上 下
2 / 95
一章

一章ノ壱『人狼のロウ』1

しおりを挟む

「ロウ、もうすぐ兄になるな」

 父の言葉に俺は小さく頷く。

 父とは違い狼の姿ではなく人の姿をしてる俺は、他の人狼よりも人の姿でいられる。 

 つまり人に近しい人狼であるだけで、ちゃんと狼の姿にも変わることができる。

「名前はムロというのだが、どうする先に名を呼びたいか?」

 父がそう俺に言うと、俺は今度もまた小さく言う。

「俺が呼んでもいいの?」
「ああ特別だ、兄というものは父なんかよりも、弟と接することが多いのだ、だからお前が先に名前を呼ぶ方が兄弟仲良くなれるはずだ」

 いつも厳格で俺には厳しい父が、この日はとても優しく、俺は弟の誕生と同じくらい嬉しかったのを覚えている。

 そして、産婆が父を呼びに来ると、俺はその足に並んで速足に家へと入って行く。


 木造の家の囲炉裏のある部屋の奥の部屋、そこに人の姿の母が汗まみれで疲れた表情を浮かべてこっちを見ている。時折、その視線が下へと向けられると、そこにおそらく弟がいると俺は思い近づいていく。

「ロウ……あなたの弟よ――さぁ、名前を呼んであげて」

 正座して覗き込むと、小さな狼の姿がそこにあり、俺はその静かな息遣いを聞きながら呼んだ。

「ムロ……ムロ……」

 すると、ムロは鼻をヒクヒクさせて俺の指のニオイを嗅ぐ。

「ニオイを覚えているのよ」
「違う、人の姿に驚いているんだ」

 母と父はそう言うが、俺はどっちでもよかった。そんなことよりも、これほどカワイイ生き物が自分と同じであるという事に俺は驚いていた。

「ロウはすぐに人の姿に代わったけど、ムロはもう少し時間が要りそうね」
「無理もない、ロウは特別で人に近しく生まれ、賢いし、力も俺より強くなるそのうちにな」

 その話は何度か両親から聞かされていたから今更だったが、この時の俺は〝ムロは自分より弱く幼いから守らなければ〟という考えを持つきっかけにもなった。


 産まれて直ぐのムロはしばらく狼の姿でヨチヨチと歩いて、少し大きくなると、すぐに森を駆けまわるようになった。子どもの人狼の後を追いかけられるのは俺くらいで、ある日父が外へ連れて出た時には、ムロが迷子になった上に父は一人で帰ってきてしまった。

「ロウ!ムロが迷子だっていうの!探して連れ帰って来て!」
「迷子?父さんは?」
「そこで休憩中!もう!あなただけが頼りよ、お願いねロウ」

 横たわる父は狼の姿でゼーハーと荒く息をしている。

 俺はムロのニオイを追って森の中へと入って行くと、ニオイは森の奥へと向かっていて、途中で螺旋状に伸びた木へと行きつく。

 ムロはその一番上の枝で、プルプルと震えながらク~ンと俺を呼ぶ。

「登ったまま降りれないのか……細い枝だ、俺が乗ったら折れてしまうな」

 話すこともできないのに、行動範囲だけは広がって、この時期の人狼が一番手がかかると母は言っていた。俺の時は、人の姿で家の中をウロウロするだけで母は助かっていたと聞く。

「……怖くて自分でも動けないか、俺が乗ると折れるかもだな、なら、自分でこっちに向かってきてもらうしかないか」

 俺は狼の姿で螺旋状の木のギリギリ乗れる部分まで登ると、その尻尾をムロに向けてゆっくり左右に振った。震えていたムロは、徐々に恐怖より尻尾へ好奇心が増して、不意に俺の尻尾へ向かい始めた。

「よしこい」

 俺は触れるか触れないかの距離を保って螺旋状の木を降りていく。そうして地上まで降りたムロは、俺の尻尾へ飛びつきじゃれ始めた。

「ッ――ムロ、食べ物じゃないぞ」

 尻尾に噛みつくムロを人の姿に変わって抱き抱えると、ムロは尻尾を素早く動かして喜びを表すが、それが実に可愛い仕草だった。

「さ、帰ろうムロ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

処理中です...