上 下
40 / 264
第一章『忍び寄る影編』

第三十六話 秋風は涼やかに【後】

しおりを挟む
 人化じんかしてへやに忍び込んだところを目撃された紫月ズーユェではあったが、驚くべきことに、そのままザオ家の邸宅へとどまることをゆるされた。

 何者なのか、いかにして梅雪を救ったのか。
 突然あらわれた素性の知れない少年の詮索をすることを、早家の当主が禁じた。
 翡翠ひすいの髪に瑠璃るりの瞳をしたまだ若い男が、梅雪メイシェの父であることを、知らない紫月ではない。
 彼を目にするたび、なぜだか胸がざわめくのも、きっと気のせいだ。

 ひとつ、またひとつと、季節がまわる。
 新たな出会いは、すすきが頭を垂れる、秋のことだった。

「紫月、その子、どうするの?」
「おれの食料にする」
「うそだぁ」

 しくじった。
 だれにも見られないうちに、済ませてしまうつもりだったのに。

「ひろったの?」
「きまぐれだよ」
「ほうっておけなかったんだ」
「……ぐぅ」

 邸宅のまわりで、落ち葉にまみれた烏を拾った。黄金の眼をした烏だ。

「……こいつ、見たことあるような眼をしてるんだよ」

 家族を殺されて、だれも信じられなくなっていた自分のような。

 烏は不吉の象徴だ。そこに存在しているだけで、忌み嫌われる。
 ……あぁ、嫌なくらい、獣人じぶんとかさなる。

「あれ、足が三本ある」
「三本もあるよ」
「きみのおめめは、おひさまみたいだねぇ」

 劣等感をあおる記憶さえ、たったのひと言がふき飛ばす。
 梅雪が笑った。目がくらむほど、まぶしくて。

「足が三本ある烏は、かみさまの使いなんだよ。だいじにしないと、ばちが当たっちゃう」

 そうだ、この子の世界は、いつだって輝いているんだ。

 黄金の瞳が見ひらかれている。屈託のない少女の笑みに、烏は毒気をぬかれたようだった。
 あまりのまぬけ面に、紫月まで笑顔になってしまう。
 せっかく梅雪が隙をつくってくれたので、小刀で切りつけた親指の血を、の翼と足に塗りたくってやる。

 驚いた烏がひとつ羽ばたいたが、すぐにおとなしくなる。
 その身に起きた異変は、おまえがよくわかっていることだろう。

「紫月の血はすごいんだよ。どんな怪我や病気も、なおしちゃうの!」
「そんなたいそうなもんじゃない」

 仙薬でもあるまいに。
 そう、この血は紫月の望む者には『薬』となるが、すべてがそうとは限らない。

「ねぇ烏さん、うちにきますか?」
「ちょっと梅梅メイメイ! またこんなもの拾って!」
「えー? その烏さんをひろったのは、紫月なのにー?」

 ぐうの音もでなかった。
 気まずい沈黙をやぶったのは、なんと烏で。

「……先のご無礼をおゆるしください。なんとお礼を申し上げたらよいか」
「しゃべった!?」
「しゃべるよぉ、かみさまの使いだもん」

 ほわほわと気の抜ける笑みを浮かべた梅雪が、烏を抱き上げて羽毛をなでる。

「わたし、烏さんとおともだちになりたいなぁ」

 ……それはちょっと、どうかと思う。

「ご迷惑でなければ、ご厚意に甘えさせていただきたく」
「おともだちになってくれるの!」
「あなた方はわが命の恩人。この黒皇ヘイファン、慈悲深きお坊っちゃまとお嬢さまに、誠心誠意お仕えしとうございます」
「黒皇っていうの、かっこいいねぇ!」
「もういいだろ、こいつはおれの食料なの!」

 梅雪が自分そっちのけで可愛がっているのが面白くなくて、烏をふんだくったのだが。

「お言葉ですがお坊ちゃま、生の鳥肉を食らうと、おなかを壊してしまわれます。せめて焼き鳥がよいかと」
「おまえもなに言ってんだ!」

 当の黒皇とやらが、大真面目に正論を言っている。食料であることを否定はしないのか。

 嗚呼、天然と天然による二乗効果のすさまじさよ。
 この疲労感、どうしてくれよう。

 だけど不思議といやではない、涼やかな秋の夕暮れだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

彼氏に別れを告げたらヤンデレ化した

Fio
恋愛
彼女が彼氏に別れを切り出すことでヤンデレ・メンヘラ化する短編ストーリー。様々な組み合わせで書いていく予定です。良ければ感想、お気に入り登録お願いします。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...