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一章
一章ノ参『襲撃の日』3
しおりを挟むそれからどれほど経っただろうか。
俺は一人森に残り、何も食わず、何も喋らず、ただただ、魔の物を退治して、ただただ水だけを飲み過ごしていた。気が付けばムロの骸は骨となり、母の骸も骨になっていた。
あれだけ人狼を追いたてた人は、結局森の奥までは入ってくることはない。
それがどうしてかは分からないが、今はもう何だっていい。
何も考えず、ただただ死ぬ時まで役目を行い、俺は死ぬ。
そんな日々の中、唐突に眼の前に現れた人狼、獣の姿のそれは酷く年老いていて衰えているように見えた。
「……ロウ?ロウなの?」
狼の姿の俺を見て名を呼んだその人狼に見覚えはない、が、俺を知っているということはこの里から出て行った誰かから俺の話を聞いたに違いない。俺はそう考えて答える。
「確かに……俺はロウだ」
「あぁやっぱり、ロウなのね、私よ、リナよ」
リナ、リナ?そう言ったのか?
俺の知るリナはまだ少女の可愛らしい娘だ、こんなよぼよぼな婆さんなわけがない。
最初は冗談だと考えていた俺は気力の無いまま返事をする。
「何を言っている?からかっているのか、俺の知るリナはまだ若い娘だ」
そう俺はそのリナを語る人狼に告げた。
「芋を焼いたの!」
そう言われハッとする。
「ロウに芋を焼いたの、ムロが自分にもっていうから、私、好きな人にしか作らないって」
バカな、そんなまさか、本当にリナ?まさか、まさか、そんなはず。
受け入れられない事実を前に俺考え続ける。
「私が最後にロウに言った言葉覚えてる?」
リナが最後に俺に言った言葉、目の前の老狼がそれを言おうとするため、俺は同時にその言葉を口にする。
「「私はロウの子どもが生みたい」」
その言葉は、リナが里から逃げるその日に俺に言った俺しか知らない言葉だった。
「本当にリナなのか?」
その事実を受け入れるにはあまりに突然すぎて、とにかくまずリナの話を聞くことにした。
こうして誰かと話をすることも当分してなかった気がする、人の姿をしなくなってどのくらい経っただろう。
「あれからもう百二十三年も経っているのよ、私もひ孫の孫もいるわ、でもずっとロウの事とムロの事が忘れられなくて、お墓を建てようと一人でここまできたの」
百二十年以上、俺はそんな時間の間、何も食べず水だけで生きてきたというのか?
「まさかロウが生きてるなんて、考えもしなかったわ」
あの時、メイロウが言った言葉、〝死ぬこと叶わず〟その意味をようやく俺は理解できたのかもしれない。
「そろそろ、どうしてこうなったのか、話してはくれないかしら」
リナの言葉に、俺は事実を話そうとした。けど、年老いて人の姿にもなれなくなった彼女に、本当のことを話す事はできずに、メイロウが俺を不老不死にしたと言い、後はただただ俺は人の所為にし嘘を吐いた。
「そう、ムロもお母さんもお父さんも人間に……」
リナは俺に身体を寄せて、でも人間を恨んではだめよと言う。
「私たちが逃げた北の日の国では、人間はとても友好的なの、良い人もいっぱいいるの」
その話は俺には関係ない、俺は人を恨んでいないからだ。憎みもしない、恨めしく憎いのは自分自身だけだったからだ。
リナは俺の無事と里の顛末を伝えるために、もう一度北の日の国へと戻ると言う。
「私はもう年老いてしまって、ここへ来るのにも周囲に反対されてね、でもね、それでもあなたに会いたかったの。今でもあなたの事を想っているわ、亡くなった夫には内緒だけどね」
リナは俺のオオカミの姿に頬擦りすると、声を抑えながら涙を流した。
「それにしてもメイロウがあなたに宿るなんて、これからどうするの?よかったら私と日の国へ――」
「いや、俺はここに残るよ、ここを守る役目が残ってるから」
リナは俺の言葉に、辛そうな表情を浮かべて言う。
「無理……してはだめよ。私、あなたのこと心配なの、だから、いつでも頼ってね。私はもう長くないけど、孫やひ孫、ううん、もっと続く子孫にもあなたのことを話しておくから」
そう言った彼女に感謝を言い、久しぶりに森の入り口へと見送りに出た。
去っていく彼女を見送った後、周囲の変化に時の流れを感じつつ、俺はまた自身を責める日々へと戻った。
リナと別れてどれだけ経っただろう。
俺が獣の姿でしか過ごさなくなって、もうずいぶん経つ気がする。
最近では、森の民と呼ばれる人間たちが、森の入り口に住み着いて、俺の獣の姿を見て人狼の末裔と勘違いした。
人狼同士なら獣の姿のまま会話できるが、人と話すには人の姿にならないといけないが、おれはもう人と話すのが面倒になっていたんだ。
だからだろうか、俺は脳で考える前に獣の本能に任せて森で生きるようになった。飯を食わずとも生きていられるのは、そう言う意味では非常に便利だった。
そんなある日、一人の人間に出会うことになる。名前はツナム・ハジクと言う、人狼やメイロウやキリン、魔の物に興味を持った奇妙な人間だ。
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