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星と騎士(2)
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ーー1年前の夏
優里が事故だと思っていること。それは罰ゲームで起きたキス事件だ。
あれはたしか高校最後の修学旅行の夜だった。生徒たちにとって修学旅行は、友達と終日一緒に過ごせる魅惑の日々。夜には肝試しイベントもついていた。
肝試しは至ってシンプル。二人一組で墓地まで行き、井戸にある札を取ってくるだけ。ただそこは曰く付きの墓地という噂があり、特に井戸では毎年事故が絶えないという。
もともとお化け屋敷や幽霊話が苦手な優里は、修学旅行の行動計画を見た時から嫌な予感しかなかった。
ーーそして迎えた肝試しの夜
隣を歩く聖吏が心配そうに優里の顔を覗き込んできた。
「優里、大丈夫か?」
「え、あ、うん……大丈夫」
「ほら」
聖吏が手を差し出した。
「大丈夫だって」
差し出された手を思わず叩いた。これって手を繋げってことだろうけど、みっともないだろ……それに、こんな肝試しくらい、どうってことないって。
聖吏の過保護ぶりは今に始まったことじゃない。すでに幼稚園時代から優里を守るのが使命かのように四六時中そばにいる。そんな聖吏のことを友人たちは、口を揃えて「來住=騎士だな」と皮肉った。しかし優里だって男だ。いつも守られてばかりでは、男として不甲斐ないと思っている。
そうこうするうち、墓地に足を踏み入れていた。しばらく歩いていくと、先ほどから冷気が漂っている気がした。少し温度が下がったというのだろうか。なんだか肌寒い。それに墓石や、木々の向こうから視線を感じた。
じつは優里はあの世の者が見えることがる。
こちら側が彼らを刺激しなければ、特別悪さも干渉もしてこない。ただじーっと見つめられるだけだが、優里にしたらかなり居心地は悪い。やはり肝試しで墓地にきたことを優里は後悔しはじめた。
霊たちからの視線に耐えきれず、優里は俯きながら歩いた。少しずつ体が小刻みに震え緊張してくる。すると隣にいる聖吏が肩をそっと抱き寄せてきた。とっさに離れようと腕を聖吏に押し当てるが、肩をがっしりと抱えられ、身動きがとれない。
「聖吏、放せって! 俺なら大丈夫だから!」
「いいから静かに歩いて」
「聖吏?」
「お前にもアイツらが見えてんだろ?」
「えっ……聖吏も?」
「ああ、見える……やっぱり遊びで来るところじゃないな」
「……うん」
「さっさと終わらせて帰るぞ」
「うん」
聖吏に掴まれた肩から、じんわりと熱が伝わってきた。なんだろう、不思議と心が落ち着いてくる。自然と優里の体から緊張が解け、聖吏の体にもたれかけながら歩き続けた。
懐中電灯の光が揺れる中、目的の井戸へ無事到着。あとは、あらかじめ柱に貼られた札を取って、宿へ引き返すだけ。札を剥がそうと優里が手を伸ばした途端、足元にひやりと何かが触れた。視線をそこへ向けるとーー。
「うわぁあ~!!」
優里が一目散に走り出し、もと来た道を猛烈な勢いで走った。
(やばい、やばい、やばい! 足! 足、掴まれたー!!)
