上 下
34 / 73

秘められし心(2)

しおりを挟む
 ドアが大きく開かれ、聖吏が部屋へ入ってくるなり、優里を抱きしめた。聖吏の広くて、暖かな胸に包まれると安心した。気持ちが乱れた心が落ち着いてくる。

「優里…ごめん」

 黙って首を横に振った。

「聖吏は悪くない。謝る必要なんて…全然ない」
「……」
「それにこれは俺と……俺の問題だし……俺が弱いから…はっきりしないから……。それに聖吏の言いたいこともわかってる。独占したいって気持ち…だから俺もう皇琥をーー」
「ーー違うんだ、優里……」

 聖吏の腕に力がはいった。そして優里も腕を背中に回し抱きしめた。いまこの温もりを感じることができるだけで充分だと思った。

「優里、違うんだ……」
「え?」
「皇琥はお前のことを思って、……身を引いた」
「?! 俺を思って……、身を引いた?」

 聖吏の言っていることが分からなかった。あの夜の皇琥は正反対のことを言っていたからだ。『俺はもうお前にも結婚にも興味ない』と、皇琥は優里にはっきり言った。それにさっき両親から聞いた許婚解消や寄付という名目の慰謝料も。

「あの夜……優里が部屋へ行った後、皇琥から見せてもらったんだ……脅迫状を」
「……脅迫状?」
「ああ」

 聖吏の顔を見上げた。その表情から、口止めされていた事らしいと察した。普段の聖吏は、ほとんど表情を出さない。でもいまは余裕がないみたいで、眉をさげ、観念したような表情が出ていた。長年一緒にいる優里には、それが一目瞭然だった。

「優里との許婚を解消しなければ……」
「解消しなければ?」
「お前を殺すって」
「っ!」

 一体、誰がそんなことを……。

「だから、皇琥は許婚を解消した。お前を守るために……」

 まただ、また守られた。

「それと……」
「え、まだあるのか?」
「……優里は皇琥に好きだと言ったことあるのか?」

 ぶんぶんと首を横に振った。

「なら優里、皇琥のこと…本当はどう思ってるんだ?」
「えっ……」
「あいつのこと好きなのか?」
「んっ……た…ぶん。……でも俺、聖吏のことも好きだから、だから…どうしていいか分かんなくて……二人も好きになっちゃダメだって思ってるし」
「俺のことは気にするな」
「でもそれじゃ!」
「俺は優里が好きな奴なら受け入れる。ただそれだけだ」
「でも…それじゃ、なんか……」
「それにもう悩む必要も、選ぶ必要もないだろ。複数と結婚できるんだから」
「あれは偶然で!」
「偶然じゃないって言ったら?」
「え?」
「あれは、皇琥の仕業だ。あいつ、本当にお前が好きなんだな」
「ちょ、ちょっと待って、あの法律が皇琥の仕業って…どういう意味だよ」

 聖吏が皇琥のことについてざっくり教えてくれた。皇琥の家、宝条家は、昔からこの国や世界情勢を裏で支配している家柄であること。でもそれは決して表に出ることはないこと。

「まぁ、あいつの前世を考えれば、不思議じゃないんだけどな」
「皇帝…だっけ? あいつの前世? でのそれにしたって……」
「ああ、それも判明している歴史上の人物の比じゃないからな。だからあいつの史実がすっぽり抜けているのも、あいつにしか出来ないだろうな」

 それを聞いた優里は身震いした。改めて、なんていうか、凄いやつと思うと同時に、少し怖いというか。

「でもそんな皇琥にも、唯一の弱点がある」
「え、なにそれ?」

 聖吏の指が優里の鼻先に置かれた。

「お前だ、優里。ほんと、お前って大変な奴に気に入られたよな」
「っ!」

 顔に熱が集まってきて、俯いた。

(まだ俺のこと…好きでいてくれるのかな…でもどうして俺なんか……)
 
「それにあいつ、相手からどう思われようと気にしないタイプだけど、優里は別らしい。案外ロマンチストかもしれない」

 ロマンチストの声に思わず反応して、顔をあげた。

「ロマンチスト?」
「気にしてんだよ……お前から好きだって言われたことないって。前世も、今世もっ……」
「!?」

 目をパチパチと何度も瞬きした。聖吏の言ったことを心の中で繰り返す。『気にしてんだよ……お前から好きだって言われたことないって…』顔だけでなく体中の血が沸騰するかと思うほど、体温が上がるのを感じた。

が?! 世界を手中に収めるような、そんな奴が、そんなこと考えてたなんて。やばっ、可愛い……!)
 
「意外だろ?」
「…うっ、うん……意外過ぎてびっくりした。クソかわじゃん……」

 プッと笑った聖吏を見て、つられて優里も笑った。そして二人で声を出して笑った。

「だから、次に会ったら、ちゃんと言ってやれよ」
「え、でも聖吏さっき独占したいって……」
「だからもういいって言っただろ。それに俺は、お前の笑ってる顔のほうが大事だから」
「……」
「あいつが好きなんだろ?」

 聖吏の顔を見上げると、いつにも増して深い青が優しく見つめ返していた。

「うん、好き…だ」
「でも俺のことも好きでいてくれるよな?」
「当たり前だ!」

 優しく髪をかきあげ、両頬を聖吏が包んでくる。あったかい大きな手。

「優里……愛してる」
「俺も聖吏のこと愛してる」

 そっと瞳を閉じると、柔らかい唇が頬に触れ、そして口元へ。甘いキスが降り注いだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌がらせされているバスケ部青年がお漏らししちゃう話

こじらせた処女
BL
バスケ部に入部した嶋朝陽は、入部早々嫌がらせを受けていた。無視を決め込むも、どんどんそれは過激なものになり、彼の心は疲弊していった。 ある日、トイレで主犯格と思しき人と鉢合わせてしまう。精神的に参っていた朝陽はやめてくれと言うが、証拠がないのに一方的に犯人扱いされた、とさらに目をつけられてしまい、トイレを済ませることができないまま外周が始まってしまい…?

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

学祭で女装してたら一目惚れされた。

ちろこ
BL
目の前に立っているこの無駄に良い顔のこの男はなんだ?え?俺に惚れた?男の俺に?え?女だと思った?…な、なるほど…え?俺が本当に好き?いや…俺男なんだけど…

処理中です...