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第十一幕 危行勇者
しおりを挟むアルダイナ王国、国内に知れ渡るブラッド領、クラエベール領、ユースタス領の税や暮らし心地の話題は、今周辺の領地の領民の中で話題にならない日はない。
そして、アルダイナ王国の西の果てにある防衛都市バルトラル、そこでもその話は知れていて、同時に勇者の危行も広まりつつあった。
バルトラル軍団の軍団長ダイナーは、魔王討伐以降秘密裏に王や貴族に軍旗を翻す事を企てていた。そして、その企てに貴族としては初めて領主である俺を仲間に引き込もうという考えの者が現れる。
それは、三つに分けられた軍団の隊の内、第一師団の師団長エカチェーナで、彼女がその思いに踏み切った理由として、彼女は貴族の娘であり、妹が勇者の危行で無残に傷つけられたことに対して父に対応を求めたが、父とは思えない言葉を投げつけられて、怒りから父と決別し妹を連れて家を出た。
『勇者殿に気に入られていればよかったがどうやらお気に召さなかったようだ』
そう言った父は、彼女の妹が傷つけられたことを〝仕方ない〟と言いきった。それによって、以前はダイナーの企みに反感があった彼女も、九十度意見を変えて貴族や王、そして特に勇者に対抗できる組織作りに尽力し始めていた。
「団長、あの噂、本当ですか?」
エカチェーナはその長い金髪を靡かせながら、ダイナーとその部下の会話に割って入る。
「ああ、どうやらあのハークライト辺境伯を魔法使い殿、クラバリナ・メ・テレベレピレが始末したそうだ。ハークライト辺境伯は前々から、ライエリア・トライファクターに幼子の心臓を与えるために、多くの孤児を殺害していたらしい。最近ではライエリア・トライファクターの失踪に関連して、その気配を断っていたが、クラバリナ・メ・テレベレピレによって屋敷ごと消えた」
ダイナーは手に持った書類を部下に手渡すと、エカチェーナの肩に手を置いて言う。
「俺は彼女が東に向かっていることから、ブラッド卿の元へ向かっている可能性があると思っている。キミにはそれを彼に伝えて来て欲しい、彼が無理なら彼の配下、ブラーニでもクラエベール殿でも構わない」
「……直接伝えに行きます、今彼を失うのはこの国、いえ、この世界の損失ですから――」
この時のエカチェーナの言葉には少しだけ偽りがある。彼女が一番期待していることは、俺に勇者を殺してもらうことだった。だが、彼女が俺のいるブラッド領に辿り着く前に、クラバリナ・メ・テレベレピレが俺のいる街に到着していた。
「感じる、ライエリア・トライファクター」
その日、俺はいつものようにブラーニが必要とする書類のサインをしていた。すると、俺の傍付きをしているクラウスが血相を変えて入ってくる。
「旦那様!美少女が!変な杖を持って!押し入って来ました!」
「……ブラーニが言っていた魔法使いだろう、構わないここへ案内しろ」
部屋に案内されたクラバリナ・メ・テレベレピレは、俺を見てその眉を顰める。
「勇者一行の魔法使いが、俺を訪ねて何用か?」
俺がそう言うと、クラバリナは一瞬杖を向け、何かを呟くとそれを下げた。
魔法使いらしい帽子に、学生服?いや、それに近いが露出が多いか。
「レフ――……なるほど、やはりライエリア・トライファクターはそこにいるのか。が、どうやって奴を?それにその体内に感じるのはどういう理由だ?食べたのか?」
どうやら、クラバリナはライエリア・トライファクターのことを知りたいらしく、かつての仲間の危機に急ぎ参じた――にしては、ライエリアが死んでいることにたいしてはあまり興味が無さそうで。
「ライエリア・トライファクターは俺がこの体に吸収した。死んではいないが、生きているとも言えない」
「……そうか、なら少し血を分けてくれないか?」