聖吏が何か叫んでいたが、優里には理解する余裕もなかった。もちろんその後のことはよく覚えていない。ただ札を取り忘れたことと、掴まれた足首に手の跡が残っていたのだけは覚えてる。
聖吏もすぐに宿へ戻ってきたが、どうやら札を取るのは忘れたらしかった。札を忘れた……つまり罰ゲームは優里たちに決定した。
その罰ゲームがキスだった。
周りの生徒から『口キス!クチキス!』と囃し立てられ、聖吏が優里の口に軽くチュッと素早く終えたことで、呆気なく罰ゲームは終了した。だがすぐに生徒たちから「ディープキス!」の連呼があがった。しかし、すでに就寝時間が過ぎており、先生たちに叱られた。優里にとって天のお助けと思ったくらいだ。
ただ修学旅行から戻ってしばらくは、クラスメイトから聖吏とのことを揶揄われた。
どこへ行くにも聖吏と一緒だったこともあり、「似合いの夫婦」とか、「今日のキスはどんな味だった?」とか聞かれた。
もっと最悪だったのは、身内しか知らない許婚のことと、罰ゲームのキス写真とが合わさって『祝 婚約!!』と書かれた文書だった。学校の掲示板に張り出されたこともあり、全校生徒の知るところとなった。
それなのに聖吏は一切気にすることもなく、優里の近くに居続けた。居心地が悪いのは、優里のほう。そんなこともあって優里が聖吏を避けるようになった。
ことあるごとに優里が反発した。でも逆に『喧嘩するほど仲がいい』などと周りから囃し立てられた。
だから学校の廊下で聖吏とすれ違っても無視。目が合うとわざと視線を外したり、姿を見掛ければ、わざと反対方向へ歩いたりもした。
それでも聖吏がどこからか見守っているのは気づいてた。まるで本当の騎士のようだと思ったこともあった。
そんな状態が3ヶ月くらい続いた。ようやく周りから聖吏とのことを言われなくなり、互いの関係が元に戻りつつあった。
しかし本人の意とはままならないもの。例の許婚の件が再燃した。
優里にしてみれば、ただの冗談だと思っていた許婚。それが双方の親族が勝手に結婚の日取りを決めてしまったのだ。挙式は優里が18歳を迎える月にだ。
猛烈に反発したのは優里だった。
「なんで俺たちが結婚なんだよ!」
聖吏は黙っているだけだった。そのことも優里を怒らせた。
「聖吏は本当にいいのかよ! 親が勝手に決めた結婚なんだぞ! お前の意志はないのかよ!」
しかし、その騒動の数日後、挙式の話は白紙に戻った。
**
「そういや、どうして白紙になったんだけ……」
聖吏の講義が終わるのを大学のカフェで待っていた優里が、ふと独り言のようにつぶやいた。
優里が事故だと思っていること。それは罰ゲームで起きたキス事件だ。
あれはたしか高校最後の修学旅行の夜だった。生徒たちにとって修学旅行は、友達と終日一緒に過ごせる魅惑の日々。夜には肝試しイベントもついていた。
肝試しは至ってシンプル。二人一組で墓地まで行き、井戸にある札を取ってくるだけ。ただそこは曰く付きの墓地という噂があり、特に井戸では毎年事故が絶えないという。
もともとお化け屋敷や幽霊話が苦手な優里は、修学旅行の行動計画を見た時から嫌な予感しかなかった。
ーーそして迎えた肝試しの夜
隣を歩く聖吏が心配そうに優里の顔を覗き込んできた。
「優里、大丈夫か?」
「え、あ、うん……大丈夫」
「ほら」
聖吏が手を差し出した。
「大丈夫だって」
差し出された手を思わず叩いた。これって手を繋げってことだろうけど、みっともないだろ……それに、こんな肝試しくらい、どうってことないって。
聖吏の過保護ぶりは今に始まったことじゃない。すでに幼稚園時代から優里を守るのが使命かのように四六時中そばにいる。そんな聖吏のことを友人たちは、口を揃えて「來住=騎士だな」と皮肉った。しかし優里だって男だ。いつも守られてばかりでは、男として不甲斐ないと思っている。
そうこうするうち、墓地に足を踏み入れていた。しばらく歩いていくと、先ほどから冷気が漂っている気がした。少し温度が下がったというのだろうか。なんだか肌寒い。それに墓石や、木々の向こうから視線を感じた。
じつは優里はあの世の者が見えることがる。
