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神子舞
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もともと昔から、星見神社は星と花の神社として、地元の人たちにはよく知られていた。
桜の名所として有名だが、ここ数年は、紫陽花が綺麗な神社として、広く知られるようになった。訪れた人が、紫陽花の写真をネットにアップ。特に剪定された紫陽花を手水舎に浮かべたのが人気となった。
紫陽花の多くは、本堂の裏にある山の傾斜で、散歩道の両側にたくさん植えられている。見頃になると、多くの人で散歩道へ詰めかけるのが定番となりつつあった。
さて、本日は紫陽花まつりの初日。早朝から境内に出される屋台の準備も進められている。いつもの神社とは違う賑やかな朝だ。
優里も神子舞の着付けを美鈴に手伝ってもらい、いまは化粧を施されている。その支度が進められる傍らで、聖吏が今日の計画を優里と確認した。
計画といっても至ってシンプルだ。神子舞に扮した優里が、予定通り神事の神楽を舞う。その神楽を見た参拝者が、優里の舞う姿を写真や動画に撮って、ネットにアップするだろうと予測。そして、三年前と同じように話題なって拡散され、それが皇琥の目にとまって、会いに来てくれるはず、という考えだ。
それにしても、聖吏のその自信はどこから来るのだろうか。『皇琥の目にとまって、優里に会いに来る』という自信。一度それとなく理由を聞いたら、はぐらかされた。別に隠すことでもないだろうに。ただ聞かれた時の聖吏の態度が、挙動不審だったから、さらに怪しかったのを覚えている。
「さ、終わったわよ、優里くん。どう、聖吏くん? 悠里くん綺麗でしょ!」
支度が終わった優里の神子姿を手伝っていた美鈴が、壁に寄りかかっている聖吏に言った。しかし返答はなかった。座っている優里のところからは鏡を通して聖吏の姿が見えるが、顔は見えない。
「なぁ、聖吏!? 聞いてんのかよ」
「あ、なんか言ったか?」
「……ったく。なぁ、本当にこんなんで皇琥、来るかな……」
「来てくれなきゃ困るだろ……」
「まぁ、そりゃそうなんだけど…」
「え、なになに、優里くん。この姿を見せたい人でもいるの?」
「うん、まぁ……」
「そりゃ、優里くんのこの神子舞姿を直接拝みたいって人は、いっぱい出てくると思うわよ。だって三年前もそうだったしね」
「あ、あれね……」
「あの時は大変だったけど、今回はあの時よりも警備を強化してあるから安心してね」
「うん、ありがとう、美鈴姉え」
「それに私が保証するわ。いまの優里くんのこの乙女姿をネットで見たら、絶対に、その人飛んでくるから!」
「乙女って……」
「ほら、聖吏くんもぼーっとしてないで、働いた、働いたっ!」
本殿の様子を見てくると言って、美鈴が控え室から出ていった。振り返って、聖吏に視線を移すと、心ここにあらずな顔をしていた。
「聖吏?」
「……あっ、見惚れてた…綺麗だ、優里」
「……」
顔が火照ってくるのが分かって俯いた。きっと赤くなってるだろう、聖吏の顔みたいに。
「キスしたいけど、無理…だよな……」
「…まず間違いなく、美鈴姉に怒鳴られると思う」
聖吏が座っている優里の手を取った。そして片膝をつき、手の甲へとキスを落とした。
*
この計画には、もちろん美鈴も協力をする。さらに念には念をという、聖吏らしい性格を反映して、ネットに写真と動画をアップする役を大学の友人にお願いした。友人とは、鈴木、佐藤、そして山田の三人組だ。
神子舞に扮した優里が本殿の廊下を歩いていると、ちょうど彼ら三人が本殿へ近づいてくるところだった。優里が彼らに近づこうとすると、準備をしていた他のスタッフが手をとめた。四方八方から視線を感じる。
「今日はよろしく頼むな」
神子舞の装束とうっすら化粧を施した優里が三人に話しかけた。最初、ぽかんとした顔をしていた三人だったが、優里だと気づくと、驚きを次々に口にした。
「え、誰かと思ったら、優里ちゃん? 天女か、女神かと思ったわよ」
「やっぱ男にしとくの勿体無い! それより、私、女としての自信なくすわ~」
「美人とは思ってたけど、ここまでとはマジ驚き。お前、本当に優里なのか? じつは双子でした?」