「血?……ライエリア・トライファクターのか?」
そう言うとクラバリナは、白い長い髪を後ろへ払うと、その小さな体に提げているカバンから、試験管を取り出して俺に差し出す。
「この瓶に血を」
「血を与えなくはないが、用途は何だ?何に使う」
「用途?あぁ、あの悪魔に乗っ取られた体の血液がどのような変化をしているのか気になってな、調べたいだけだ、ついでにお前の血も調べたいが、くれるならほらもう一つの瓶に――」
変わっている、こいつは大分変な奴だ。
「ま、お前の血はただの半魔、特に珍しくもないがな」
「……で、クラバリナ・メ・テレベレピレ、お前はそのためだけに来たのか?」
試験管をカバンに収めたクラバリナは、その歪な杖をソファーに放り投げ、さらにカバンを俺に投げつけるとそのまま服を脱ぎ始めた。
何故服を脱ぐ、と思いはしたがそれに関してはただ見守ることにした。
「ふぅ、カバンから布を取ってくれ」
「ん?あぁ、……これでいいか?」
クラバリナは間違いなく女だった、胸は小さいし体躯も小さいがちゃんとした女だった。だが、その容姿とは違い、自分を女ではなく何か、そう、言うならば魔法使いである自分が全てのような感じだろうか。
「ん?どうした私の体に興味があるのか?なら、別に触れても構わないぞ、私は男には慣れているからな」
俺に興味がないのは確実なのに、その言動は余裕の表れだろうか。
「いや、お前の裸には一ミリも興味はないし、俺も女には困っていない」
「ふ、だろうな、むしろ私が頭を下げて願いでる場面かな」
いや、願われてもそんな幼い体を抱く趣味はないぞ。
「そうだ、私の名前、通り名で呼ぶのは止めてくれないか?」
「通り名?そうか、妙な名前だとは思っていたが通り名だったのか」
クラバリナ・メ・テレベレピレ、特に後半はとにかく言い辛い。通り名でなければ改名を視野に彼女と交渉するほどだ。
彼女は布を魔法で濡らし、魔法で温めて体を拭く、まるで手品のような光景に少し気を抜いた俺は椅子に深く腰掛けた。
「で、これからどうするつもりだ……えーと……」
「ベルダンテ、字名はベルだよろしくなブラッド」
俺は名乗ったことはないが、ま、彼女なら知っていてもというやつだ。
「ベル、ただその血が目当てでここまできたわけではないだろ?」
「いや、私はこの血の為だけにここへ来た。お前はこの世界の人間ではなさそうだから言うが、私は元の世界では魔法使いではなく錬金術を学んでいた」
錬金術、石を金にとかいうやつか。
「こちらに来て、使命を得たために魔法使いとして魔王討伐に協力したが、ま、それも終わったため、元の世界に帰る手段でも探ろうかななんて思ってな。まずは結晶を作って門を開くことから始めるつもりだ」
結晶?門?もう少し分かり易く話してほしいものだな。
「ま、なんでもいいさ、ベルがこの地や民に危険でないのなら、俺が特に動く必要性もない」
彼女は下着を穿いて、俺の持つ彼女のカバンから新しい服を取り出してそのまま袖を通す。
そうして着替えた彼女は俺からカバンを奪うようにして取ると、ソファーに腰かけて言う。
「私に研究室をくれ、この国の王たちが腐っているのは知っている。もしあれらの敷地内で研究しようものなら、その成果を奪われかねないからな」
研究か……俺がコレを呑まなくとも、誰かのコネを使い彼女はその研究とやらをするに違いない。なら、俺の眼の届くところでそれとなく監視できれば危険も少ない。
「分かった、ベルの研究する場は俺が提供しよう、だが、その研究の経過は随時報告してくれ、それが呑めないなら――」
「報告すればいいのだろ?いいさ、どうせ報告しても理解できないだろうからな」
そう言うとベルは、手早く段取りをつけるために助手が欲しいと言うため、俺はブラーニに相談して彼女の助手を選ぶことにした。
