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ダイバー編
十三話 調印式
しおりを挟む「最近兄さん忙しいんですか?」
そんなアリアの言葉にレイフは、「あぁ」と視線を泳がせる。
「あいつはタワーに一度入ると中々出てこないしな、ワールドの手伝いもしたいあいつは他よりも頑張るからな~」
「……なんか、兄さんって、ワールドさんみたいですよね」
「な!は?カイネルが?いやいや、全く似てないだろ」
誤魔化すレイフは、内心ドキドキだった。
「似てますよ、強くて、頑張ってて、でも、兄さんの方が笑顔を見せてくれるから優しいですけどね」
「ははは」
危うくバレたのかと思ったぜ。
レイフが内心ドキドキし続けた数時間後、カイネルはワールドとして仮面を着けユラダリアの地に立っていた。もちろん、その隣にはナエリカもいる。
バルファーデンには五人の姫がいる。
それぞれが各国で噂されるほどに美しく、父である王は本当に姫たちを大事にしていて、長女を嫁に送った時には号泣していたほどだ。
第1王女ユーファは、数年前に自国の将軍の一人に嫁ぎ、第2王女イリルカは属領の領主に嫁いで、第3王女ナエリカは将軍職故に独身で、第4王女メイリアは婚約者がいる。
メイリアの相手は、ナエリカより少し前に将軍職についた男だ。
そして、第5王女リサーナは18で、まだ誰ともそういった関係になく、彼女に一目惚れしたドラゴンヘッドのギルドマスターが、いくつも手紙や品を送りつけた。だが、リサーナ側には全く興味が湧かないまま断ると、それに男は激怒したらしい。
バルファーデンはドラゴンヘッドという脅威にたいし、国力の増強で対処しようと考えた。
その結果、色々なすれ違いから、長年同盟関係にあったコトーデ王国へと攻め入ることになったのだ。
ドラゴンヘッドは、冒険者の中でも別格のスキル【テイム】という固有のスキルによって繁栄をしてきたギルドで、その戦力は数十万人の武力を超えるとされている。
そして、コトーデにはドラゴンヘッドとは違う、ある種別格の戦力がある。
それは兵器ではなく、ただの武力で軍隊ではなくワールドという名の一個人の武力だ。
コトーデとバルファーデンは、ワールドによって再び同盟を結ぶことを調印するために、ユラダリアに設営されている施設、ノラの集いがチカミチと共同で管理経営する支援所に互いの使者を立てた。
コトーデ側が、宰相の一人であるカノヒ・デ・ロンデンバクを筆頭に、王宮軍軍統括司令官ダンダ・リオ・ラインハートと第2王子イシュカーン。
バルファーデン側が、第一王女ユーファを筆頭に第四王女メイリアの夫となる将軍オールストと、なぜか第5王女リサーナと近衛兵が数名が集まった。
第一声を発したのは、バルファーデン側ユーファ王女。
「この度は父が早計にコトーデに攻め入ったこと、深くお詫びいたします」
彼女は最初に深々と頭を下げて謝罪した。それを見たカノヒは、バルファーデン側がなぜ彼女を代表に選んだのかを理解した。
「謝罪を受け入れましょう、ゴホッゴホッ……失礼――」
彼女はおそらく会話、交渉においてそれなりの才覚をお持ちの様子……早々に謝罪したのも印象が良く見え、その後の交渉に互いが歩み寄り易くなった。
カノヒはそんなことを考えながらもさらに思考していた。
「今回の貴国の侵略行為に対し、わが王は一切を許す旨を私に伝えました。ゆえに、今回結ばれる同盟が二度と破棄されることのないよう以下を提示させていただきます」
それは、コトーデにとってはもちろん同盟を組む上で必要な要求だが、それがバルファーデン側の納得のいくものでない場合は、おそらくこの調印は長引くと考えられていた。
「どのような事柄でしょうか?」
そう言って身構えるバルファーデン側は、ある程度の予想をしてこの場にいる。
「一、バルファーデンはコトーデが危機に陥った時これを救わなければならない」
ユーファは、その身を差し出してもこの調印を成功させようとしていた。
「二、バルファーデンはユラダリアの地を開放返還し、これを救済するため尽力せねばならない」
あるいは、彼女はその身だけで足りぬなら、国と国民のために妹であるリサーナまでも差し出す気でいた。
「三、互いの国土を侵してはならない。四、これに反しない限り互いの利益を尊重しなければならない。五、これらは逆もまた然り。コトーデ側も尽力すべし……以上です、ゴホッゴホッ……失礼」
それは要求というよりも契約に近いものだった。
ユーファやバルファーデン側は、もっと無理難題を言われてそれをどれだけ低くし妥協点を模索するかを考えていたため驚きを隠しきれなかった。
オールストと顔を見合わせたユーファは、頷くとカノヒの方を向いて言った。
