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ささやかな嘘

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「なぁ、聖吏。俺って、どうやって死んだの?」







 時間が止まった気がした。

 それまで言い争っていた動きが止まって、三人が一斉に優里の方に視線を這わせていた。

 特別深い意味はない……つもりだったのに、何この反応。

「えーっと……俺、なんか変なこと言っ…た?」

 しかし三人、いや聖吏と皇琥、二人の顔を見たら対照的な表情をしていた。聖吏は答えに困った顔をしているし、皇琥に至っては怖い顔をして睨んでいる。

 ちなみに昂毅はすぐに俯いてしまって、表情が見えなくなった。

「なぁ、聖吏?」

 もう一度、答えを催促するように聞いた。

 こういった質問は、聖吏のほうが聞きやすい。聖吏なら答えてくれるだろうと期待したからだ。

 それにしても、皇琥からの視線が痛いのは気のせいだろうか。

「……優里、それはーー」
「ーー毒殺だ」
「!?」

 皇琥の声が聖吏の言葉を遮った。

(えっ、すっごいびっくりしたんだけど……)

 まさか皇琥のほうから教えてくれるとは思ってもみなかった優里は、即座に皇琥のほうへ顔を向けた。相変わらず睨まれているのには変わらなかった。

 いつの間にか聖吏とは反対側のベッドに移動していた皇琥が、いつもより低く、どちらかというと機械的で、感情のこもっていないその声は、それ以上聞くなというトーンを含んでいるように感じた。

 ただここで怯んだら、もう二度と教えてはくれないだろう。だからあえて、確認の意味も込めて聞いてみた。

「皇琥!? えっ、本当に? 毒殺……?」
「嘘を言ってどうする」

 嘘だとは思っていない。ただ、毒殺というイメージが優里の中でなかっただけだ。

「嘘…とは思ってねえけど……。毒殺なのか、聖吏?」

 確かめるように、聖吏に視線を移して聞いてみたが、すぐに視線を外された。そして嘘をつけない聖吏の癖がでた。視線が天井を仰ぎみる。どうやら毒殺は真実じゃないらしい。

「優里、俺を信じないのか?」

 畳み掛けるように皇琥が聞いてくる。

 信じていない訳じゃない、ただなぜ隠すのだろう。そんなにひどい殺され方だったのだろうか。

 聞いてはいけないことかもしれないが、隠されれば、隠されるほど知りたくなるというもの。それに、優里も半分意地になってくるのを感じていた。

 チラッと優里は昂毅に視線を移したが、俯いたままだ。聖吏を見ると、天井を仰いでいた瞳は、しっかりと閉じられている。やはり皇琥に聞くしかないようだ。

「俺が信用できないのか、優里?」
「皇琥……そうじゃなくて……俺は、……本当のことを知りたいだけだって!」
「本当だ! 結婚前日の晩餐で出された食事に毒が盛られた。それでお前は死んだんだ。これで満足か?」
「……皇琥」
「なんだ……」
「本当に…俺は毒で…死んだのか?」
「……ああ、そうだ」

 皇琥は口が堅い。きっと何を言っても教えてくれないだろう。それでもやっぱり本当のことを知りたい。

「本当は……毒じゃないんだろ?」
「しつこいぞ!」
「……だって」

 ちらっと聖吏に視線を移した。予期していなかったのか、目を見開いた聖吏と目が合った。そしてもう一度、皇琥へ視線を移して言った。

「……だって、聖吏を見れば、毒殺が嘘だって……分かるっていうか……」
「っ! 聖吏の癖は相変わらずってことか……ったく」

 皇琥に睨まれた聖吏が目をパチクリさせ、次の瞬間には頬がこわばらせ、口をぐっと結んだ。

「優里……なぜ、それほどまでに拘る? もう終わったことだ。いまさら知って、どうする?」

 間髪入れずに皇琥が話の主導権を握る。

「だって気になるだろ、それにこれは俺のことでもあるんだから。皇琥たちには記憶があるけど、俺にはないから……それに、どうしてそこまでして隠すんだよ!」

 前世の記憶があるのを羨ましいと思っているし、どうして優里にはないのだろうと思うことがある。ただ想像できなかっただけだった。羨ましいとは正反対の感情を。

 再び沈黙が流れた。

(またかよ……)

 どうやらよっぽど話したくないらしいことだけは分かった気がした。でもここで諦めたら、一生聞けない気がする。

「優里…お前は毒殺……じゃない……俺の…せいだ…」

 聖吏が言葉を選ぶかのように話しはじめた。

「聖吏!」
「皇琥、もう無理だ。ちゃんと話そう……」

 悲しそうで苦しそうな表情の聖吏。俯いたまま何度も目を閉じたり開けたりした後、優里のほうへ顔を向けた。

「あの日は、……俺は急な任務が入って、俺たちの母国、スタービクダムへ戻った。翌日の早朝に戻る予定だった。しかし、その夜、お前が何者かによって、俺の名前で呼び出されて……そのまま………」

 唾をごくっと優里は飲み込んだ。体から嫌な汗が流れる。

「そのまま……どうしたんだよ、聖吏……」
「……そのまま……帰らぬ人にーー」
「ーーもういいやめろ、聖吏!!」

 大声を張り上げたのは、他でもない皇琥だった。ベッドの端に両肘をついて両手を組み、頭を乗せていた。まるで祈りでも捧げるように両目を閉じている。

「……皇琥?」

 気のせいだろうか、皇琥が泣いているかのように感じた。なぜなら瞼をそっと開いた皇琥の瞳には、うっすらと涙が潤んでいるような気がしたからだ。

 皇琥の両手に手を重ねると、少し震えているようだった。この皇琥が震えていることに驚くと同時に、聖吏に言われた言葉を思い出した。『皇琥にとっての弱点は優里』と言われたことがあることだった。

「なぁ、皇琥……」
「……」
「ちゃんと知っておきたいんだ……どうやって死んだのか。なんで死んだのか……」
「……」
「それに俺は今はここにいるし、生きてる……だろ? もうお前を置いて先に死んだりしないから……」

 がばっと顔をあげた皇琥の瞳は潤んでいた。

「当たり前だ……もう二度と俺を置いていくな…」
「うん」

 優しい光が珊瑚朱色の瞳に宿った。その瞬間、ひと筋の涙が皇琥の頬を濡らした。

 大きく深呼吸をした皇琥が静かに言った。

「話す前に言っておく。これは終わったことだ。そして今世は関係ない。お前のせいでも、聖吏のせいでもない……俺のせいで…お前は殺された」
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