上 下
12 / 73

手繰る(1)

しおりを挟む
 『この古墳は……お前のだ』と言われ、はいそうですか、とすぐに答えられるほど、優里の神経は、図太くない。ただ、皇琥の哀愁を帯びた瞳を見ていたら、何も言えなくなってしまった。

 皇琥の話によると、この古墳の入口は地面にはまった円盤状の遺跡。その上に、建造主である皇琥が乗り、ある事をすると発動する仕組みになってたらしい。

(ある事っていうのが、すげぇ気になる。てか、それって、今じゃできない技術じゃん。昔って結構発展してたんだな)

 そして、あの許婚破棄による災いだが、簡単に言って仕舞えば、コーガとショーリが子々孫々に伝えたことらしい。神社を取りつぶすというのは、先祖が考えたことだろうと、皇琥は言っていたが、真意のほどは分からないと言っていた。

(それって、めちゃ怖ぇよ……)

 昔は許婚が複数でも問題なかったらしいが、現代では多重婚はできない。つまりは、どちらか一人を選ぶ? もしくは結婚しない? の二者択一になるのかも、と優里は考えた。

 そこまで考えたところで、急に眠気が襲ってきた。

 体がだるい。

 皇琥に体をあずけると、髪を何度もかきあげられ、その動作が、たまらなく気持ちいい。気持ち良くて、体がふわふわしてきた。

 炎がパチパチと音を立て、余計に眠気を誘う。
 
 とにかく体がだるい。何もかもが初づくしで…、気持ちよくて……。

 皇琥の規則正しい鼓動を聞きながら、優里は深い眠りに落ちていった。


**


 目を覚ますと、身に覚えのある布団にくるまっていた。気だるい体を、どうにか起こし、目を擦ってあたりを見回す。

「あれ、ここって、俺の……部屋、だよな? どうして…?」

 体を触ると、古墳へ行ったときの服を着ていた。

 どうやって戻ってきたのだろう。それに足腰が重く感じた。

 そうだ、古墳の中で皇琥と……、思い出そうとした途端、部屋のドアがノックされた。

「あ、はい!」

 ドアが開き、母さんが顔だけ出して「もう大丈夫?」と聞いてきた。

「え、あ、大丈夫」
「顔が赤いけど、熱でもあるの?」
「あ、いや、これは別に熱じゃ……、あは、ははは」

 タイミングが悪いとは、まさにこの事だ。

「そう、もし大丈夫なら下に降りてきて。まだ…、待ってるわよ。あなたの許婚」
「えっ!」
「まさか一緒に古墳へ行ったのが、もう一人の許婚だなんて。なんで前もって言ってくれないの。とっても素敵な方じゃない!」

 皇琥がまだ待ってる? しかも母さんに会った? ってことは、父さんにもすでに会ってるはず!

「わ、わかった! すぐ行くから!」

 急いで階段を駆け降り、客間の襖を開けた。いた。皇琥だ。父さんと談笑してる。

「優里、いつも言ってるだろ。襖は静かに開けなさいって」
「あ、ごめん……なさい」
「そうだ、優里。古墳へ行ったんだって? 山頂へ着いたら、お前の気分が悪くなったから、皇琥さんが、お前をおぶって帰ってきてくれたんだぞ。それで、もう気分は、大丈夫なのか?」
「え、あ、うん。そう、ちょっと気分が悪くなって、でも大丈夫だから。そっか、皇琥がおぶって……、ありがと……」

 心臓がドキドキして、まともに皇琥の顔が見られない。視線が宙を泳ぐ。

 母さんが夕飯を一緒にどうかと皇琥に尋ねたが、この後、予定があるということで、しばらくしてこの日は帰った。

「またな、優里」

 帰り際、さりげなく頬に軽くキスされ、それを見ていた父さんと母さんが、優里たちの距離がこんなにも近くなっていることに驚いた。

「素敵な方じゃない、優里。でも困ったわね……」
「?……母さん、それって……許婚が二人だから?」
「そりゃそうよ。聖吏君だって、皇琥さんに負けず、いい子で素敵だし」

 母さんが大きなため息を残し、台所へと足早に歩いていった。

 (困った……かぁ。やっぱり、どちらかを選ばないと、いけないんだよな……。それとも、どちらも選ばない…、か)

 優里は何か相談したいとき、いつも聖吏に聞いてもらっていた。でも今回のことは、聖吏も当事者の一人。相談するわけにはいかない。

 聖吏や聖吏の家族に、もう一人の許婚について知れ渡るのは、時間の問題だと思った。そこで優里は、自分から話すまで言わないで欲しいと両親に頼んだ。
しおりを挟む

処理中です...