社則でモブ専ですが、束縛魔教主手懐けました〜悪役武侠女傑繚乱奇譚〜

はーこ

文字の大きさ
上 下
200 / 264
第三章『焔魔仙教編』

第百九十六話 覚悟を問う【前】

しおりを挟む
 子烏たちとじゃれているうちに、遊び疲れたのだろう。自由気ままな蓮虎リェンフーは、おやつを食べる前に、すやすやと寝入ってしまった。

「わぁ、かわいいですねぇ。ふふっ」
「おいにゃん小僧、蓮蓮リェンリェンにもしものことがあったら……わかってんだろうな?」

 現在、寝入った蓮虎を抱いているのは、一心イーシンだ。これにすかさず睨みをきかせたのは、もちろん晴風チンフォンである。

「これはこれは、お祖父さま。僕にこどもはいませんが、八藍バーラン九詩ジゥシーが赤ん坊だったころによくお世話をしていたんですよ。ご心配にはおよびません」

 晴風に威嚇をされても、一心はほほ笑みをくずさない。たしかに、蓮虎を抱く一心は、手慣れた様子だ。
 万が一にも、一心が蓮虎をあやまって落とすなんて事故は起こらないだろうというのが、早梅はやめの見解だ。

フォンおじいさま、小蓮シャオリェンも安心して寝ているくらいですから、一心さまにお任せして大丈夫ですよ」
梅梅メイメイが言うなら、しかたねぇな」
梅雪メイシェさんに信頼していただけて、嬉しいです」
「あのな、梅梅が言うから、だからな! そこんとこかん違いすんじゃねぇぞ!」

 さすがは子孫まごが可愛くてしょうがない晴風。蓮虎を起こさない程度の声量で、一心に噛みついている。
「もう、風おじいさまったら……」と肩をすくめつつも、早梅は一旦引き下がってくれた晴風に、心の中で感謝した。
 何分、自分のまわりには、厄介な男たちが多く集まりがちなもので。

「お待たせした。申し訳ない」

 やがて、静かな声音とともに入室する男性のすがたがある。桃英タオインだ。
 寝たきりの妻を看病する桃英の事情を鑑み、彼らに宛てがわれた北向きのへやのとなりの空き部屋に、話し合いの場はもうけられた。

「どうぞ、お気になさらず。……お母さまのご様子は?」
「変わりない」

 早梅の問いへ、簡潔に桃英が返答する。
 相変わらず、意識はもどらないということだ。
 だが、いまの桃英を取り巻くのは、悲観や絶望といった負の感情ではない。

「此度の事案を無事解決させることができるなら、桜雨ヨウユイを回復させる手がかりもつかめる……その言葉に相違はなかろうな、一心殿」

 桃英は深い瑠璃色の双眸でもって、一心、それから彼のまわりに控えたマオ族らを見据えた。
 六夜リゥイ五音ウーオン七鈴チーリン、八藍、九詩。
 猫族だけではない。憂炎ユーエンシアン暗珠アンジュ。むろん、早梅のそばには黒皇ヘイファンが控えている。

「おっしゃるとおりでございます、桃英さま。それでは、『作戦会議』をはじめましょうか」

 かくして、錚々たる顔ぶれが一同に会す。
 すべては、罪なきひとびとを救うために。


  *  *  *


 光があれば、闇がある。それは、燈角とうかくの街も例外ではない。
 豊かな自然に恵まれ、観光業によって富も潤った水郷ではあるが、その裏で、獣人が迫害されているという。

「『龍宵節りゅうしょうせつ』のにぎわいに乗じて、今夜、獣人奴隷を売買する闇市がひらかれます。そこを襲撃し、獣人たちを救出するという流れは、事前にお話ししていたとおりです」

 眠る蓮虎は、一心から黒皇へ預けられた。
 そしていま、一心に促され、桃英、早梅、暗珠、憂炎が、室の中央で円卓をかこんでいる。

「一心さま、闇市がひらかれる場所というのは?」
「それは、おおむね特定しています。七鈴が突き止めてくれました」

 早梅の問いに一心が返すが、これに反応したのは桃英である。

「おおむね、か」
「さすが桃英さま、鋭いご指摘ですね。闇市がひらかれる場所は特定しているのですが、何分、内部構造までは調査が難しく」
「獣人たちがどこに捕らわれているのかわからなければ、救出作戦も難しいんじゃありませんか?」
「そうねぇ、でも大丈夫よ、梅雪ちゃん。あたしには難しくても、もっと適任がいるから。こういう場合、真っ先にカチコミするのが得意なのが」
「七鈴さま……?」
「ねっ、梅雪ちゃんにいいところ見せたいわよね、五音?」
「五音さま……!?」

