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本編
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驚きと感嘆に満ちた声を上げたシンシアを見た後、その視線の先に目を向けたトーマスはなるほど、と思った。確かにこれは初めて見た人を圧倒するだろう。
シンシアの視線の先には、天井までズラッと壁一面に引き出しが並んだ棚があり、各棚にはお茶の銘柄が書いてある。そこはブラッドリーズが扱うすべてのお茶のサンプルを集めた場所だった。
「あの・・・・・これは?」
「ここは我が社で扱うすべてのお茶を並べた場所だ。勿論こことは別に在庫を置くための大きな倉庫もあるが、ここにはちょっとした宝石ほどの価値のある高級品から誰もが知っている日常使いの茶葉まですべてが保管されている。ああそうだ、彼女も紹介しておこう。ブレンダーのミス・ブリストルだ。ブリストルさん、妻のシンシアだ」
目の前の景色に圧倒されていたシンシアは
「ブリストルと申します」
と簡潔に挨拶する彼女の声にあわてて礼をとる。改めて顔を上げてみると、まだ30半ばほどだろうか。濃い茶色の髪を一つにまとめ、地味なワンピースの上からエプロンをまとった彼女はいかにも職人といった雰囲気を漂わせていた。
「あまりとっつきやすい雰囲気ではないかも知れないが、彼女は間違いなく我が社でも特に優秀なブレンダーのうちの一人だ。うちの看板商品もいくつも手掛けてくれている」
と、そこまで言ったところでトーマスは彼女の手元をみた。
「それは新しいブレンドかい」
「えぇ、この夏のシーズンに向けての新商品をとのことで。まだ試作段階ですが試されますか?」
そう言って、二人を見た彼女はポットを手に取る。
「せっかくだからいただこうか」
「えぇ、楽しみですわ」
その言葉を聞いたミス・ブリストルは調合していた茶葉からスプーン3杯ほどポットに入れると湯を注いだ。
試飲スペースと言いつつ、充分豪奢なテーブルとソファが備えられた一角に落ち着き、その間も店の説明を聞きつつ5分ほど立った頃、二人の前に芳しい香りのカップが置かれた。
シンシアはカップをとりまずその香りを楽しんだ。バラだろうか?芳しい甘い香りとお茶の芳醇な香りが立ち上り彼女を楽しませる。そしてまだ熱いお茶を口に入れた。
「どうでしょうか?」
シンシアの反応が気になるらしいブリストル。何口か飲んだ彼女は少し考えると口を開いた。
「とても美味しいわ。とっても良い香りで落ち着くし、ただ夏に飲むとしたら少し・・・・・余韻が甘すぎるかしら?なんというかもう少し爽やかな方が良いというか」
とそこまで言ったところでトーマスとブリストルの視線に気付いた彼女はハッとする。
「いえ、ごめんなさい。確かに美味しかったのですよ。部外者が偉そうですわよね」
その言葉にブリストルが首を振る。
「いえ、これは試作品ですので。むしろ奥様の感想の確かさに驚きました。確かにこれは余韻が甘すぎるのでなにか改良をと皆で話していたところだったのです。旦那様はいかがですか?」
「うん、私も妻と同意見かな。悪くはないのだが。シーズンまでには間に合うのだな」
「はい、もう少し改良すれば良いものになると考えております。その際にはまた奥様にも試していただいてよろしいですか?」
その言葉にトーマスはそれは良い、と頷く。
「実際に紅茶を楽しむのはなんと言っても女性が多い。それに彼女の感覚はなかなか鋭いようだからね。何だったらこれからも時折試飲に呼んでくれると嬉しい。シンシアももし時間があれば店に立ち寄ると良い。そうだよね、ミスター・ブライト」
そう言って彼が声を駆けたのは試飲会が始まったことでそっと様子を伺っていた様子の支配人。その言葉に彼は微笑む。
「えぇ、勿論です。先代の奥様もよくお店にいらっしゃいましたし、従業員も喜びます」
「と、言うことだから、シンシアも無理はしなくてよいが時々こちらにも来ると良いよ」
