ポットのためのもう一杯

五条葵

文字の大きさ
上 下
9 / 26
本編

しおりを挟む
「と、いうわけで最近は、向こうでも特に優れた茶葉を作ることを売りにした農園が、こちらの商会と専売契約を結ぶようになっているの。おかげで各商会は早く、優秀な茶園と契約しようと競争しているわ」

「ブラッドリー商会からも何人もの従業員があちらの国へ出向いていると聞きます」

 シーズンももう始まろうかというある日。シンシアはブラッドリー家から馬車で少し行ったところにあるホールトン家の屋敷へ来ていた。

 あの後、アデルの招待を受けたシンシアはあっという間に彼女と仲良くなった。商売の第一線で活躍するアデルはこれまで会ったどの女性とも違う魅力を持っていたし、一方アデルも素直で賢いシンシアのことを気に入った。

 勿論アデルは商会の当主として日々各地を飛び回っているから、頻繁に、とは言えないが、時間のある時にはこうしてシンシアをお茶に誘って、最近の流行や財界の事情を教えてくれるようになった。シンシアにとっては頼れる姉がいるような感覚である。

 今日の話題は海を超えて遠くにある、という茶の生産地についてだ。ひとしきり向こうの事情に聞いた後、シンシアはふと前から気になっていたことをアデルに質問した。

「あの、そう言えばトーマス様のご両親は茶園を訪ねようとされて、事故に遭われたのですよね」

「えぇ、そうよ。近頃は通信技術も発達したから当主自ら向こうに行くことは少なくなったのだけれど・・・・・あのお二人は旅が好きだったから。私も子供の頃お世話になったから、本当に残念だわ」

「はい・・・・・私もお会いしてみたかったです。ところで当時、そのブラッドリー商会の当主が変わった頃のことって覚えていらっしゃいますか?なんでもトーマス様がすごくお世話になったと感謝していたのですが」

「なんだか彼に感謝されると気味が悪いわね。でも・・・・・まあ、そうねいろいろ彼も大変だったのは事実ね。トーマスに聞けば色々教えてくれるんじゃないの?」

「トーマス様はこの話は、お気に召さないようで、はぐらかされてしまうのです」

 そう言って困ったような顔をするシンシアにアデルは苦笑する。

「まあ、本当に色々あったから。トーマスが話したくなくなる気持ちもわからなくはないわ。まあ、気長に待ちなさい。トーマスはあなたのことを好いているはずだし、きっといつか教えてくれるわ。さ、それよりもカップが空ね。次はこのお茶を淹れましょうか」

 そう言って話をかえるアデルにそれ以上何も言えなくなったシンシアは気持ちを切り替えて、目の前のお茶に集中することにした。



 ライセル王国の夏は社交シーズンの真っ盛りだ。シンシアもお茶会だ、パーティーだとブラッドリー家の若奥様として忙しくしていた。

 珍しく、何も予定がない日。シンシアは商会の本店で商品を見回っているとトーマスが上の階から降りてきた。

「あぁ、シンシア、そこにいたのか。ちょうど良い」

 日々忙しい彼は普段シンシアが店に来ても合うことは殆ど無い。なんなら仕事外で店で会ったのはあのアデル様突撃事件以来ではなかろうか。どうしたのだろうか?といぶかしむシンシアにトーマスは更に話しかける。

「今度なんだが、少し高位の貴族のパーティーに呼ばれたのだが予定はあいているかい」

  
「え、えぇ少々お待ちになって」

 シンシアはトーマスに示された日の予定を侍女に聞く。幸いその日はまだ何もない日だった。

「えぇ、問題ありませんわ。お供させていただきます。けど珍しいですわね、旦那様がご自身で予定の確認だなんて」

 基本的に夫妻の予定を管理するのはブラウンの仕事だ。二人で出かけないといけない用事があったとしてわざわざトーマスが声をかけるのは、それこそ以前のトレシアの商人と話した時のような場合だけだ。そう思い至ったシンシアはもしかして、と思った。

「もしかして、旦那様?その高位の貴族って結構な方だったりされます?」

 わざわざトーマスが直接、しかも早めに伝えるということは名家出身のシンシアでも出席がかなりの重荷になる、ということだろう。そう思ったシンシアにトーマスは苦笑いする。

「あぁ、ボルドー卿の名前は知っているかい」

 その名を頭の中で反芻したシンシアは昔覚えた貴族名鑑を思い浮かべ、悲鳴を上げそうになった。

「侯爵様ですわよね。それも由緒正しき、社交界の重鎮の」

 ボルドー侯爵はライセル王国でも非常に有名な貴族の一人だ。そもそも爵位自体上から2番めだし。その古さだけで子爵くらいの扱いはしてもらえるレイクトン家よりも更に古い家柄だ。何なら現王太子とも懇意だという。そんな雲の上の人が、一応財界ではトップ扱いとは言え、一庶民をパーティーに呼ぶのか。震えるシンシアにトーマスはまあ落ち着け、と声をかける。

「確かに由緒正しき貴族だし、失礼は出来ないが、そこまで気負う必要はない。シンシアは上位貴族に対する対応も完璧だ、とブライトやアデルに聞いているし、パーティーと言っても小さなものだ。なにより彼は友人だ」

「ゆ、友人ですか?」

 プライベートは比較的謎に包まれているが、そう友達が多いわけでもないらしいトーマスの友人が侯爵と聞いて唖然とするシンシア。そんな様子に笑いを噛み殺しつつ、トーマスは続ける。

「あぁ、友人であり恩人だ。以前この商会を継いだ当初、財界からは反発も多かったと言っただろう。その時アデル同様にいち早く私の味方となってくれたのがボルドー卿だ。さらに遠巻きに見ている貴族たちも多い中で、積極的にブラッドリー商会を重用してくれ、まだ社交界のつながりが少なかった私を各方面へ紹介してくれた。今の私があるのは彼のおかげと言っても良い」

「そんなことがあったのですね」

「そう、結婚してすぐの頃から早く妻を紹介しろ、と言われていて、あれこれとごまかしていたのだが・・・・・」

「ごまかしていたの・・・・・ですか?侯爵様に」

「まぁ、そうかな。最近シンシアはアデルと仲が良いだろう。彼女に紹介して、私に紹介出来ないことはないだろう?と言われてしまってな。半ば強引に招待状を押し付けられてしまった」

 トーマスの友人たちは招待状を押し付けるのが好きなようだ。いずれにせよそれなら余計に失礼は出来ない。シンシアは慌てて屋敷に戻り当日のことを、侍女と相談するのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

処理中です...