上 下
5 / 6

第5話 出立

しおりを挟む
2日目の朝。

昨日の痺れが嘘のように消えて、清々しい目覚めだった。ただ……目覚めて、直ぐに違和感に気が付いた。

「アイシャ……これ、貴方が?」

自分に掛けられたウール素材のひざ掛けを持って、世話に来た侍女のアイシャに問いかけた。

「いいえ、私が来た時には……」
「そう……」

アイシャは、緩く首を振って否定した。

そうよね、私達がこんな良いものを持ち込める訳ないし……
そっと、自分が寝ていた場所を振り返る。そこには、柔らかい素材のクッションが沢山置いてあった。

そう言えば……

昨日の夜、ソル様が来た気がする……じゃあ、……これはソル様が?

ううん、ソル様は私を疑ってるはず……こんな事する訳ないわ。
じゃあ、ラシード様……な訳ないわよね。
うん、絶対無いわ。

結局……誰が用意したのかは分からなかった。きっと誰かに聞いても「知らない」って答えるだろうし。まぁ、答えても嫌われてるから本当の事言うわけないわよね……

まさか……地竜様…とか?

アマルは「そんなわけないか」と考える事をやめた。

気にした所で、答えが分かるわけじゃないものね。

「ヒメサマ」
「どちら様ですか?」

外から誰かが声を掛けてきた。
アイシャが対応すると、ご飯の支度が出来たという事だった。
支度を整えて外に出ると、テントの前にソル様が立っていた。

「ソル様?」
「……」

ソル様は何も言わず私の顔を見つめた。

「もう、大丈夫なのか?」

その言葉で、昨日の夜の事を言っているのだと分かった。例え疑ってても、心配してこうして様子を見に来てくれたのだという事ぐらいは。

でも……ダメなの。
私の事は気にしないで、嫌っていて……
貴方は、自分の事と国や民の事を思っていて……

「なんの事かしら」
「……」
「まさか、ソル様。私のテントに勝手に入りましたの?」
「……いや」

ごめんなさい。
心配してくれてるんだって、分かってるの。
でも、ダメなの。

(だから、昨日の事は忘れて……)

ソルの言葉を待たずに、アマルは歩き出した。地竜のいる広場に向かって…

「ヒメサマ、ゴハン、ドウゾ」

片言な言葉で食事を持ってきてくれたのは、カヴァルの護衛の女戦士だった。
私は、センシエル語(聖王国センシェル)もカルヴァ語(砂漠の国カヴァル)も話せるけれど、彼女が口にしたのは共通語のリヴェル語(全国)だった。

私の為に、カヴァル語ではなくリヴェル語で話してくれる彼女の優しさが嬉しく思う。
ニコニコと笑って接してくれるけれど……この人は、私の事嫌いじゃないのかしら?

「ありがとう」

でも私は、奪うようにお盆を受け取って嫌味を放つ。

「はぁ、穀物を煮ただけのスープに硬いパンですか……こんな物を食べなくてはいけないなんて」
「ゴメン、ナサイ」

女性が少し悲しそうな顔をする。

嘘よ……
彼らの作るスープには、穀物だけじゃなく細かく切った野菜が入っている事は知っているもの。パンだって、スープに浸して食べるから少し硬めにしてある事は知ってるわ。

ごめんなさい……貴方は悪くないの。

それでも、彼女を振り返り優しくする事は出来ない。

振り返らず視線をずらす事で確認すると、ソル様が話しかけている所だった。女性は、何度も頷き去って行った。

アイシャが隣に立って「計画は止めますか?」と聞いてきたので「それだけは絶対に無いわ」と返した。

そう、それだけは絶対に無いの。

食事を食べ終えたアマルは、地竜の元に向かった。昨日の約束の確認をしに。

グル
『おや』
「昨日の約束の確認に」

グゥゥルルル、ルルルゥ
『忘れてはおらんよ。センシェルが攻めて来おったら、若い連中を連れてカヴァルを守ってやろう。お前さんと話せて、久方ぶりに楽しんだからのぉ』
「感謝しますわ」

グルルル
『しかしのぉ、ソルの事はええんかいのぉ?お前さんが死なんでも、良い方法があるんじゃないのかね?』
「良いのです。これが、私が選んだ道ですから」

アマルは、そう言って踵を返した。

グルグルルゥ
『そうかい?では、儂はお前さん達若いもんの行く末を見守ろうかのぉ』

去って行くアマルを優しげに見つめ、地竜は地面に首を横たえた。

「……やはり」

それを、水晶を持って見つめる者が一人……



「時間だ。姫、構わないな?」
「ええ!やっと、この穴蔵から出られますのね!湿気で髪はベトベト、砂埃で服はザラザラ、もう嫌になっちゃうわ」

そう言っても、それが本心ではないと、みんな薄々勘づき始めていた。



彼らは、地竜の住まう砂山を出て次の目的地に向かう。
行先は、東……カジェルマ地方です。
そこにも地竜が居るそうですが……ここの地竜とは別の品種?だそうです。

「ここに住む地竜は、砂岩竜しゃがんりゅうと呼ばれる種族だ。砂漠の民にとっては、身近な存在になる。空は飛べないが、その分砂漠を走る速さは凄く早い」

なんか、ソル様の物言いが優しくなった気がするのだけど……?気の所為かしら。

「次に向かうのは、東に住まう海砂竜かいしゃりゅうだな」
「かいしゃりゅう?」
「あぁ、海がある地方で、海に面した洞窟に住んでいる」


今日は移動だけで、日が暮れる前に途中でテントを貼り休むそうです。
うーん、確かに普通の姫なら断念してるかも知れません。お風呂はありませんし、水浴びする為のオアシスも近くに無いそうですから。歩く速さは私に合わせてくれていますし、休む頻度も多く取ってくれていますけど、結構しんどいですもの。

途中、ワームと言う魔物も襲って来ますし…あぁ、今回の旅では襲って来ませんわよ?
既に、説得済みですから!

それと、同行しているセンシェルの兵士が少し怪しい動きをしていると、アイシャが言っていました。今回の移動は、警戒した方がいいかも知れませんわね。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

夫に離縁が切り出せません

えんどう
恋愛
 初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。  妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。

貴方の子どもじゃありません

初瀬 叶
恋愛
あぁ……どうしてこんなことになってしまったんだろう。 私は眠っている男性を起こさない様に、そっと寝台を降りた。 私が着ていたお仕着せは、乱暴に脱がされたせいでボタンは千切れ、エプロンも破れていた。 私は仕方なくそのお仕着せに袖を通すと、止められなくなったシャツの前を握りしめる様にした。 そして、部屋の扉にそっと手を掛ける。 ドアノブは回る。いつの間にか 鍵は開いていたみたいだ。 私は最後に後ろを振り返った。そこには裸で眠っている男性の胸が上下している事が確認出来る。深い眠りについている様だ。 外はまだ夜中。月明かりだけが差し込むこの部屋は薄暗い。男性の顔ははっきりとは確認出来なかった。 ※ 私の頭の中の異世界のお話です ※相変わらずのゆるゆるふわふわ設定です。ご了承下さい ※直接的な性描写等はありませんが、その行為を匂わせる言葉を使う場合があります。苦手な方はそっと閉じて下さると、自衛になるかと思います ※誤字脱字がちりばめられている可能性を否定出来ません。広い心で読んでいただけるとありがたいです

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

処理中です...