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豹変

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 足首を負傷した優里は、じょうに背負われながら、山道をのぼっていた。慎重に道を踏みならすように丈が歩いていく。

 この山道は、紫陽花の散歩道とは大違いで、整備などされていない。体格的には優里とそう変わらない丈の息遣いが激しくなってきた。このままだと体力がもたないのは明白だ。

「なぁ、丈、丈ってば!」
「あ、……なんですか、優里……くん?」
「ちょっと止まれって! お前、息あがってんだろ。それに追手も見えないから、休憩しよう」
「はぁ、…はぁ、はい……わかりました」

 その場でしゃがみ込み、背中から優里が降りると、丈が倒れるようにして仰向けになった。

「はぁ、はぁ、……」
「大丈夫か?」
「あ、はい……大丈夫…です! 優里くんも…大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫。背負ってもらってたし……ありがとな」
「お礼だなんて… とんでもない…です」

 息を整えようとしている丈の顔は赤らんでいた。何度か深呼吸を繰り返し、大きく息を吐くと、勢いをつけながら、上体を起こした。そして優里のほうへ体を向けると、真剣な面持ちで丈が聞いてきた。

「優里くん……」
「なに?」
「……優里くんには、許嫁が二人いるって聞いたんですが、その…お二人と結婚するんですか?」
「えっ…と、それは……」
「あ、すみません。スタッフの方から聞いもので……」

 そうだ、忘れていた。スタッフにはなぜか挙式のことは知れ渡っていた。
 
 西辻が挙式日を告げてきた日、優里の母親が聖吏の家族に伝えた。その翌日には、神社のスタッフはじめ、他の氏子にも挙式日の話は広まっていった。ただ、皇琥と許婚解消したことは、まだ伝わっていないらしい。

「……その…予定だったんだけど、いまちょっと、もう一人とは延期? 未定? 中止? っていうか……」
「中止? それじゃ、その…もう一人の人とは結婚…ってことですか?」
「……まぁ、そうなるのかな……」
「それじゃ、聖吏くんとなんですね?!」
「やっ、まぁ、は……っていうか」
「いまのところ? 優里くんは、もう一人結婚したい…ってことですか?」
「……あ、やっ、その……」

 なぜはっきり言えないんだろう。もう一人の許婚、皇琥結婚したいと。

「なぜですか?」
「え?」
「なぜ、もう一人とも結婚したいんですか?!」
「……」

 やっぱ結婚って言ったら、一人とが一般的だよな、と優里も感じてはいた。だから丈に対して反論することが出来なかった。

「…だよな。やっぱ、変だよな。二人と結婚したいって思うの……」
「いえ、そうじゃなくて! 僕が聞きたいのは、なぜ結婚したいのかってことです!! なぜ、…なぜ、……なんですか…!!」
「えっ……丈は、皇琥を知ってるのか?」
「あっ!? いえっ、知りません! スタッフの人が話しているのを聞いただけで……」

 反対方向へ顔をそむける丈。耳が真っ赤になっている。

 その様相がどこかで見た光景に似ていて、優里はちょっとの間、上の空になった。気を取り戻すと、さっき丈に対して疑問に思ったいたこと。『丈は何者なの?』と聞いていた。

 その問いを聞いた丈は、少しの間、目を見開いて驚いた。しかしすぐに声を出して笑い出した。

「丈?」

 笑い声が終わると、丈がニヤリと顔を歪めながら、優里を見据えた。

「僕は……優里くんのファンなんです」
「え?」
「ひと昔前の言葉で言うなら、追っかけって言うんでしたっけ? いまなら、そうだなぁ……ストーカーでしょうか」
「?!」
「だって、優里くんは大学でも目立ちますしね。美人だし。みんな言ってるんですよ。あ、男子の間ですけど、優里くんとヤルにはどうしたらいいかって」
「えっ……」

 いきなり丈が肩を鷲掴みし、押し倒してきた。眼前に彼の顔が迫る。目は狂気を帯び、口角が持ち上がり笑っていた。

「……こんな格好しといて、襲われないとでも本気で思ったんですか?」
「やめろ!」
「叫んでも助けなんて来ませんよ…暴漢以外はね!!」

 周りの草木が音を立て、なにかが近づいてくる気配を感じた。音のする方へ、目を向けると、男が2、3人現れた。「やっと見つけた」「いひひひ、ここにいたのか」と口々に言葉を交わしている。どうやらこいつらは、丈のいう通り暴漢たちだ。獲物を狙う獣のような目つきで近づいてくる。

 男たちを見回しながら、丈が叫ぶように言った。

「おとなしくしろ!!」
「やめろ!」

(どうしてこうなるんだ! どうして! こんなに俺は弱いんだ!)

 優里の体の上に丈の体重がのしかかってくる。まだ体もいうことを利かないし、足も負傷して動かせない。

 袴がはだけ、その隙間から手を入れられ、太ももの辺りを弄られた。手がどんどんと体の中心へ移動してくる。

「やめろ!! やめてくれ!!」

 泣いてる場合ではないのに、涙が溢れだした。このまま男どもに輪姦されるかもしれない。そう考えるだけで、情けないのと、悔しいのとで、涙が溢れた。

「こうが……しょうり……」

 男どもに囲まれ、見下ろされた。諦めるかのように、優里はそっと目を閉じた。
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