数日後、ベルの研究のための施設を、例のミレイユとオウカとメリルーが襲われて以来使っていなかった裏山のある建物を提供することにし、助手に関してはブラーニの三男をそれに就かせることになった。
「リドル、ベルが妙な要求をしてきた時はすぐに逃げろ、最優先はお前の命だと思っていい」
「はい、ブラッドおじさん」
リドルはブラーニの子どもの中で一番俺に懐いている。
ブラーニや長子のアルフレアのような切れ者ではないが、どこか人を安心させるような、警戒心を解かせる人柄を備えていて、ベルに対してもそれが有効ならきっとこの任命は後々効果が出てくる。
ベルの事はブラーニや俺に近しい者には話、それ以外には秘めることにした。なぜそうしたのか、そうすることが彼女の為だと考えたからだ。そして、そんな中でこの国の西側の街の軍隊の偉い人物が俺を訪ねてきた。
そして、この街を守る警備はその女を拘束せざるを得ない状況になっていた。
「これはどういうことです!私はアルダイナ王国バルトラル軍団、第一師団、師団長のエカチェーナ!ブラッド卿にお会いしに来ただけだ!」
「……それに関してはブラッド様に直接話すことだ」
エカチェーナがブラッド領カナレラヌへ入る数日前、アルダイナ王国が正式にブラッド領、クラエベール領、ユースタス領へ宣戦布告した。であるため、バルトラル軍団の師団長を名乗る彼女を捕らえない理由はなかった。そして、俺は彼女に対して初めての尋問を行う。
信頼とは親しい中にあり、信用とは長期間の時間の共有で初めて生まれるものだ。故に、異性間に限り俺が短い期間で相手をの思惑を知る方法は単に話し合いばかりではない。
「ブラッド卿!お願いです、私の話を聞いて下さい!」
彼女の言葉に一度は耳を傾けるべき、それの考えも俺にはあって彼女の話を聞いてみる。
「いいだろう、君の話も聞いておくとしよう」
「あ、ありがたくお話させていただきます」
彼女の話は勇者の危行、軍団長ダイナーという反王家の勢力、それを聞いた俺が出した決断は彼女の望むものと違っていた。
「悪いがエカチェーナ、お前の事は信用できない」
「な!なぜです!私は嘘などついていないのに!」
「まず、勇者についてはこちらも把握している。かなり悪質な蛮行が行われているらしいな。ただ、軍団長ダイナーが反王家勢力を組織していると言う話が信じられない」
「あの方は反王家の旗頭です!私はその使者として!」
「何故彼を信用できないか、なぜなら、彼は今まさに我が領に攻め入る軍を率いている、そして、領民が襲われ略奪が行われているからだ」
「そ、それはきっと王家の策略です!」
彼女の金髪は薄暗い牢でも映える、が、今はその容姿など問題にもならない。
「こちらの兵が彼らの襲った村の惨状を聞いたが、女、子ども、老人、全て皆殺しにされていた。ダイナーという名を語って他の者がその惨状を作ってはいないか、それに関しても確認はとれている。間違いなく本人がそれを指揮し、自らもその愚行を行っている」
彼女は嘘は吐いていない、だが、そのことは現実との違いで俺には伝わらない。
「悪いが、やはりお前を尋問する必要がある」
俺は彼女の服を引き裂き、訓練し鍛えられた美しい肉体を曝け出した。
「……犯すといい!そのあとでもいいから!私の言葉を信じて欲しい!」
まだ男を知らない彼女を、日常でなら優しく抱くことができた……、だが、現状は彼女の知る情報が俺には、俺たちには必要だった。
エシューナと名前が似てる上、髪の毛の色も近い。
痛みで顔を歪める彼女、悔しさを滲ませる瞳は、かつてのエシューナを彷彿とさせた。
「育ちがいい、無知で無垢、それ故に悲しいことだ……利用されると気が付かないことは」
エカチェーナが俺の元へ来た頃、同じタイミングでクラエベールのところへも、バルトラル軍団の第二師団の隊長が出向いていた。