こちら側が彼らを刺激しなければ、特別悪さも干渉もしてこない。ただじーっと見つめられるだけだが、優里にしたらかなり居心地は悪い。やはり肝試しで墓地にきたことを優里は後悔しはじめた。
霊たちからの視線に耐えきれず、優里は俯きながら歩いた。少しずつ体が小刻みに震え緊張してくる。すると隣にいる聖吏が肩をそっと抱き寄せてきた。とっさに離れようと腕を聖吏に押し当てるが、肩をがっしりと抱えられ、身動きがとれない。
「聖吏、放せって! 俺なら大丈夫だから!」
「いいから静かに歩いて」
「聖吏?」
「お前にもアイツらが見えてんだろ?」
「えっ……聖吏も?」
「ああ、見える……やっぱり遊びで来るところじゃないな」
「……うん」
「さっさと終わらせて帰るぞ」
「うん」
聖吏に掴まれた肩から、じんわりと熱が伝わってきた。なんだろう、不思議と心が落ち着いてくる。自然と優里の体から緊張が解け、聖吏の体にもたれかけながら歩き続けた。
懐中電灯の光が揺れる中、目的の井戸へ無事到着。あとは、あらかじめ柱に貼られた札を取って、宿へ引き返すだけ。札を剥がそうと優里が手を伸ばした途端、足元にひやりと何かが触れた。視線をそこへ向けるとーー。
「うわぁあ~!!」
優里が一目散に走り出し、もと来た道を猛烈な勢いで走った。
(やばい、やばい、やばい! 足! 足、掴まれたー!!)
聖吏が何か叫んでいたが、優里には理解する余裕もなかった。もちろんその後のことはよく覚えていない。ただ札を取り忘れたことと、掴まれた足首に手の跡が残っていたのだけは覚えてる。
聖吏もすぐに宿へ戻ってきたが、どうやら札を取るのは忘れたらしかった。札を忘れた……つまり罰ゲームは優里たちに決定した。
その罰ゲームがキスだった。
周りの生徒から『口キス!クチキス!』と囃し立てられ、聖吏が優里の口に軽くチュッと素早く終えたことで、呆気なく罰ゲームは終了した。だがすぐに生徒たちから「ディープキス!」の連呼があがった。しかし、すでに就寝時間が過ぎており、先生たちに叱られた。優里にとって天のお助けと思ったくらいだ。
ただ修学旅行から戻ってしばらくは、クラスメイトから聖吏とのことを揶揄われた。
どこへ行くにも聖吏と一緒だったこともあり、「似合いの夫婦」とか、「今日のキスはどんな味だった?」とか聞かれた。
もっと最悪だったのは、身内しか知らない許婚のことと、罰ゲームのキス写真とが合わさって『祝 婚約!!』と書かれた文書だった。学校の掲示板に張り出されたこともあり、全校生徒の知るところとなった。
それなのに聖吏は一切気にすることもなく、優里の近くに居続けた。居心地が悪いのは、優里のほう。そんなこともあって優里が聖吏を避けるようになった。
ことあるごとに優里が反発した。でも逆に『喧嘩するほど仲がいい』などと周りから囃し立てられた。
だから学校の廊下で聖吏とすれ違っても無視。目が合うとわざと視線を外したり、姿を見掛ければ、わざと反対方向へ歩いたりもした。
それでも聖吏がどこからか見守っているのは気づいてた。まるで本当の騎士のようだと思ったこともあった。
そんな状態が3ヶ月くらい続いた。ようやく周りから聖吏とのことを言われなくなり、互いの関係が元に戻りつつあった。
しかし本人の意とはままならないもの。例の許婚の件が再燃した。
優里にしてみれば、ただの冗談だと思っていた許婚。それが双方の親族が勝手に結婚の日取りを決めてしまったのだ。挙式は優里が18歳を迎える月にだ。
猛烈に反発したのは優里だった。
「なんで俺たちが結婚なんだよ!」
聖吏は黙っているだけだった。そのことも優里を怒らせた。
「聖吏は本当にいいのかよ! 親が勝手に決めた結婚なんだぞ! お前の意志はないのかよ!」
しかし、その騒動の数日後、挙式の話は白紙に戻った。
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「そういや、どうして白紙になったんだけ……」
聖吏の講義が終わるのを大学のカフェで待っていた優里が、ふと独り言のようにつぶやいた。
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