3 / 44
本編
*3* 小動物とあたし
しおりを挟む
「ユキさん、こんにちは~」
絶対に来てやるものか。ふにゃふにゃした笑顔を前に、それはムダな意地にすぎなかった。
そういや家路だったわとも気づいて、早数日。
今日もバイト帰りに、セツという小動物の相手をしてやっている。
「真冬ですねぇ」
「ソダネ」
空は茜。場所は相も変わらず噴水広場。この極寒で、なにが悲しくて巨大オブジェをバックに並び座るのか。
理由は簡単。あたしがお礼を断ったから。傘返しただけで大げさだし。
けどセツは違った。それっきりになることを、妙に拒んだ。
さすがにナンパされたとか、うぬぼれちゃいない。セツだってそんな性分じゃないだろう。
現に、連絡先なんて訊かれやしない。あたしたちをつなぐのは、いついつの何時頃に、天気が悪くなかったら来るかもね、みたいに、不確かな口約束だけだ。
それでも、あたしがここに来たとき、セツは必ずいて、「いらっしゃい」って笑いかけてくる。
どうしてそこまでして、あたしと会いたがるわけ? おしゃべりのかたわら真意を探ってみたものの、なにもわかりゃしない。
なにを考えているのか。いやむしろ、なにも考えてなかったりして。……あり得る。こいつなら。
「寒いですねぇ」
「真冬だからね」
「……ユキさん、ぎゅってしましょうか」
「やろう、あたしの体温強奪する気か」
「そんなつもりは! 冬は、人肌が恋しくなるって言うじゃないですかぁ……」
「つまりは自分がぬくぬくしたいだけだろ、慢性冷え症患者」
セツは、極度の冷え症である。マフラーや手袋、ダッフルコートは必需品。
だからかもしれない、スキンシップを求める言動がやたら多い。やつが小動物たるゆえんだ。中坊のたわむれと、受け流してきたが……
「もう歳かなぁ」
「ジジくさいこと言うな」
「あはは。人間って、20歳すぎると老化する一方ですからねぇ」
「そんなのんきな……ハタチ?」
「ぼくの脳細胞なんか、あとは死滅するだけです」
「ちょ、セツ……」
「若いころに、もっと頭使ってればなぁ~」
「ちょっと待て、セツ!」
「はいっ! なんですか、ユキさん?」
「あんたさ、何歳?」
「ぼくですか? 今年は、う――――ん……」
「そこ即答! 自分のことでしょ!?」
「でもぼく、忘れっぽいし…………あ、大学は、卒業できたような気がします」
大学、だと。小でも中でも高でもなく大。マジで。じゃあ。
「大丈夫、ぼくと違ってまだ2年は余裕があります。いまのうちに元気な脳細胞をたくさん作ってくださいね、ユキさん!」
まさか、この史上最強ゆるふわ小動物が、歳上だって……?
「ないわー……」
「え、ユキさん?」
「ユキ。さん付けやめて。あと敬語も」
「そんなっ! おこがまし」
「くない! 歳上ならそれなりに威張れや! まぎらわしい!」
童顔だし、いい具合に背も高くないし。大人って、子供とあれば理不尽に小言垂れるやつらだと思ってたわけ。うちの担任みたいにさ。
……こんなの、反則以外のなんだってんだ。
「ユキさん、怒らないでくださいぃ……」
「…………」
「ユキさーん」
「…………」
「……ユキ」
「っ!」
「ちゃん」
「……なんだそれ」
「う、すみませ……ごめ、ん。女の子とこんな風に話すの、慣れてない、です、はい」
おい待て、それが散々ハグだのなんだの要求してきたやつのセリフか。
振り返ると、セツは足元に視線を落としていた。ココアカラーのシューズを見つめる瞳が、泳いでいる。
いっつもぽわぽわお花畑浮かべてるくせに、シャイにもほどがあんだろ。こっちが恥ずかしくなるわ……!