第二師団隊長ライズ・ワグナー、彼もエカチェーナと変わらないことを言い、ダイナーが王家に脅されて軍を派兵したのだと言う。
彼への尋問も性的なもので行われ、担当したのは現ユースタス領、かつてのバーニンカム領で、あらゆる拷問官が情報を聞き出す事の出来なかった男から、簡単に口を割らせた遊女マリアンがその任に就いた。かつての領主によってあらゆる快楽を求められ、男に対する快楽を極めた彼女にとっては、並みの男などすぐに落とすことができた。
「ユースタス様の報告によれば、やはり師団長本人であるとのこと」
ユースタス、彼はバーニンカム領時代に、バーニンカム夫人によって監禁され性的な拷問を受け続けた経歴の持ち主で、バーニンカム領攻略時に救出し、その後、彼の熱意を受けた俺が領主として現在その任に就いてもらっている。少年のような外見で、歳は二十くらい、その容姿でマリアンのような女を口説き落とし助力を得ている。
本人から聞いた話では、マリアンとの性の勝負で引き分けたというのだから、彼も相当の性知識と技術を兼ねているのだろう。
そのため、男をマリアンに任せるなら、女はユースタスに任せるのが必然とも思えるが、俺の視点から言うと、彼がもし無垢な女に対してそれをしようものなら、その女の人格さえも壊しかねない、その危険性を鑑みて、エカチェーナの尋問に対して俺が自ら名乗り出た。
「エカチェーナから聞けたことは特にないが、ベ……クラバリナ・メ・テレベレピレからの情報によると、彼女の両親はまともな貴族であり、そのことが彼女の中で悪になっていることも確認できた。どうやらダイナーなる男の使命は、本人の認識に介入し変換できる、で間違いないな」
俺の言葉にユースタスもクラエベールもブラーニも頷く。
「でも、本当にすごいですね。クラバリナ・メ・テレベレピレ……彼女のおかげで王家に仕える者の使命は大体分かってしまうなんて」
ユースタスは子どもの様に見えるが、その実、股の間には女という性別を虜にするだけの一物を具えている彼は、白髪で色白で細身の美少年。ちなみに、彼の白髪は地毛ではなく、俺に憧れて白にしているらしい。
そして、ユースタスの言葉通り、今回の侵攻は事前にクラバリナ・メ・テレベレピレ、ベルダンテによって知らされていた。
実際にはブラーニの三男であり、彼女の助手をしているリドルから聞いたことだ。
ベルは大層リドルが気に入り、彼のことを本格的に好きになってしまったらしく、彼が望むことなら何でも話し、何でも従うようになっていた。彼女曰く、リドルの心が真理に近いものであると言う。それに関しては俺にとって理解の外だ。
「ですがブラッド様、本当にエカチェーナなやライズ・ワグナーに対してこのようなことが必要だったのでしょうか?彼らは真面目な方々だったはず」
クラエベールは領主の立場からそう言うが、今回に関しては二人より優先することがある。
「クラエベール、それに関しては前にも言ったが、洗脳は簡単には解けない」
「クラバリナ様が言ったように、彼らの洗脳は性的な上書きでしか、現状では解消できなさそうですからね」
ブラーニの言う通り解消は難しい話だ。もしも何かしらの発動条件のある洗脳を受けていた場合、その状況になった途端刃を持って行動するかもしれない。
そのため、たとえ彼らがまともなように見えても、一度内から心の洗脳を解くため安易に攻められる性的な部分を攻めることは必然なのだ。
「で、ブラッド様、彼女には家族のことをお話になられたのですか?」
「……いいや、本人が聞きたくないといったからな、無理に知らせてはいない」
エカチェーナの家族のことは、ブラーニが忍ばせた潜入隊によって情報を得ていた。
それによると既に彼女の両親は死に、妹も死んでいたそうだ。それも、遺体は無残な状態だと聞いている。
俺はそれを彼女に話そうとはしたが……。
