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星見神社の秘密
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西辻の訪問からすでに1週間が経過していた。すぐに連絡が来るだろうと予想していたが、見事にハズれた。
でも連絡より気になるのは、今後の神社の成り行きである。優里が許婚のことを断ったとき『取りつぶし』という単語が飛び出したからだ。
こちらから連絡しようにも、両親は連絡先を聞いていなかった。まったく頼りない。
仕方ないから、連絡を待っている間、許婚だと言われた宝条皇琥について調べることにした。
パソコンで【宝条皇琥】と入力した。いまはネットの調べれば、ほとんどのことは検索できる。ただし、プライバシーに関しては、規制が厳しくなっているからどうだろうか。
予想通り、宝条皇琥についての情報は一切見つけることは出来なかった。運が良ければ、と思ったが、SNSのユーザー名はもとより、写真にも、何にも引っかからなかった。
「やっぱ無理か……」
独り言を呟きながら、今度は【星見神社】と入力し、リターンキーを押す。
検索結果には、星見神社のホームページをはじめ、ミィキペディアやここを訪れた参拝客がアップした写真が数百万件という数字と共に掲載された。そこには優里や宮司である父さんの写真も載っている。
パソコン画面の右下にメールアイコンがぴょこんぴょこんと飛び跳ねる動作をした。うさぎのアイコンが新しいメールが届いたことを知らせてきた。
アイコンをクリックする。すると新着メールが1件と表示。件名は、『星見神社のツアーガイド希望』だった。
神社の閑散期に合わせて、優里が無料のツアーガイドを計画し、ホームページに概要を載せていた。掲載して初めての依頼だ。
ガイドの参加希望人数と日時を確認する。人数は1名、明日の午後3時希望と書いてあった。すぐに問題ない旨とツアー開始5分前に鳥居で集合と明記しメールを返信した。
**
初めてのツアーガイド。参加者は1名だが、やはり緊張する。
神社で奉仕するときの優里は、白色の着物に松葉色の袴を着る。支度を終えると、すぐに集合場所の鳥居へと向かった。ツアー開始20分前。気合が入りすぎて、早く着きすぎた。
しかしすでに鳥居のところで待っている人影が見えた。きっと他の参拝客だろうと思ったが、とりあえず近づいて行く。その人影は、鳥居前をくぐる様子がない。ということは、やっぱりツアー希望者だろうか。近づくたび、その人のことがはっきりと見えてきた。
「あの着物を着ている人かな?」
参拝者は男性で、遠くから見ると着物を着ているようだった。
優里が参道から鳥居をくぐって一般道へ出た。すると待っていた人が優里に気づいたようで振り向いた。
とっさに相手を見てニコリとする優里。だが、相手の表情は変わらなかった。なんだか無愛想な感じ。でも着物男子のイケメンだ。
和服姿と相まって、落ち着いて見える。年齢は優里と同じくらいか、少し上かもと思って、親近感も湧いた。
「初めまして、ツアーガイド希望の方ですね。ご参加、ありがとうございます。担当する星見です。よろしくお願いします」
彼は軽く会釈しただけだった。やっぱ愛想がない。やりにくそう。
ツアー参加者の名前はあえて聞かない。聞く必要もないからだ。相手からの沈黙も気になるが、早速ツアー開始となった。
天気は穏やかで風のない静かな日。境内を案内するには最高だと思った。
最初に案内したのは、集合場所である鳥居。説明を聞きながら、彼は相槌を打ってくれた。無愛想だが、なんだかとても説明のしがいがある。
「ではここから参道を通って拝殿へと向かいます」
優里が先導して鳥居をくぐり参道を歩き出す。彼が後からついてきた。その彼が参道へ入った瞬間、拝殿のある方角から鳥居の方へ、ぶわっと風が吹き抜けた。
「うわぁ」
急な突風に優里はバランスを崩して倒れそうになったが、後ろにいた彼に支えられていた。胸元に顔を押し付けるように倒れ込み、着物の袖を掴んでしまう。
「大丈夫か?」
「すみません!」
初めて声を発した彼は、バリトンボイス。低音の色気のある声色に、優里の心がゾワッと疼いた。