「よし決めた。セツ、歳上らしくもっと堂々として。あたしも子供扱いやめるから」
「あ、ぼく子供扱いされてたんだ」
「気づいてなかったんかい。ったく……こう見えてね、歳上はそれなりに敬う主義なの」
「っはは!」
「……なに」
「ユキちゃんは、真っ直ぐだなぁと思って」
「敬う相手は選ぶけど」
「でも、少なくともその中に、ぼくは入れてくれてるんでしょ?」
ああ言えばこう言う。そうだ、セツは揚げ足取りのスペシャリストだった。
「舞い上がりたくもなるよ」
挙句、頭をなでる、とか。
「とりゃっ」
「あたっ!」
「たかだか小娘ひとりに持ち上げられて、バッカじゃないの?」
歳上らしくしてとは言ったが、子供扱いを許可した覚えはない。抗議の意味でデコピンしてやった。……のだが。
「そうだね。おめでたいって、よく言われる」
「あんたねぇ……」
「ユキちゃんだからだよ?」
「なっ」
「ユキちゃんだから。素っ気ない言葉でも、ちゃんと聞いてればわかる。真っ直ぐな女の子なんだって」
あたしが、真っ直ぐ? どんなフィルターかかってんのよ、あんたの目は。
「ユキちゃんはね、恥ずかしがりやさんなんだよ」
「はじめて聞きました。ご本人様ですけど」
「ふふ、気づいてないだけ。だからユキちゃんは真っ直ぐで、すごく優しい女の子なんだ。ぼくにはわかるのです」
得意げに胸張っちゃって。あぁ、これは末期だわ。
「あっそ。学校行こっかな」
「あれ、もうそんな時間? 行ってらっしゃーい」
「……セツ、あたし、学校に行くんだよ?」
期待してるわけじゃない。セツのことだから、いつもみたく「そんなー!」って、泣きついてくる予定だったんだ。
だから、いつものふわふわなだけじゃない、穏やかな笑みを返されるなんて、思いもするはずがなくて。
「引きとめないよ。また会えるから」
なんだこれは。耳が、胸が、無性にこそばゆい。
「言うようになったな」
「オトナの余裕というやつです」
「にわか仕込みが。明日寒いらしいから、あたし来ないからね」
「うん、お待ちしております」
「おねがいだから、言葉のボールをキャッチして」
「待ってる。優しいユキちゃんのことだから、きっと来てくれるんだよね?」
有頂天にもほどがあるんじゃなかろうか。いや調子に乗っているからこそ、いまのセツになにを言ってもムダなのか。
「……気が向けばね」
ほぼ敗北宣言を置き土産に、背中を向ける。
「行ってらっしゃい!」
冬風に運ばれてきた言葉は、あたしの髪を舞い上げ、耳朶をかすめた。
妙なくすぐったさに空をあおげば、宵の空が茜を染めつくす直前。
髪をなびかせる夜気に、少し耳の熱を冷ます。
やがて白い息を吐き出し、灯りをともした街灯のシルエットへ、1歩、影を溶け込ませた。
絶対に来てやるものか。ふにゃふにゃした笑顔を前に、それはムダな意地にすぎなかった。
そういや家路だったわとも気づいて、早数日。
今日もバイト帰りに、セツという小動物の相手をしてやっている。
「真冬ですねぇ」
「ソダネ」
空は茜。場所は相も変わらず噴水広場。この極寒で、なにが悲しくて巨大オブジェをバックに並び座るのか。
理由は簡単。あたしがお礼を断ったから。傘返しただけで大げさだし。
けどセツは違った。それっきりになることを、妙に拒んだ。
さすがにナンパされたとか、うぬぼれちゃいない。セツだってそんな性分じゃないだろう。
現に、連絡先なんて訊かれやしない。あたしたちをつなぐのは、いついつの何時頃に、天気が悪くなかったら来るかもね、みたいに、不確かな口約束だけだ。
それでも、あたしがここに来たとき、セツは必ずいて、「いらっしゃい」って笑いかけてくる。
どうしてそこまでして、あたしと会いたがるわけ? おしゃべりのかたわら真意を探ってみたものの、なにもわかりゃしない。
なにを考えているのか。いやむしろ、なにも考えてなかったりして。……あり得る。こいつなら。
「寒いですねぇ」
「真冬だからね」
「……ユキさん、ぎゅってしましょうか」
「やろう、あたしの体温強奪する気か」
「そんなつもりは! 冬は、人肌が恋しくなるって言うじゃないですかぁ……」
「つまりは自分がぬくぬくしたいだけだろ、慢性冷え症患者」
セツは、極度の冷え症である。マフラーや手袋、ダッフルコートは必需品。
だからかもしれない、スキンシップを求める言動がやたら多い。やつが小動物たるゆえんだ。中坊のたわむれと、受け流してきたが……
「もう歳かなぁ」
「ジジくさいこと言うな」
「あはは。人間って、20歳すぎると老化する一方ですからねぇ」
「そんなのんきな……ハタチ?」
「ぼくの脳細胞なんか、あとは死滅するだけです」
「ちょ、セツ……」
「若いころに、もっと頭使ってればなぁ~」
「ちょっと待て、セツ!」
「はいっ! なんですか、ユキさん?」
「あんたさ、何歳?」
「ぼくですか? 今年は、う――――ん……」
「そこ即答! 自分のことでしょ!?」
「でもぼく、忘れっぽいし…………あ、大学は、卒業できたような気がします」
大学、だと。小でも中でも高でもなく大。マジで。じゃあ。
「大丈夫、ぼくと違ってまだ2年は余裕があります。いまのうちに元気な脳細胞をたくさん作ってくださいね、ユキさん!」
まさか、この史上最強ゆるふわ小動物が、歳上だって……?
