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第13話 スイッチオン(1)

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 中学最後の夏休みが始まった。特別どこかへ旅行する予定はないが、開始早々、波乱の幕開けとなった。

「じゃあ、悠ちゃんとドラちゃん、2週間のお留守番よろしくね。お土産楽しみにしててね」

 俺たち二人を交互にハグする親父。
 そして、待たせてあったタクシーに乗り込んだ親父を俺たちは見送った。
 急遽決まった親父の海外出張。しかも2週間。
 そう、あれは1週間前のことだった。
 本当であれば親父の同僚が行く予定だったが、階段から転んで両足骨折。いまも入院しているらしい。そして出張先の大学からは、講演の予定を組んでいるから変更できない。代理ということで、親父が主張することになったのだ。
 しかも脩オジも別の場所だが1ヶ月の海外出張中、つまり、俺たちだけの二人暮らしの2週間が始まった。
 
「ハルぅ~」
「ドラ、暑いから離れろって」

 玄関へ入るとドラが俺の手を握って、頭を肩にもたれかけてきた。ドラの柔らかい髪が頬に当たってくすぐったい。どうもドラは手を繋ぐのが気に入ったらしく、すぐに俺の手や腕を掴んでは甘えてくる。嫌な気分にはならないが、少し恥ずかしい。

「ハルぅ、今日はなにするの?」
「そうだな、夏休みの予定、なにも考えてないな」
「とりあえず勉強する?」
「げ、夏休みまで勉強かよ」
「だってハルは次の学校へ行くんでしょ?」
「高校のこと? まぁ、そうだけど……」

 親父がドラにネットの使い方を教えてから、ドラの知識は格段に増えた。しかも学力も驚くほど上がり、嬉しいことにドラのほうが俺よりも勉強ができるようなことを親父が言っていた。見た目は人だが、成長速度からして、やっぱり人じゃないんだと実感する。

「じゃ、勉強ね。で、終わったらご褒美ちょうだい」
「あ~褒美って、またアレか?」
「そう、アレ」

 ことあるごとに褒美をねだるドラ。って、お前は犬か?
 キラキラと瞳を輝かせながらのおねだり笑顔。その破壊力ある笑顔を向けられると俺が弱いのをドラはよく知っている。

「分かったよ、終わったらな」
「ありがと、ハルぅ~」

 軽くチュッと頬にキスされた。
 手を繋ぐのとキスは日常化しつつあった。どちらも最初は違和感があったが慣れてきた。慣れるってやばいよな。それに慣れさせられてる感が半端ない。



 とりあえず午前中は、学校の課題を復習することになった。もちろん教えるのはドラだ。ドラゴンってみんな頭がいいのだろうか。もしそうなら、かなり羨ましい。でも他のドラゴンは、一体どこにいるんだろう。

 昼食の後、ドラのいうご褒美とやらをやる。

「ドラ、ちょっと待てって」
「やだ待てない! ハルが遅すぎんの」
「ったく、あ~またヤられた!」
「僕の勝ち~、ハルぅの負け~」

 ドラへの褒美とは、ソシャゲの格闘ゲームを一緒にやることだ。実は、これも日課になっている。
 最初はヘタクソだったドラだったが、最近は俺の負けが続いている。

「ハルぅ」
「な、なんだよ、ドラ」
「チュー」
「はぁ、って、ドラちょっと待てっ 」

 俺がこのゲームでドラを負かし続けたとき、ドラが勝ったらチューするという約束を俺はしてしまった。あの時にはこんなにも俺が負け続けるとは思っていなかった。完全に読みを誤った。
 でも亜が言ったように、ドラとのチューは嫌じゃない。それは好きな相手だから?

 好きな相手——。

 亜から告白されて以来、そのことを時々考える。
 キスが嫌じゃないから、ドラが好き、ということなんだろうか。
 一緒にいて楽しいのは確かだ。でもそれは亜にも言えることで、ドラに対する気持ちと亜に対する気持ちは、どう違うのだろう。

「もう一度やろ、ハルぅ」
「やだよ、どうせドラが勝つんだから」
「じゃあ、今度はハルぅに勝たせてあげるから」
「ドラ、それじゃゲームの意味ないって」

 手を繋いだり、いきなり抱きついてきたりするが、ドラとの時間は楽しい。それはドラが生まれてから感じていたことだ。ドラゴンの姿でも、人の姿でも、その気持ちが変わることはないだろう。

「それよりさ、テレビ、テレビ観ようぜ」

 キスを回避するため、俺はテレビをつけた。

「えっ!?」

 普段は学校で、当然ながら昼間にテレビを観ることはほとんど無い。だから、どんな番組をやってるのか分からなかったが——。
 男女がキスしているのが画面に映し出された。キスをしながら互いに服を脱がせ、ベッドへ倒れていった。そのあとの画面は、部屋の中しか映っていないが、二人の喘ぎ声と音楽が聞こえてきた。
 なにこれ。昼のテレビってエロなわけ?
 俺もドラもテレビに釘付けになった。ドラに握られていた手に力が入った。ドラのほうをみると瞳を輝かせ画面をじっと観ている。
 なんかこれやばい雰囲気?
 リモコンを操作しようとした瞬間、ドラが勢いよく抱きついてきた。押し倒され、ドラが俺の上に馬乗りになり、エメラルドの瞳が俺を見据えた。視線が外せない。ゆっくりとドラが顔を近づけてくる。

「ハルぅ」
「ドラ、待っ……て……はぁ」

 熱い口づけと甘い香り。
 なんかのスイッチが入ったように、俺たちはキスを貪った。何度も顔の角度を変え、いままでにない熱いキスだった。



 ドラが俺の上に乗ってキスを続けた。 
 ダメだ暑すぎる。エアコンが効いてる割には汗だくだ。

「ドラ、ちょっとどいて」
「やだぁ」
「汗だくだっつーの」

 ドラをどかそうとするが動かない。そのうちドラが首筋にキスし始めた。

「ドラ、そこダメだって……あっ」

 どうする?
 ドラがTシャツの中に手を滑らせてきた。ひんやりとたドラの手が腰の辺りから胸へとのぼってくる。このままだとヤバいということだけは分かる。

「ドラ、どけって!」

 手加減なしでドラを蹴飛ばした。

「くうぅ~」

 久しぶりに聞くドラの鳴き声。俺の傍に転がったドラが痛そうに腹の辺りを押さえてうずくまった。

「ごめん、ドラ。力はいり過ぎた……ごめん」

 背中を摩りながらドラを起こして抱きしめた。何度も謝るがドラは黙ったまま頭を俺の肩にうずめた。「ごめん」と言いながら頭を優しく撫でた。

「ハルぅ、好き……大好き」

 背中に回された腕がぎゅっと体を締め付けた。

「ドラ……」

 俺もドラが好きだ。愛とか恋とか、それらと同じ意味なのかは分からないが。でもどうしても言葉に出せないでいた。出したら、何かが終わってしまいそうな気がして。

「なぁ、暑いからシャワーでも浴びね?」
「……」
「お互い汗だくだし……先、浴びてこいよ」

 俯いたままドラが俺から離れて風呂場へ行った。

「はぁ……参ったなぁ」

 これから2週間、二人だけ。
 正直なところ、俺も男として性欲には興味がある。それに最近になって体の変化、特にアッチのほうも明らかに違う。でもだからと言って、どうすりゃいいんだよ。

「ハルぅぅ~くううう!」
「え、ドラ?!」

 風呂場からドラの悲鳴らしき声と物が落ちる音が聞こえた。大急ぎで風呂場に行き、ドアを勢いよく開けると——。

「ドラ?」
「くうぅぅ~」

 ドラがドラゴンの姿に戻っていた。前見た時よりも少し小さくなっている? 目の前のドラは、大型犬くらいの大きさだ。体の色は乳白色で輝いている。それにつぶらな瞳は変わらない。立ちすくんでいた俺に尻尾を振って飛びかかってきた。

「いてッ」
 
 また倒された。ったく今日はこれで何度目だよ。
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