「お前の信頼しているダイナーとはそう言う男だ、相手の意識を好きに変え、自身の望むままに操る。……お前の妹のことを知りたいか?」
俺の下でただ快楽に身を任せるだけになったエカチェーナは、無気力な瞳を閉じ、軽く首を横に振ってそれを拒絶した。
「そうか、なら今は俺の事だけ感じていろ、お前が全てを受け入れるまで傍にいてやる」
一日もたずに彼女は俺の快楽に屈したが、いたぶりたいわけでもないため、彼女が望まない事実は一切はなしていない。
彼女の妹は勇者に嬲られた後、ダイナーの元へと預けられ、エカチェーナがその地を離れたその日に街の路地で死体で見つかった。その時、妹の体は真新しい暴行の痕があり、それがダイナーの負わせたものである確証はないが、俺は彼の仕業であると確信していた。
「お前の全てを奪ったこと、死よりも重い苦しみで返してやる――」
エカチェーナ、ライズ・ワグナー、彼らのことをわざわざ俺たちの使者として使った理由。
それに関しては、ベルが詳しく説明してくれた。
「使命により他人の認識の置換ができるのがダイナーの力だが、どうやら意識の強い者にはかかり辛い性質のようで、傍で操ることが難しいと考えたダイナーの苦肉の策が、二人を使者として送ることだったのだろう。本来師団長にもなればこんな使者のような仕事は部下に任せるのだろうが、それも認識を置換して彼らを騙したと予想する」
そう話すベルは、ずっとリドルと恋人繋ぎで身を寄せ合っている。ここへ来た頃は研究が~研究の~研究に~と言っていた彼女が、今ではリドルが~リドルの~リドルに~と言うようになったのだから、人は恋でここまで変わるものなのかと感心すら覚える。
「従わない者を俺たちに始末させようとしたというわけだな、どこまでも卑劣な男だ」
「考えてみれば気が付くはず。彼が国外、魔族たちのいる場所へ出向いたことは一度もないのだからね。勇者も嫌いだったが、あの男も嫌いだった」
ベルはそう言うと、リドルに何かを囁く。
「ボクも愛していますよベルダンテさん」
「リドル――」
二人の仲の進展の早さには少しだけ洗脳とかを疑ったが、彼らの血の様子からしても純粋な恋愛感情によるものだということは間違いなかった。
俺はベルの研究所からカナレラヌにある私室へ戻ると、そこにはクラエベールが息子抱いて待っていて、実にひと月ぶりの親子としての対面となる。
「フラウラ、本当にクラエベールに似たな」
「女の子のようで可愛らしいですよね」
クラエベールの手が俺の手に添えられて、俺は息子をクッションの敷かれた籠へと戻し、彼女産後ぶりにその身を抱き締めた。
「いつも寂しい思いをしてないか?領主に育児、お前ばかり負担をかけて申し訳ないと思っている」
ミレイユやエシューナとはほぼ毎日会っていて、エルナとも妊娠が分かってからは会う回数が増え週六は会えているのに、クラエベールとは月に二度三度会えたらいい方だ。
そんな彼女は俺の言葉に決まって笑顔で言うのだ。
「私が愛して頂けるのは努力による結果だと分かっております。エシューナ様のような宿命で結ばれなくとも、ミレイユ様のような運命で結ばれなくとも、エルナのように女の魅力で結ばれなくとも、私は愛を頂かなくとも……私の愛を差し上げることは私が決めたことです。私はそれに対して愛を向けて頂けただけでも幸せなのです、ブラッド様――」
彼女は捕まって乱暴され、奴隷のように扱われて、そんな生き方で最後を迎えて死ぬことを受け入れていた、かつてそう彼女が行為の終わりに話をしていた。その生き方以外の選択肢を俺が現れてから選択することができた、今彼女は〝自由になれた〟と言う。
彼女が自由になったのは生きることに対してではなく、愛に対してなのだろう。人は愛することが選べなくなった時、生きていてもそれは強いられていることになる。ま、これに関しては自論でしかないが。
「そう言えばアーシャはどうしている?元気にしているのか?」
「はい、学院でも優秀な成績で主席を保っているそうです。将来的に有能な子です」
アーシャの事は幼さ故俺はあまり構っていないが、将来を考え今は学院へ通っている。既に両親のいない彼女は、俺にとっては義理の娘ということで学院に入学しているため、少し無責任だとも思うが、正直今は構っていられない。
「あ……フラウラ、どうしたの?」
「……お腹が空いたんだろう、それに少しこの子は寒さに弱い。この布をかけてやろう、新製品でまだ市場には出ていない逸品だぞ」
俺の言葉にクラエベールは感嘆の言葉を漏らす。
「私も気付くのに苦労したのですが、さすがはブラッド様……この子が寒さに弱いとお気付きになるとは」
俺は血の支配者、その血を感じればそれくらいどうとでも分かる。
クラエベールが求める事だって全て理解している。
「今はお前の体調を優先するが、今度の会食の時にでもまた抱いてやる。だからそんな寂しそうな顔をするな――」
「はい、ブラッド様――」
エカチェーナの深層心理に刻まれていたことは結局分からないままだが、ダイナーの企みは読み易い。彼が王家の忠実な犬であるのは間違いない、その上、彼の妻は王家の姫と来れば大体は予想できる。
バーニンカムの排除から数か月、王家の干渉がやたらと増えた。暴落した銀貨は、今では金貨銅貨と取引さえできない。どうして銀貨が暴落したのか、それは銀貨が水増しされたからにすぎない。
鋳つぶして銀貨を増やし、俺たちの領の商業に干渉しようとした王家直下の商業会だったが、そんなことをすれば銀貨の価値が崩れるのは明白で、結果的に大量の銀貨を銅貨と交換し、片や早い段階で銀貨を手放し銅貨を金貨へと変えたブラーニの一人勝ち。
銅貨で同じことを行うのは手間で理に合わないからしない、そして、金貨は他国との商業に扱うためもちろんできない、白金貨は商売にはあまりつかえない。
王家が領主の権利をブラーニに売ったが、ブラーニは値崩れし始めた銀貨を大量に王家が集めているのを知っていて、全てそれで支払うことを申し出た。そして、その時の王家側の財務担当者は銀貨の値崩れを知らないと彼は理解していた。何せ財務担当者は王家の者、堕落していて情勢を知らないことは前々からわかっていたことだったからだ。
金貨一枚にて銀貨八十枚の相場を知らず、銀貨十枚で金貨と交換したようなものだから、ブラーニの得た利益はないが、払うべき出費を最小にできたのには間違いなかった。
そして、財務担当者だった王家の処罰は王家では珍しく斬首、その上その妻や子たちにも罰が与えられたらしい。
情勢は現在両天秤、俺たち対王家、そして、王家に対して他国の一部からこちら側に付く場合もあった。が、所詮他国は他国、この国の新勢力に媚を売るためだけに接触してきたことは理解に苦しまない。他国は他国で腐敗や魔族の問題を抱えている。むしろ、魔族に関して一切関わらないこの国はまだましなのだ。
「だが、エカチェーナのような人物を簡単に手放すあたり、ダイナーの非常さは肝に銘じておかなければならない」
「ブラッド様、甲冑を身に着けてどちらへ?」
「少し挨拶に言ってくる」
後ろを早足でついてくるクラウスにそう告げた俺は、ダイナーを直接見るために西へと向かうつもりで外へと出る。
「お出かけなら今すぐ馬車を用意します!」
「いや、問題ない」
俺は彼にそう言うと、彼を右手を上げてその場に止まるように静止させる。
「来るなクラウス、これから新しいスキルを発動させる」
「あ、新しいスキルですか?それはどのような」
俺は口元に不敵な笑みを浮かべて言う。
「転移スキルだ」
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