【R18】御刀さまと花婿たち

はーこ

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本編

*18* 激流

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 つい先日〝ヤスミ〟との戦闘で負傷したあざみは、十針を縫う重傷により、二週間の入院を余儀なくされた。
 頭をやられたものの、後遺症などがなかったことが、不幸中の幸いか。

 お見舞いにきて早々ひと悶着あり、床にひたいをこすりつける莇をなんとか説得できたはいいものの。

(困ったわ……)

 ベッド横の椅子に腰かけた鼓御前つづみごぜんは、とほうに暮れていた。
 寝ていなくてはいけないのに、莇がベッド上で正座の姿勢をくずさないためだ。
 病人だという自覚がないのだろうか。これでは、治るものも治らない。

(……そうだわ!)

 正面で向かい合っているから、緊張してしまうのだ。
 名案を思いついた鼓御前は、すぐさま椅子から腰をあげ、実行にうつす。

「莇さん、そちらへお邪魔してもいいですか?」
「こちらに……えっ?」
「よっと。わぁ、ふかふかですねぇ!」

 莇がなにを言われたのか理解しないうちに、そのとなりへ腰をおろす。

「今日はお天気もいいですし、このままお昼寝できそうです……ふわぁ」
「おっ……御刀おかたなさま!? なりません、このような場所で、男とふたりきりなど!」
「うふふ、冗談です」
「……え?」

 くすくすと、鼓御前が肩をふるわせている。
 莇はいよいよもって、わけがわからなくなった。

「眉間のしわ、とれましたね」

 とんっと、白魚のごとき指先がふれ、一瞬、呼吸の仕方を忘れる。

「わたしもりらっくす? してるんですから、莇さんも、楽になさってくださいな」

 かざりけのないその言葉に、肩の力が、胸のこわばりが、見る間にほどかれゆく。

「……かないませんね」

 莇はひとつ息を吐くと、両足をくずし、ベッドから投げ出した。
 その視線は、すこし伏せがちだったろうか。

「……御刀さまに、謝罪を申し上げねばなりませぬ」
「わたしに? どうしてですか?」
「〝慰〟を滅するお役目をまっとうしないばかりか、御刀さまのお手をわずらわせるなど……かんなぎとして、あるまじきことです」
「そんな。迷惑をかけられただなんて、わたしは思っていませんよ。ですから、お顔を上げてください」

 莇は答えない。ただ、かぶりをふるのみだ。
 哀愁をおびた横顔を前にして、鼓御前は、莇が『なにか大きなもの』を背負っていることに気づく。

「莇さん、入学試験で、莇さんがいちばんだったのでしょう? もっと誇ってもいいことだと思いますよ」
「……いちばんになっても、欲しいものが手に入らなければ、意味がない」
「欲しいもの……?」

 莇をはげますつもりでかけた言葉が、余計に莇の表情へ影を落としてしまう。

「えっと……その欲しいものというのはなにか、お訊きしても? それを手に入れるのに、わたしもお手伝いできますか?」
「っ……あなたが、それをおっしゃるのですか」

 そこまで言って、はっとしたように莇が口をつぐむ。それから、ふるえる息を吐き出しながら、つぶやくのだ。

「……申し訳ありません。お教えできません。それを伝えたら、わたくしはきっと、御刀さまを困らせてしまいます」

 すべての感情を押し殺したような、抑揚に乏しい声だった。

「取るに足りぬ人間のたわごとなど、お忘れください。何卒……ご容赦ください」

 そういってこちらへ向き直り、両手をつこうとするので、さすがの鼓御前もたまらなくなった。

「なりません」

 はたと、莇は目を見ひらいた。
 深々と頭を垂れるよりさきに、ほほをつつみ込むものがあったからだ。

「莇さん、思ってもいないことをおっしゃっては、なりません」
「どう、して……」
「とてもさびしそうな顔をしているように見えるからです」
「っ……!」

 思わずふりあおげば、どこまでも澄んだ紫水晶の瞳に見つめられていて、莇はきゅっと、呼吸が苦しくなる。

「莇さんの瞳は、とてもきれいですね。まるで黒曜石のよう。きれいで……月のない夜のように、どこかさびしそう。わたしったら、そのことにいまごろ気づいたんです」

 するりとほほをなでた細い指先が、目じりに添えられ、にじんだ視界がクリアになる。
 そこでようやく、莇は泣いていたことを自覚した。

 これは、いけない。
 曲がりなりにも神職者が、神の御前でなんたる醜態を。
 泣くな、泣くな泣くな泣くな──

「莇さん。さびしかったら、泣いてください」
「──ッ!!」

 やっとの思いでたもっていた最後の砦さえも、たったひと言でたやすく決壊してしまう。

「……ぅう、ああ……!」

 堪えなくてはいけないのに、意味のない母音しかつむげない。
 あふれた感情ものが、止まらない。

「ごめ、なさ……っ!」
「いいのです。だいじょうぶですからね、莇さん」

 嗚咽にふるえる背へ両腕をまわし、莇を抱きしめる鼓御前。
 だいじょうぶ、だいじょうぶ……と声をかけ続ければ、少年の体重がなだれ込む。

「ずっと、ずっと、がんばって、きたんです……っ!」

 莇もまた、鼓御前をきつくきつく抱きしめていた。幼子のようにしがみつき、しゃくり上げていた。

「いちばんに、なれたら……そしたら、またあえるって、ずっとそばにいられるって、だから、ずっと、ずっと、がんばって、きたのに……ど、して……なんで、あいつ、なの……っ!」
「……莇さん?」
「なんで、おれじゃないの……なんで、あいつをえらんだのっ……いやだ、おれが、いい……そこに、いるのは、おれがいい……! おれをえらんで、おれをみて! つづみごぜんさまぁっ……!」
「莇さ……いっ……!」

 尋常でない力で抱きすくめられ、骨がきしむ。
 落ち着かせようにも、取り乱した莇に鼓御前の呼びかけは届かない。
 おのれの言葉のなにがここまで莇を錯乱させたのか、鼓御前は理解できない。

(あたまが、クラクラ、する……もう、だ、め……)

 荒波にもまれているかのような感覚。
 さらに、息もできないほどの熱気にあてられ、鼓御前の意識が、白く遠のいてゆく。

「──だれの許可を得てあねさまにベタベタさわってやがる、くそ野郎」

 突然の解放感にみまわれたのは、完全に意識を手放す、一歩手前だった。
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