「ないわー……」
「え、ユキさん?」
「ユキ。さん付けやめて。あと敬語も」
「そんなっ! おこがまし」
「くない! 歳上ならそれなりに威張れや! まぎらわしい!」
童顔だし、いい具合に背も高くないし。大人って、子供とあれば理不尽に小言垂れるやつらだと思ってたわけ。うちの担任みたいにさ。
……こんなの、反則以外のなんだってんだ。
「ユキさん、怒らないでくださいぃ……」
「…………」
「ユキさーん」
「…………」
「……ユキ」
「っ!」
「ちゃん」
「……なんだそれ」
「う、すみませ……ごめ、ん。女の子とこんな風に話すの、慣れてない、です、はい」
おい待て、それが散々ハグだのなんだの要求してきたやつのセリフか。
振り返ると、セツは足元に視線を落としていた。ココアカラーのシューズを見つめる瞳が、泳いでいる。
いっつもぽわぽわお花畑浮かべてるくせに、シャイにもほどがあんだろ。こっちが恥ずかしくなるわ……!
「よし決めた。セツ、歳上らしくもっと堂々として。あたしも子供扱いやめるから」
「あ、ぼく子供扱いされてたんだ」
「気づいてなかったんかい。ったく……こう見えてね、歳上はそれなりに敬う主義なの」
「っはは!」
「……なに」
「ユキちゃんは、真っ直ぐだなぁと思って」
「敬う相手は選ぶけど」
「でも、少なくともその中に、ぼくは入れてくれてるんでしょ?」
ああ言えばこう言う。そうだ、セツは揚げ足取りのスペシャリストだった。
「舞い上がりたくもなるよ」
挙句、頭をなでる、とか。
「とりゃっ」
「あたっ!」
「たかだか小娘ひとりに持ち上げられて、バッカじゃないの?」
歳上らしくしてとは言ったが、子供扱いを許可した覚えはない。抗議の意味でデコピンしてやった。……のだが。
「そうだね。おめでたいって、よく言われる」
「あんたねぇ……」
「ユキちゃんだからだよ?」
「なっ」
「ユキちゃんだから。素っ気ない言葉でも、ちゃんと聞いてればわかる。真っ直ぐな女の子なんだって」
あたしが、真っ直ぐ? どんなフィルターかかってんのよ、あんたの目は。
「ユキちゃんはね、恥ずかしがりやさんなんだよ」
「はじめて聞きました。ご本人様ですけど」
「ふふ、気づいてないだけ。だからユキちゃんは真っ直ぐで、すごく優しい女の子なんだ。ぼくにはわかるのです」
得意げに胸張っちゃって。あぁ、これは末期だわ。
「あっそ。学校行こっかな」
「あれ、もうそんな時間? 行ってらっしゃーい」
「……セツ、あたし、学校に行くんだよ?」
期待してるわけじゃない。セツのことだから、いつもみたく「そんなー!」って、泣きついてくる予定だったんだ。
だから、いつものふわふわなだけじゃない、穏やかな笑みを返されるなんて、思いもするはずがなくて。
「引きとめないよ。また会えるから」
なんだこれは。耳が、胸が、無性にこそばゆい。
「言うようになったな」
「オトナの余裕というやつです」
「にわか仕込みが。明日寒いらしいから、あたし来ないからね」
「うん、お待ちしております」
「おねがいだから、言葉のボールをキャッチして」
「待ってる。優しいユキちゃんのことだから、きっと来てくれるんだよね?」
有頂天にもほどがあるんじゃなかろうか。いや調子に乗っているからこそ、いまのセツになにを言ってもムダなのか。
「……気が向けばね」
ほぼ敗北宣言を置き土産に、背中を向ける。
「行ってらっしゃい!」
冬風に運ばれてきた言葉は、あたしの髪を舞い上げ、耳朶をかすめた。
妙なくすぐったさに空をあおげば、宵の空が茜を染めつくす直前。
髪をなびかせる夜気に、少し耳の熱を冷ます。
やがて白い息を吐き出し、灯りをともした街灯のシルエットへ、1歩、影を溶け込ませた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる