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第2話

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「お前の相手は、野獣伯だ!」
「ギルフォード辺境伯様ですか」
「そうだ!大男で野蛮で、殺人狂の野獣伯だ!」
「ギルフォード辺境伯様は、隣国との戦争に勝利を持ち帰って下さった英雄様です。野獣などと蔑称で呼ぶのは、腐った貴族様だけですよ」
「なっなんだと!?貴様、この私を侮辱するのか!?」

(真実を述べただけですのに……)

私は呆れた目をグザル殿下に向けた。

「まぁいい!兎に角!貴様は今すぐに荷物を纏め野獣の元に行け!」
「畏まりました。英雄様の元へ嫁ぐのなら、構いませんわ」
「なに?」
「貴方様より、100倍もマシですもの……いえ、1000倍かしら?」

100倍ではギルフォード様に失礼でしたわ。
1000倍が正しいですわね。

「ぐっ!」
「まぁ、可哀想なお姉様……グザル様、せめて明日になさってさしあげては?」

妹は、私を思いやるような言葉を吐き出すが、追い出す事は決定なのね。そして、そんな妹に心酔している殿下は、あの子の言葉の声色と表情に一切気付いていない。

「チェルシーは優しいな、こんな女にまで情けをかけてやるとは…だがな、こんなクソな女にまで優しくしてやる必要は無いんだ」

チュっとリップ音をさせてキスをする殿下。
さも当然のように受け取る妹。

目の前で繰り広げられる馬鹿みたいな舞台に、私は嫌気をさし「では、失礼します」と礼をとって、さっさと部屋を出て行った。

扉の向こうでは未だに……「あぁ、お前は可憐だな」「そんな、グザル様こそ素敵ですわ……あ、あぁ」と声が漏れ出ていた。

きっと……これから、情事に耽るのでしょう。



馬車で屋敷に戻り、荷物を纏めた。
両親は私に無関心だったから、使用人も私に関わるものは居なかった。そのため、1人で荷物をまとめる。

屋敷を出ても、誰も見送りになど出ては来ない。家の馬車もなく、1人で街に出た。
本来なら、ギルフォード様の元に嫁ぐのだから、馬車くらい用意してくれてもいいでしょうに、両親は呆れるほどに私に無関心だった。

街に出て、乗合馬車で辺境伯領に向かう。



その頃、辺境伯領では……


「お、おい!この手紙に書いてある事は本当の事なのか!!?俺に嫁ぐ娘が居るなんて……!」

アッシュフォード王国の北方領土を任せられているギルフォードが、手紙を握り締め声を荒らげていた。

「事実でございます。元々は王太子の婚約者だったそうですが、素行が悪く破棄されたそうです」

手紙は王太子から出されたもので、婚約を破棄しその妹と婚約した為、破棄された憐れな女をギルフォードに下賜する、と。
そういった内容が手紙には書かれていた。

「……は?」
「ですが、私が調べました所、ルヴィア様は何も問題は無いように思います。寧ろ王太子の方に問題があるように思いますが……」

俺は、頭が真っ白になった。
破棄だと?もう一度、手紙の内容を読み上げれば、そこに書かれた内容に怒りを覚えた。

「……破棄?だと?」
「どうなさいましたか?旦那様」
「破棄をするという意味を理解しているのか?あの馬鹿王太子は!娘に傷をつける行為だぞ!嫁の貰い手にも影響が……!」
「ですから、旦那様に話が来たんでしょう。王都共は、旦那様を野獣伯と馬鹿にしてますからね」

(クソ!ただでさえ18の若い娘が、29のおっさんの元、加えて野獣と言われる俺に嫁がされるなんて……可哀想だ…!)

自分で言ってて悲しくなるが、事実だから仕方がないな。

「アルフレート、彼女の事は丁重に扱ってくれ。お前が調べた通り、噂の真意はガセだろうが、もう一度屋敷での彼女の様子を見てくれ。もし無理そうなら、王都に返す」
「承知致しました」

アルフレートは、一礼し部屋を出て行った。

若い娘に、この地は過酷過ぎる。
娯楽は殆ど一切なく、唯一の娯楽と言えば酒場のみ。若い娘が行く所ではない。
そういった理由があるから、俺に嫁ぐ女は居なかった。

ルヴィアと言う娘も、長くは続くまい。
無理やり結婚した所で愛などとは無縁だろうな……だが、この地にいる間は、丁重に扱おう。こんな俺を愛してくれたら嬉しいが、叶わぬ望みを何時までもいだいていても仕方ない。



そのやり取りの数日後に、ルヴィアは屋敷に辿り着くが、その姿はボロボロだった。
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