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一章
一章ノ伍『めぐり逢う』2
しおりを挟むそれから九年過ぎた、相変わらず俺は魔の物を狩っているが、最近その量が増えた気がする。
キリンの祠は、ツナム・ハジクが泊っていた頃からまた少し朽ちてきてしまっている。
俺はそれほど祠には寄り付かないため、それはそれで構わないと思っていた。何せあの祠はムロの墓と言えば墓なのだから。
そう言えば、森の民と呼ばれる者たちが最近森の中で見かけることも減った。
森の入り口に入ってきた形跡も見えないし、ま、それなら構わないかと思っていた。
彼らが住み着いて少しだけ森が豊かになった気がする。
なんて思っていたその日の夜だ、森の入り口付近がやたら騒がしい。それに漂う臭いも鼻につく、この臭いは血の臭いだ。俺は妙な感覚に襲われながら、その血の臭いの元へと向かった。
「ウジ!貴様!」
「ホウ大臣……あなたの所為だぞ、あなたがあの夫婦を巻き込んだ……ん?その子は?」
二、三、四、五人?いや六人か、人間同士で争っているようだった。
「守ってみせる!」
そう言った人間が斬られた瞬間、その腕の中から小柄な人が転がり出てくる。
「あの夫婦の子だな、……楽に死なせてあげよう」
俺は目を疑った、その容姿、それは九年前に森で見た母子の面影があった。
頭で考えるより早く、俺は遠吠えを響かせていた。
人間の一人、兵士のような奴が弓を射るが、俺はその矢の横をすり抜けて、生まれて初めて人間を殺意を持って噛みついていた。他の人間はそれを見て悲鳴を上げて逃げて行く。
残されたのはいくつかの死体と少女が一人。
俺が少女に近づくと、少女は以前の無垢な表情を失い、全てを失ったような顔をしていた。
「私を食べて、この痛みごと……私を食べて、お願い」
少女の言葉に、かつて全てを失った自分の姿を重ねて、自暴自棄になって死のうとしていた頃を思い出す。
俺は、少女の上着を銜え森の奥の祠へと引き摺って行った。
俺の家だったところは作りが雑だったらしく、今はもう崩れて形状を保っていない。
だが、祠はボロになっているが、今でも雨風はしのげる。
祠に連れ込んだ少女は、確か、名前はカイナ……そう呼ばれていた気がする。
少女に食事をと思い、生肉では何だろうからと人の姿になって火を焚き、肉を焼いた。
再びオオカミの姿でその肉を少女の目の前に置く。しかし、少女は一切それに反応しない。
「……いいよ、あなたがお食べ」
俺は食事なんてしなくてもいいんだ、お前のために作ってきたんだ。
そう言いたい気持ちを抑え、もしかすると果物ならと前に出すが、少女は口にしなかった。
それから数日、この数百年で一番必死になったのは、この少女に対してが初めてだった。
終いには、自身の無力さと少女の死に急ぐ姿に情けなく泣いてしまっていた。自分が泣いていることに俺は少しだけ、人間のために?と思う気持ちもあったが、このまま少女が死んでしまうことが、少女が死んで独りで生きていることが怖くなったのかもしれない。
ただ泣き喚くしかないとは、どこまで俺は無力なのだろうかと、そう思っていたのに、少女は俺が何をしても食わなかった肉を、俺が泣いている姿を見て簡単に口にした。
自分のために食えなかったのに、他人のために食べて生きようとする。
この子は絶望しても自分のためではなく、誰かの為に生きることを選択できる。
その瞬間、俺は産まれて初めてこの少女のために生きる、そう決意した。
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