いそいで彼から離れた。ふわっとしたウィディ系の香りが鼻腔をくすぐる。それに袖を掴んだ時の生地の質感から、紬の着物だと気がついた。歳は優里と変わらなそうなのに、高級着物をさりげなく着こなす彼。そしてその身のこなし方。大人の男を思わせ、優里はちょっと憧れた。格好いい。
それに説明を聞くだけでなく、色々と疑問点を聞いてきてくれた。歴史や、他の神社との比較。終始、会話が盛り上がった。最初に感じた『やりにくそう』という感じはもうしない。もちろん相変わらず愛想はないけど。
興味を持ってくれる人との会話は楽しい。
すでに神社についていろんなことを知っている聖吏とは、ここまで盛り上がることもないなと優里は思った。
ツアーが終わりに近づいてきた頃、優里は少し残念な気持ちになってきた。こんなに楽しい会話は久しぶりだったし、それに、多分もう二度と彼とは会話することはないだろうと思ったからだ。楽しい時間というものは、飛ぶように過ぎ去っていく。
そんなことを考えていた時、彼が不意な質問をしてきた。「ここの古墳へは行けるのか」と。
咄嗟に聞かれ、思わず優里は、「あれは山頂付近なので、この格好ではーー」と無意識に口を滑らせた。口を閉ざして、やべっと思ったが、手遅れである。なぜなら古墳のことは神社の秘密だからだ。
じつはこの神社のご神体は、山の頂上にある古墳から見つかったと身内では言い伝えられている。だからその古墳のことは秘密で、世の中には知られていない情報のはずだ。それなのに彼が知っていたことに驚いた。
「なら日を改めよう」
「あ、いや、あそこへは……」
「どうした?」
ここまで喋ってしまってから、実は古墳はありません、とは言えなくなった。だからどうして彼が古墳のことを知っているのか、逆に質問をしてみた。
「どうして古墳のことを知ってるのですか?」
「それがどう重要だと?」
「え、それは……」
質問を質問で返された。秘密だから、と言ってしまえばいいのだろうが、今度は『なぜ秘密なんだ?』と聞かれかねないと思った。
優里が答えを逡巡していると、彼が着物の袖から携帯を取り出した。画面をスライドさせて、指が止まったところで、携帯画面を優里のほうへかざした。
「え、これって!」
「これに古墳について、書いてあったからだ」
「?!」
携帯に映った写真。それは【星見神社記録】古文書の表紙だった。しかも古文書の表題には【其の一】と書かれていた。
でも連絡より気になるのは、今後の神社の成り行きである。優里が許婚のことを断ったとき『取りつぶし』という単語が飛び出したからだ。
こちらから連絡しようにも、両親は連絡先を聞いていなかった。まったく頼りない。
仕方ないから、連絡を待っている間、許婚だと言われた宝条皇琥について調べることにした。
パソコンで【宝条皇琥】と入力した。いまはネットの調べれば、ほとんどのことは検索できる。ただし、プライバシーに関しては、規制が厳しくなっているからどうだろうか。
予想通り、宝条皇琥についての情報は一切見つけることは出来なかった。運が良ければ、と思ったが、SNSのユーザー名はもとより、写真にも、何にも引っかからなかった。
「やっぱ無理か……」
独り言を呟きながら、今度は【星見神社】と入力し、リターンキーを押す。
検索結果には、星見神社のホームページをはじめ、ミィキペディアやここを訪れた参拝客がアップした写真が数百万件という数字と共に掲載された。そこには優里や宮司である父さんの写真も載っている。
パソコン画面の右下にメールアイコンがぴょこんぴょこんと飛び跳ねる動作をした。うさぎのアイコンが新しいメールが届いたことを知らせてきた。
アイコンをクリックする。すると新着メールが1件と表示。件名は、『星見神社のツアーガイド希望』だった。
神社の閑散期に合わせて、優里が無料のツアーガイドを計画し、ホームページに概要を載せていた。掲載して初めての依頼だ。
ガイドの参加希望人数と日時を確認する。人数は1名、明日の午後3時希望と書いてあった。すぐに問題ない旨とツアー開始5分前に鳥居で集合と明記しメールを返信した。
**
初めてのツアーガイド。参加者は1名だが、やはり緊張する。
神社で奉仕するときの優里は、白色の着物に松葉色の袴を着る。支度を終えると、すぐに集合場所の鳥居へと向かった。ツアー開始20分前。気合が入りすぎて、早く着きすぎた。