「俺だよ……それに、俺一人っ子だし」
神子舞に扮した優里。巫女さんの時のように長い黒髪のかつらを被り、うっすらと紅をさしている。そして今回は祭事を行うので、巫女装束に、薄衣の千早(ちはや)を羽織っていた。白地の千早には薄く紫陽花の模様が描かれてある。そして頭には天冠を載せていた。
神楽の舞台となる本堂の周りは、少しずつ参拝客が集まりはじめていた。この祭りは、これから訪れる雨季、そして夏に作物が大きく育ち、秋には実り多くなるよう祈祷も兼ねている。
雅楽に合わせて優里は舞った。五穀豊穣の願いを込めて、丁寧に舞う。昨日は終日、神楽の練習をしておいた。その甲斐もあり、祭事を無事に乗り切ることができた。
参拝客からはため息がもれ、多くの人がスマホをかざして、この美しき神子舞を動画や写真に収めた。そしてネットにアップされると、あの三年前の年末年始のように、瞬く間にトレンド入りを果たしていたことを優里たちはまだ知らなかった。
舞いが終わり、本堂の裏手へ行くと、美鈴と聖吏が待っていた。
「お疲れ様、優里くん。もう、うっとりするぐらい素敵な舞いだったわ」
「ありがとう、美鈴姉」
「それじゃ、優里は控え室で、着替えてこい。化粧落とすの忘れんなよ」
「当たり前だろ。とっとと化粧を落としたくて、うずうずしてんだから。それじゃ、また後で、聖吏」
「ああ、終わったら社務所にいろよ」
「分かった」
聖吏と美鈴と別れ、優里は控え室へ向かった。その途中、別の部屋で、若いスタッフの一人が困った顔で、何かを探しているのを見かけた。とっさに優里は、何を探しているのか聞いた。
「あのー、どうしたんですか?」
「あ、優里くん、ちょうどよかった。実は宮司から午後の神事で使う神鏡(しんきょう)を探すよう頼まれて……」
「え、親父……いや、宮司から?」
「はい。どうやら昨日、宮司は、神鏡を蔵から出したと思ったらしいのですが、どこを探しても見つからなくて……」
「ったく親父の野郎、しょうがねえなぁ」
「部屋を隈なく探したのですが、どこにもなくて。それに蔵へ探しに行きたくても、あそこは星見家に縁のある方々しか入れない場所ですから、僕は行けなくて……」
「なら、俺が行ってくるよ。どの蔵って言ってた?」
「あ、はい。本堂から一番離れている海照(あまみ)の蔵です」
「げっ、あの蔵……」
「?! えっ、なにか問題でもあるんですか?」
「あそこの蔵の扉って、二重扉なんだよな。ちょっと面倒というか……」
「えー、それじゃ、どうしましょうか」
「でも神鏡がないと困るもんな。それに午後の神事に必要なら、あと30分ほどしかないし。とりあえず、探しに行ってみるよ」
「ありがとうございます。あと……すみません、優里くん。…僕は他の場所の手伝いをしなくちゃいけなくて、一緒に行けませんが……」
「あ、大丈夫。俺一人で行ってこれるから」
優里はスタッフと別れ、蔵の鍵が収められている自宅の保管庫から鍵を取り出した。
「海照(あまみ)の蔵の鍵っと。……そういえば、さっきの人って、新しく入った神職の人かな。初めて見る顔だった気がするし……まっ、いっか」
神社から一番離れた奥の蔵、海照の蔵に向かって優里は神子舞の装束のまま駆け出した。
「くっそ、やっぱ装束じゃ走りにくいな」
蔵へ到着した優里は、まず大扉の錠前を、さっき保管庫から取り出した鍵で開けた。
次は内扉だ。内扉を開けるには、大扉の下部に小さな木戸がある。その木戸の中に内扉の鍵が隠されている仕組みだ。
先ほど取り外した大扉の錠前に施してある、小さな釘のような鍵を木戸に挿して開ける。木戸の中は小さな空間になっており、手を伸ばして木戸の内部を探った。
「あった……ったくここの扉は、いつもめんどくせえなぁ」
取り出した鍵は、棒状に長い鍵で、先がL字に曲がっている。内扉の隙間に、その長い鍵を差し込んだ。そして扉の内側に仕掛けられている落としと呼ばれる、木片の溝にL字の鍵を差し込む。そして、その鍵を持ち上げると同時に、落としも持ち上がり、内扉が解錠する仕組みだ
しかしなかなか落としの溝に、L字の鍵を差し込めないでいた。
「ったく…溝に入らねえぞっ……」
大昔に作られた鍵だが、結構厄介だ。そんなことに集中していたせいで、近づいてくる人影に優里は全く気づかなかった。
