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躊躇い

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「……これで話はしまいだ、優里」

 皇琥がそういって口を閉じると、病室が急に静まり返った。

 話の途中から泣いていた優里。声を出さないように泣いていたのに、静かになった病室では、それも無意味に思えた。それに、自分の死について聞いたことを後悔していた。

 興味が勝っていたとはいえ、安易に聞くもんじゃないと思ったからだ。しかも大勢の人を殺していたとは、それなりにショックだった。

 最初、死因について聞いた時、皇琥は毒殺だと言った。その嘘が、皇琥なりの気遣いだったのだろう。

 そして正直なところ、優里は自分が嫌いになった。前世でたくさんの人を殺したのに、なぜまた生まれてきたのだろうか。それにこんな自分が二人と結婚したいって思うことも、間違っているんじゃないかとさえ思えたからだ。

「優里? 何を考えてる?」

 皇琥が顔を覗き込んできた。宝石のように赤くて美しい珊瑚朱色の瞳を向けてくる。

「べ、別に何も考えてねえよ……」

 泣き顔を見られたくなくて、素早く腕で何度も目を擦る。

「そんなに擦ったら、もっと赤くなる」

 ひんやりとした皇琥の手が頬を包む。親指で目尻を優しく撫でられた。

「大丈夫だって!」

(そんなに優しくしすんなよ! だって俺は、人をたくさん殺したんだぞ……)

 見透かされそうになる気持ちを抑え込みながら、皇琥の宝石のような瞳から視線を外した。

「言ったはずだぞ……この話はお前とは、関係ないと。それにもう終わったことだと」

 皇琥の言うことはよく分かる。分かっていても、気持ちがどうしようもなく苦しい。

「優里?」

 皇琥と反対側のベッドにいた聖吏が、優里の肩に手をおいて名前を呼んだ。

 聖吏の方へ視線を動かすと、聖吏の目の周りが赤くなっていることに気がついた。いつも何があっても泣かない聖吏が、泣くなんて珍しい。それでも深い海のような青い瞳の奥には、優しい光を帯びている。

「優里、……前世のお前は、もう自分の命で償ってる。だから今世は、前だけを向いていればいい」

 そっと頭に優しくキスをしながら、聖吏が囁いた。

 どうしてこの二人は、なにも言わないのに、分かってしまうのだろう。それなのに、心は晴れるどころか、どんどん沈んでいく。

「なぁ、優里……」

 背後から頭にぽんと軽く手が置かれ、皇琥に呼ばれて再び振り向いた。するとーー。

「んふっ………ちょっ…と…まっ……んんぅ」

 いきなり皇琥が唇を重ねてきた。かなり恥ずかしすぎる。なぜなら聖吏も昂毅もいるからだ。しかも舌までいれてきた。

「?! こう…がぁ……まっ…て」

 皇琥を押しのけようとするが、動かない。それにキスをやめる気配もない。舌を甘噛みされ吸われ、されるがままの状態だ。顔だけじゃなく、体中が熱い。

 やっと唇が離れると、また涙がこぼれ落ちた。

「皇琥…ひでえよ……」
「話を聞いておいて、落ち込むからだ」
「っ! だって仕方ないだろ!」
「何が仕方ないだ! あれは前世のことで、とは関係ない!」
「そんなこと、分かってるよ…でも……」
「でも? じゃあ、なぜ泣く?」
「っ!」

 皇琥のいうことは分かってる。でも気持ちがどうしようもなく、追いつかない。

「待てよ、二人とも。少し落ち着けって……」

 優里と皇琥を諌めるように、聖吏が二人の間に割り込んできた。困った顔の聖吏が小さく吐息する。

「優里の気持ちも、皇琥の気持ちも分かる……だが、二人とも少し落ち着け……」

 再び病室が静まり返った。

 そのタイミングが良かったのかどうかは分からないが、検温ですと言いながら、ひとりの看護師が部屋へ入ってきた。

 室内が静か過ぎて四人もいるとは思っていなかったのか、看護師は、驚いた表情をしていた。取り込み中なら後で出直すと言ったが、それを遮ったのは皇琥だった。

「今日はもう帰る。優里お前、ひと晩入院していけ!」
「ちょっ、皇琥!」

 引き止める暇もなく、皇琥は昂毅を連れて病室から出ていってしまった。呆気にとられる優里に聖吏が静かに聞いてきた。

「なぁ優里、……皇琥には、肝心なこと言ったのか?」
「んー……」
「言えてないって顔だな」
「……うん」

 またしても見破られてしまった。

 大きなため息を優里はついた。そして考える。聖吏の言う、肝心なこと。それは、皇琥にちゃんと自分の気持ちを伝えること。

 神社で騒動になり怪我をして、病院へ来るまで、チャンスは何度かあった。でもどさくさに紛れて言いたくない。だからと言って、改めて言うのも恥ずかしい。

 タイミングを失ったといえば言い訳になりそうで、優里は口ごもった。それに自分が皇琥に相応しい人間なのかも疑問に思う。

 皇琥も、聖吏も前世のことは今世とは関係ないと言った。けれど、考えれば考えるほど、人を殺めたということが、心に重くのしかかってくるのだった。

 捻挫は中程度で、入院の必要はなかったが、すでに皇琥が手続きを済ませていた。こういったことは、素早い。それに少し考え事もしたかったから都合がよかったかもしれない。しばらくして、聖吏も帰って行った。明日迎えに来ると言い残して。
 
 病室にひとり残された優里。今日あったことを思い返す。

 神子になって、神楽を舞った。神子になったのは、皇琥を誘き寄せるためだった。とりあえず成功と言えるのだろうか。それにしても、もう巫女にも神子にも扮するのはやめようと心に誓う。いつもろくな事がないからだ。

 それでも神楽を舞ったのは、懐かしくて、楽しかった。子供の頃に見よう見真似でやってたけれど、意外と覚えていることに優里自身驚いた。前日に練習した甲斐もあったのだろう。

 神楽の後は、神鏡を探している昂毅、(この時には名前は知らなかったが)に会って、蔵へ行った。鍵を開けている途中で、暴漢に襲われ…その後の記憶は飛んでいる。気づいたのは、昂毅に助けてもらったこと。

 それから二人で暴漢から逃げたが、途中で襲ってきた暴漢によって足を捻挫した。普段なら飛びかかってくる相手をかわすことくらいなんでもないのに。神子の衣装を着ていたせいかもしれない。足を怪我をした優里を皇琥が背負って、でもまた暴漢に襲われて、そしたら皇琥が助けに来てくれた。で、いまは病室にいる。

 今日一日、いろんなことがあり過ぎて、正直、疲れた。まだ消灯するには早い時間だったけれど、優里はそのまま瞼を閉じて寝てしまった。

**

 その夜、優里は夢を見た。それとも遠い、遠い過去の記憶を……。
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