しかしすでに鳥居のところで待っている人影が見えた。きっと他の参拝客だろうと思ったが、とりあえず近づいて行く。その人影は、鳥居前をくぐる様子がない。ということは、やっぱりツアー希望者だろうか。近づくたび、その人のことがはっきりと見えてきた。
「あの着物を着ている人かな?」
参拝者は男性で、遠くから見ると着物を着ているようだった。
優里が参道から鳥居をくぐって一般道へ出た。すると待っていた人が優里に気づいたようで振り向いた。
とっさに相手を見てニコリとする優里。だが、相手の表情は変わらなかった。なんだか無愛想な感じ。でも着物男子のイケメンだ。
和服姿と相まって、落ち着いて見える。年齢は優里と同じくらいか、少し上かもと思って、親近感も湧いた。
「初めまして、ツアーガイド希望の方ですね。ご参加、ありがとうございます。担当する星見です。よろしくお願いします」
彼は軽く会釈しただけだった。やっぱ愛想がない。やりにくそう。
ツアー参加者の名前はあえて聞かない。聞く必要もないからだ。相手からの沈黙も気になるが、早速ツアー開始となった。
天気は穏やかで風のない静かな日。境内を案内するには最高だと思った。
最初に案内したのは、集合場所である鳥居。説明を聞きながら、彼は相槌を打ってくれた。無愛想だが、なんだかとても説明のしがいがある。
「ではここから参道を通って拝殿へと向かいます」
優里が先導して鳥居をくぐり参道を歩き出す。彼が後からついてきた。その彼が参道へ入った瞬間、拝殿のある方角から鳥居の方へ、ぶわっと風が吹き抜けた。
「うわぁ」
急な突風に優里はバランスを崩して倒れそうになったが、後ろにいた彼に支えられていた。胸元に顔を押し付けるように倒れ込み、着物の袖を掴んでしまう。
「大丈夫か?」
「すみません!」
初めて声を発した彼は、バリトンボイス。低音の色気のある声色に、優里の心がゾワッと疼いた。
いそいで彼から離れた。ふわっとしたウィディ系の香りが鼻腔をくすぐる。それに袖を掴んだ時の生地の質感から、紬の着物だと気がついた。歳は優里と変わらなそうなのに、高級着物をさりげなく着こなす彼。そしてその身のこなし方。大人の男を思わせ、優里はちょっと憧れた。格好いい。
それに説明を聞くだけでなく、色々と疑問点を聞いてきてくれた。歴史や、他の神社との比較。終始、会話が盛り上がった。最初に感じた『やりにくそう』という感じはもうしない。もちろん相変わらず愛想はないけど。
興味を持ってくれる人との会話は楽しい。
すでに神社についていろんなことを知っている聖吏とは、ここまで盛り上がることもないなと優里は思った。
ツアーが終わりに近づいてきた頃、優里は少し残念な気持ちになってきた。こんなに楽しい会話は久しぶりだったし、それに、多分もう二度と彼とは会話することはないだろうと思ったからだ。楽しい時間というものは、飛ぶように過ぎ去っていく。
そんなことを考えていた時、彼が不意な質問をしてきた。「ここの古墳へは行けるのか」と。
咄嗟に聞かれ、思わず優里は、「あれは山頂付近なので、この格好ではーー」と無意識に口を滑らせた。口を閉ざして、やべっと思ったが、手遅れである。なぜなら古墳のことは神社の秘密だからだ。
じつはこの神社のご神体は、山の頂上にある古墳から見つかったと身内では言い伝えられている。だからその古墳のことは秘密で、世の中には知られていない情報のはずだ。それなのに彼が知っていたことに驚いた。
「なら日を改めよう」
「あ、いや、あそこへは……」
「どうした?」
ここまで喋ってしまってから、実は古墳はありません、とは言えなくなった。だからどうして彼が古墳のことを知っているのか、逆に質問をしてみた。
「どうして古墳のことを知ってるのですか?」
「それがどう重要だと?」
「え、それは……」
質問を質問で返された。秘密だから、と言ってしまえばいいのだろうが、今度は『なぜ秘密なんだ?』と聞かれかねないと思った。
優里が答えを逡巡していると、彼が着物の袖から携帯を取り出した。画面をスライドさせて、指が止まったところで、携帯画面を優里のほうへかざした。
「え、これって!」
「これに古墳について、書いてあったからだ」
「?!」
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