そしていきなり、背後から羽交締めにされ、口元は薬臭い布で覆われた。しばらくすると体がぐったりし、優里はそのまま意識を手放した。
桜の名所として有名だが、ここ数年は、紫陽花が綺麗な神社として、広く知られるようになった。訪れた人が、紫陽花の写真をネットにアップ。特に剪定された紫陽花を手水舎に浮かべたのが人気となった。
紫陽花の多くは、本堂の裏にある山の傾斜で、散歩道の両側にたくさん植えられている。見頃になると、多くの人で散歩道へ詰めかけるのが定番となりつつあった。
さて、本日は紫陽花まつりの初日。早朝から境内に出される屋台の準備も進められている。いつもの神社とは違う賑やかな朝だ。
優里も神子舞の着付けを美鈴に手伝ってもらい、いまは化粧を施されている。その支度が進められる傍らで、聖吏が今日の計画を優里と確認した。
計画といっても至ってシンプルだ。神子舞に扮した優里が、予定通り神事の神楽を舞う。その神楽を見た参拝者が、優里の舞う姿を写真や動画に撮って、ネットにアップするだろうと予測。そして、三年前と同じように話題なって拡散され、それが皇琥の目にとまって、会いに来てくれるはず、という考えだ。
それにしても、聖吏のその自信はどこから来るのだろうか。『皇琥の目にとまって、優里に会いに来る』という自信。一度それとなく理由を聞いたら、はぐらかされた。別に隠すことでもないだろうに。ただ聞かれた時の聖吏の態度が、挙動不審だったから、さらに怪しかったのを覚えている。
「さ、終わったわよ、優里くん。どう、聖吏くん? 悠里くん綺麗でしょ!」
支度が終わった優里の神子姿を手伝っていた美鈴が、壁に寄りかかっている聖吏に言った。しかし返答はなかった。座っている優里のところからは鏡を通して聖吏の姿が見えるが、顔は見えない。
「なぁ、聖吏!? 聞いてんのかよ」
「あ、なんか言ったか?」
「……ったく。なぁ、本当にこんなんで皇琥、来るかな……」
「来てくれなきゃ困るだろ……」
「まぁ、そりゃそうなんだけど…」
「え、なになに、優里くん。この姿を見せたい人でもいるの?」
「うん、まぁ……」
「そりゃ、優里くんのこの神子舞姿を直接拝みたいって人は、いっぱい出てくると思うわよ。だって三年前もそうだったしね」
「あ、あれね……」
「あの時は大変だったけど、今回はあの時よりも警備を強化してあるから安心してね」
「うん、ありがとう、美鈴姉え」
「それに私が保証するわ。いまの優里くんのこの乙女姿をネットで見たら、絶対に、その人飛んでくるから!」
「乙女って……」
「ほら、聖吏くんもぼーっとしてないで、働いた、働いたっ!」
本殿の様子を見てくると言って、美鈴が控え室から出ていった。振り返って、聖吏に視線を移すと、心ここにあらずな顔をしていた。
「聖吏?」
「……あっ、見惚れてた…綺麗だ、優里」
「……」
顔が火照ってくるのが分かって俯いた。きっと赤くなってるだろう、聖吏の顔みたいに。
「キスしたいけど、無理…だよな……」
「…まず間違いなく、美鈴姉に怒鳴られると思う」
聖吏が座っている優里の手を取った。そして片膝をつき、手の甲へとキスを落とした。
*
この計画には、もちろん美鈴も協力をする。さらに念には念をという、聖吏らしい性格を反映して、ネットに写真と動画をアップする役を大学の友人にお願いした。友人とは、鈴木、佐藤、そして山田の三人組だ。
神子舞に扮した優里が本殿の廊下を歩いていると、ちょうど彼ら三人が本殿へ近づいてくるところだった。優里が彼らに近づこうとすると、準備をしていた他のスタッフが手をとめた。四方八方から視線を感じる。
「今日はよろしく頼むな」
神子舞の装束とうっすら化粧を施した優里が三人に話しかけた。最初、ぽかんとした顔をしていた三人だったが、優里だと気づくと、驚きを次々に口にした。
「え、誰かと思ったら、優里ちゃん? 天女か、女神かと思ったわよ」
「やっぱ男にしとくの勿体無い! それより、私、女としての自信なくすわ~」
「美人とは思ってたけど、ここまでとはマジ驚き。お前、本当に優里なのか? じつは双子でした?」
「俺だよ……それに、俺一人っ子だし」
神子舞に扮した優里。巫女さんの時のように長い黒髪のかつらを被り、うっすらと紅をさしている。そして今回は祭事を行うので、巫女装束に、薄衣の千早(ちはや)を羽織っていた。白地の千早には薄く紫陽花の模様が描かれてある。そして頭には天冠を載せていた。
