「今日〝は〟!?」
「ユキさん、ケガ治ってないしね」
「理由が生々しい!」
「あはははっ」

 なんだ、このやり込められてる感。楓のやつ、雪に似てきてないか? 色々と吹っ切れたから? もうやだこいつ……

「ユキさん、雪兄さんのこと好き?」
「えぇ好きですとも。あんたの何億倍もね」
「っへへ」
「……なんで嬉しそうなのよ」
「俺が世界で一番好きなふたりが、すっげー仲良しなんだ。めっちゃ嬉しい」

 ホント……なんでそういうこと、恥ずかしげもなく言えるのかね。

「ね、約束して。この先なにがあっても、雪兄さんのこと好きでいるって」
「言われなくとも、そのつもりだっつの」

 なにを今さら。いぶかしげに見上げたときだった。真摯な瞳を前に、言葉を呑み込んでしまう。
 
「ユキさん、あのさ――」
「失礼します。楓くんはいらっしゃいますか?」

 語尾と重ねて、病室のドアがスライドした。口をつぐみ、振り返った楓の後ろからひょいと顔をのぞかせる。
 と、そこに淡いブルーのナースウェアを着た男性と目が合った。

「あ、はい。ユキさんが目を覚ましたんで」
「あぁそれはよかった! 初めまして、佐藤《さとう》さん。担当看護師の笹原ささはらです。何かございましたら、遠慮なくお申しつけくださいね」

 中背で、どちらかといえばやせ型。40代くらいだろうか。柔和な笑みが印象的な看護師さんだ。

「……よろしくお願いします」

 人の良さそうな男性――笹原さんを前に、ペコリ。隣に座る楓がヘラッと笑ったので、肘鉄を食らわせておいた。

「おやおや、青春ですねぇ」
「いやぁそれが、なかなか落ちてくんなくって」
「まだ若いじゃないか。頑張りなさいな」
「もちろんです。ってか笹原さん、俺呼んでませんでしたっけ?」
「ああ、福園ふくぞのさんがいらしてね。きみを探していましたよ」
「……わかりました。すぐ行きます」

 口早に返答した楓が、少し真顔だったような?
 確認の意味を込めて見上げたときには、いつもの笑顔がそこにあった。

「今日はごちそうさま」
「……なっ!」
「また明日来るよ。じゃあね、ユキさん!」

 絶句している間に、楓は颯爽と病室を後にする。

「……笹原さん、面会拒否ってできますか」

 しばらくして漏れたつぶやきに、ペンを走らせていた笹原さんは手を止めて、くすっ。

「楓くんも、やるねぇ」

 バインダー越しの笑顔に居たたまれなくなって、逃げるように布団を被る。
 ……明日は大雪になれ。
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