「はい、ありがとうございます、旦那様」
シンシアはそう言いながら、少しブラッドリー家の妻としての一歩を踏み出せた気がして心を弾ませた。
シンシアの視線の先には、天井までズラッと壁一面に引き出しが並んだ棚があり、各棚にはお茶の銘柄が書いてある。そこはブラッドリーズが扱うすべてのお茶のサンプルを集めた場所だった。
「あの・・・・・これは?」
「ここは我が社で扱うすべてのお茶を並べた場所だ。勿論こことは別に在庫を置くための大きな倉庫もあるが、ここにはちょっとした宝石ほどの価値のある高級品から誰もが知っている日常使いの茶葉まですべてが保管されている。ああそうだ、彼女も紹介しておこう。ブレンダーのミス・ブリストルだ。ブリストルさん、妻のシンシアだ」
目の前の景色に圧倒されていたシンシアは
「ブリストルと申します」
と簡潔に挨拶する彼女の声にあわてて礼をとる。改めて顔を上げてみると、まだ30半ばほどだろうか。濃い茶色の髪を一つにまとめ、地味なワンピースの上からエプロンをまとった彼女はいかにも職人といった雰囲気を漂わせていた。
「あまりとっつきやすい雰囲気ではないかも知れないが、彼女は間違いなく我が社でも特に優秀なブレンダーのうちの一人だ。うちの看板商品もいくつも手掛けてくれている」
と、そこまで言ったところでトーマスは彼女の手元をみた。
「それは新しいブレンドかい」
「えぇ、この夏のシーズンに向けての新商品をとのことで。まだ試作段階ですが試されますか?」
そう言って、二人を見た彼女はポットを手に取る。
「せっかくだからいただこうか」
「えぇ、楽しみですわ」
その言葉を聞いたミス・ブリストルは調合していた茶葉からスプーン3杯ほどポットに入れると湯を注いだ。
試飲スペースと言いつつ、充分豪奢なテーブルとソファが備えられた一角に落ち着き、その間も店の説明を聞きつつ5分ほど立った頃、二人の前に芳しい香りのカップが置かれた。
シンシアはカップをとりまずその香りを楽しんだ。バラだろうか?芳しい甘い香りとお茶の芳醇な香りが立ち上り彼女を楽しませる。そしてまだ熱いお茶を口に入れた。
「どうでしょうか?」
シンシアの反応が気になるらしいブリストル。何口か飲んだ彼女は少し考えると口を開いた。
「とても美味しいわ。とっても良い香りで落ち着くし、ただ夏に飲むとしたら少し・・・・・余韻が甘すぎるかしら?なんというかもう少し爽やかな方が良いというか」
とそこまで言ったところでトーマスとブリストルの視線に気付いた彼女はハッとする。
「いえ、ごめんなさい。確かに美味しかったのですよ。部外者が偉そうですわよね」
その言葉にブリストルが首を振る。
「いえ、これは試作品ですので。むしろ奥様の感想の確かさに驚きました。確かにこれは余韻が甘すぎるのでなにか改良をと皆で話していたところだったのです。旦那様はいかがですか?」
「うん、私も妻と同意見かな。悪くはないのだが。シーズンまでには間に合うのだな」
「はい、もう少し改良すれば良いものになると考えております。その際にはまた奥様にも試していただいてよろしいですか?」
その言葉にトーマスはそれは良い、と頷く。
「実際に紅茶を楽しむのはなんと言っても女性が多い。それに彼女の感覚はなかなか鋭いようだからね。何だったらこれからも時折試飲に呼んでくれると嬉しい。シンシアももし時間があれば店に立ち寄ると良い。そうだよね、ミスター・ブライト」
そう言って彼が声を駆けたのは試飲会が始まったことでそっと様子を伺っていた様子の支配人。その言葉に彼は微笑む。
「えぇ、勿論です。先代の奥様もよくお店にいらっしゃいましたし、従業員も喜びます」
「と、言うことだから、シンシアも無理はしなくてよいが時々こちらにも来ると良いよ」
「はい、ありがとうございます、旦那様」
シンシアはそう言いながら、少しブラッドリー家の妻としての一歩を踏み出せた気がして心を弾ませた。
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