 七鈴からのまさかの指名に、早梅は瑠璃の瞳を丸くして五音を見やった。
 詩歌を好み、風流を重んじる五音と、『カチコミ』という単語が、どうしても結びつかないためだ。

「当然。言われるまでもないけれどね」

 早梅がおどろく一方で、当の五音が難なく七鈴に返している。いよいよもって、早梅の脳内は混乱を極めた。

「意外です……そういう手荒なのは、六夜さまの得意分野だと思ってたんですけど」
「ちょっと梅雪ちゃん、俺のことなんだと思ってんの」
「日頃のおこないのせいだろう」
「五音てめぇ、どの口が言いやがる! 梅雪ちゃん! 俺よりこいつのほうが手荒だから! もっとネチネチした陰湿な方法でかましやがるから!」
「ははっ、まぁまぁ六夜、落ち着いて」

 にこやかに六夜と五音の口論を仲裁する一心は、手慣れたものだ。

「ただ、七鈴の言うように、五音の手にかかれば敵の大半を戦闘不能に陥らせることが可能です」
「ひとりで!? えぇ……一体なにするの、五音さま……」
「梅雪さま、私は誓って卑劣な真似はいたしません。信じてください。ほら、私の目を見て」
「見えないんですけど……」

 自身が糸目だという自覚がないのだろうか。神妙な声音で語りかけてくる五音に、「もしかしてツッコミ待ちなのかな?」と思わなくもない早梅だった。

「はい、すこし話が逸れましたが、まず敵の統制を崩す点において、五音が適任です。ほかに六夜、八藍を先遣隊として突入させます」
「先遣隊ってことは、私たちはその後に?」
「えぇ。五音たちはあくまで陽動役。思う存分大暴れしてもらって、敵の注意を引きつけているあいだに、僕らが獣人たちを救出する算段です」
「私たち全員で? でも、一心さま──」
「陽動役がいるとはいえ、あまり大勢で動くのはよくないんじゃないですか」

 早梅の言葉を引き継いだのは、早梅から見て上座に座った暗珠だった。
『皇子殿下』としての振る舞いはやめたものの、腕を組み、ツンとした態度で発言する横顔は、おのれにも他人にも厳しい鬼上司クラマのものだなぁ、と、早梅はふいになつかしく思った。
 暗珠の指摘に、一心は落ち着いた様子でうなずく。

「ご指摘痛み入ります、殿下。その点につきまして、五音たち同様に『ふりわけ』をさせていただきましたので、こちらをごらんください」

 一心はそういって、若草色のきものたもとから、折りたたまれた書面を取り出し、円卓上へひろげる。
 そこに記された意外な内容に、早梅は思わず息をのんだ。
 早梅だけではない。暗珠や、憂炎も。

「ほう……面白いご提案ですね」

 それまですました様子で聞き手に徹していた憂炎は、にこやかな表情で、こめかみに青筋を浮かべた。

「一心さま、これは……」

 憂炎から漂う殺伐とした空気にたまりかねた早梅は、すぐさま一心へ真意を問うた。
 冷や汗を浮かべる早梅とは対照的に、一心はほほ笑んでいる。

「はい、ごらんのとおりです」

 一心は笑みを浮かべている。が、早梅はその笑みが、いつも自分に向けられるものとは違うことに、遅れて気づく。
 そう。それは、たとえるならば──

「こちらにありますように、梅雪さんと殿下は、共に行動していただきます。

 たとえるなら、『覚悟』を問うように。
 琥珀色の瞳で、一心は真っ直ぐに、暗珠を見据えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった

根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生からの魔法失敗で、1000年後に転移かつ獣人逆ハーレムは盛りすぎだと思います!

ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
 異世界転生をするものの、物語の様に分かりやすい活躍もなく、のんびりとスローライフを楽しんでいた主人公・マレーゼ。しかしある日、転移魔法を失敗してしまい、見知らぬ土地へと飛ばされてしまう。  全く知らない土地に慌てる彼女だったが、そこはかつて転生後に生きていた時代から1000年も後の世界であり、さらには自身が生きていた頃の文明は既に滅んでいるということを知る。  そして、実は転移魔法だけではなく、1000年後の世界で『嫁』として召喚された事実が判明し、召喚した相手たちと婚姻関係を結ぶこととなる。  人懐っこく明るい蛇獣人に、かつての文明に入れ込む兎獣人、なかなか心を開いてくれない狐獣人、そして本物の狼のような狼獣人。この時代では『モテない』と言われているらしい四人組は、マレーゼからしたらとてつもない美形たちだった。  1000年前に戻れないことを諦めつつも、1000年後のこの時代で新たに生きることを決めるマレーゼ。  異世界転生&転移に巻き込まれたマレーゼが、1000年後の世界でスローライフを送ります! 【この作品は逆ハーレムものとなっております。最終的に一人に絞られるのではなく、四人同時に結ばれますのでご注意ください】 【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』『Pixiv』にも掲載しています】

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...