神楽の舞台となる本堂の周りは、少しずつ参拝客が集まりはじめていた。この祭りは、これから訪れる雨季、そして夏に作物が大きく育ち、秋には実り多くなるよう祈祷も兼ねている。
雅楽に合わせて優里は舞った。五穀豊穣の願いを込めて、丁寧に舞う。昨日は終日、神楽の練習をしておいた。その甲斐もあり、祭事を無事に乗り切ることができた。
参拝客からはため息がもれ、多くの人がスマホをかざして、この美しき神子舞を動画や写真に収めた。そしてネットにアップされると、あの三年前の年末年始のように、瞬く間にトレンド入りを果たしていたことを優里たちはまだ知らなかった。
舞いが終わり、本堂の裏手へ行くと、美鈴と聖吏が待っていた。
「お疲れ様、優里くん。もう、うっとりするぐらい素敵な舞いだったわ」
「ありがとう、美鈴姉」
「それじゃ、優里は控え室で、着替えてこい。化粧落とすの忘れんなよ」
「当たり前だろ。とっとと化粧を落としたくて、うずうずしてんだから。それじゃ、また後で、聖吏」
「ああ、終わったら社務所にいろよ」
「分かった」
聖吏と美鈴と別れ、優里は控え室へ向かった。その途中、別の部屋で、若いスタッフの一人が困った顔で、何かを探しているのを見かけた。とっさに優里は、何を探しているのか聞いた。
「あのー、どうしたんですか?」
「あ、優里くん、ちょうどよかった。実は宮司から午後の神事で使う神鏡(しんきょう)を探すよう頼まれて……」
「え、親父……いや、宮司から?」
「はい。どうやら昨日、宮司は、神鏡を蔵から出したと思ったらしいのですが、どこを探しても見つからなくて……」
「ったく親父の野郎、しょうがねえなぁ」
「部屋を隈なく探したのですが、どこにもなくて。それに蔵へ探しに行きたくても、あそこは星見家に縁のある方々しか入れない場所ですから、僕は行けなくて……」
「なら、俺が行ってくるよ。どの蔵って言ってた?」
「あ、はい。本堂から一番離れている海照(あまみ)の蔵です」
「げっ、あの蔵……」
「?! えっ、なにか問題でもあるんですか?」
「あそこの蔵の扉って、二重扉なんだよな。ちょっと面倒というか……」
「えー、それじゃ、どうしましょうか」
「でも神鏡がないと困るもんな。それに午後の神事に必要なら、あと30分ほどしかないし。とりあえず、探しに行ってみるよ」
「ありがとうございます。あと……すみません、優里くん。…僕は他の場所の手伝いをしなくちゃいけなくて、一緒に行けませんが……」
「あ、大丈夫。俺一人で行ってこれるから」
優里はスタッフと別れ、蔵の鍵が収められている自宅の保管庫から鍵を取り出した。
「海照(あまみ)の蔵の鍵っと。……そういえば、さっきの人って、新しく入った神職の人かな。初めて見る顔だった気がするし……まっ、いっか」
神社から一番離れた奥の蔵、海照の蔵に向かって優里は神子舞の装束のまま駆け出した。
「くっそ、やっぱ装束じゃ走りにくいな」
蔵へ到着した優里は、まず大扉の錠前を、さっき保管庫から取り出した鍵で開けた。
次は内扉だ。内扉を開けるには、大扉の下部に小さな木戸がある。その木戸の中に内扉の鍵が隠されている仕組みだ。
先ほど取り外した大扉の錠前に施してある、小さな釘のような鍵を木戸に挿して開ける。木戸の中は小さな空間になっており、手を伸ばして木戸の内部を探った。
「あった……ったくここの扉は、いつもめんどくせえなぁ」
取り出した鍵は、棒状に長い鍵で、先がL字に曲がっている。内扉の隙間に、その長い鍵を差し込んだ。そして扉の内側に仕掛けられている落としと呼ばれる、木片の溝にL字の鍵を差し込む。そして、その鍵を持ち上げると同時に、落としも持ち上がり、内扉が解錠する仕組みだ
しかしなかなか落としの溝に、L字の鍵を差し込めないでいた。
「ったく…溝に入らねえぞっ……」
大昔に作られた鍵だが、結構厄介だ。そんなことに集中していたせいで、近づいてくる人影に優里は全く気づかなかった。
そしていきなり、背後から羽交締めにされ、口元は薬臭い布で覆われた。しばらくすると体がぐったりし、優里はそのまま意識を手放した。
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