「わかりました……こちらの要求は、一、捕らわれの西軍司令官ナエリカ将軍の帰還。二、互いの危機の無償の救援。三、ユラダリアへの相互支援。四、受け入れた要求の厳守。以上です」
それを聞いたカノヒは頷き、無警戒に手を差し出した。
「コトーデは全ての要求を受け入れます」
それを聞いたユーファは笑みを浮かべて答える。
「バルファーデンも全ての要求を受け入れます」
こうして互いに納得した形で調印はなされた。が、話はここで終わらなかった。
それはカノヒの提案。
「どうでしょう、これは調印とは別途提案なのですが……互いの同盟関係をより強固にするために王族同士の婚姻など――」
それはバルファーデン側、特にユーファが恐れていた言葉だった。
「……婚姻ですか?」
緩んだ空気が一気に息苦しくなる。
「カノヒ殿!そんなことはこの場で話さなくとも――」
ダンダはカノヒを止めようと声をかけるが、カノヒは黙らなかった。
「ここにはちょうど、こちらの第2王子のイシュカーン様とそちらの第5王女リサーナ様がいてお二人は独身でお若い。とても良き夫婦なり我々の架け橋になると思いますが……ゴホッゴホッ!……失礼」
「確かにリサーナは独身ですが……いまだ王女として学びの途上でございます」
ユーファは失礼に当たらない程度にそれを拒否したが、カノヒはしつこく二人を結ぼうとした。
「いえいえ、リサーナ様はもう立派にお成りです。おやおや王子もまんざらでない様子」
カノヒの言うとおりイシュカーンの方はリサーナを好んでいるようで、一方のリサーナは体半分をユーファの後ろに隠して顔も背けている。
ダンダはカノヒを止められず、ユーファは強く拒否できずにいた。
その時、ノックもなしに部屋に入ってきた男がカノヒの前に立つと言う。
「その辺でやめておくんだ宰相、嫌がる女に無理を強いるようなことをするために、私はこの場を用意したのではないぞ」
フードが付いたローブに、白面を着けた男はそう言うと左手でカタナの柄を握る。
「フ、……ワールド殿これはただの提案ですよ提案」
その登場でカノヒは漸く一歩後ろにさがり口を噤んだ。
イシュカーンは不満げにそれを見ていて、ユーファとリサーナは不思議そうな顔で白面を見つめた。
「あの……あなたがワールド様ですか?王より話は伺っております、私はユーファ、この子は妹のリサーナです」
ワールドは、右手を胸に左手を後ろに隠して一礼すると名乗った。
「私はワールド、この場を提供したギルド、ノラの集いのギルドマスターを務めております」
そして、ワールドは後ろのドアを見て手招きすると、ユーファとリサーナの見覚えのある顔が笑顔で出てきた。
「やぁ二人とも元気だったか?」
それはドレスを着たナエリカで、ユーファは「それはこっちの言葉です!」と少し怒り気味に彼女を迎えた。
「私はいたって元気だよ姉上、何せ3食デザート付きで湯浴みもできたからな」
「私はあなたが捕らわれたと聞いて気が気じゃなかったわ」
そんな会話をリサーナはジッと見つめていた。
一瞬の内に場の空気が和んで、ホッとしたバルファーデン側は調印を行った。
カノヒは何かをイシュカーンに話している様子で、まだリサーナと婚姻させたがっていたようだが、リサーナの隣にナエリカが威圧的に立っていたためにイシュカーンは怖気づいて近づけなかった。
状況を聞いていたナエリカは、こうなることを見込んでワールドが自分をこの瞬間に返還したのだろうと、再びワールドに感心し、ユーファもワールドにそっと頭を下げた。
そしてワールドがその場の注目を集めるために手の平を叩くと言う。
「これで晴れて同盟となった二国に会わせたい人がいる」
そう言うワールドの後ろから、年のころ50代の女性がいて深々と頭を下げた。
「この人はユラダリアを治めるために選ばれた委員会の代表で名前は――」
「ユリ・フェスカと申します」
ユラダリアは、本来一人の人間が独裁という形で長らく国家として成り立っていたが、今回の戦争に対し国外へ逃亡、結果民は指導者を失い国としての存亡の危機に陥った。
そんなユラダリアを何とか復興させるために、国内で奮起していた民を、ワールドの名で集めて、彼らで委員会を発足し、代表を選ぶことで国として成り立たせようとした。
「なるほど……確かにユラダリアを復興させるには国内からの方が手っ取り早いですね……ゴホッ!ゴホッゴッ!……失礼」
「コトーデとバルファーデンの資金を元に、ユラダリア自ら国内を復興させる……そういうわけですね!」
カノヒとユーファは、いい考えだと口にしてそれを認める。
カノヒはその時初めて、ワールドという男の賢さに感心していた。
まさか一人でユラダリアの民にここまでの知恵を授け、手段を示していたとは……私にも劣らない知恵者ということか。
カノヒは、感心しつつもワールドという男を警戒することはやめない。それは、彼がコトーデという国に命を捧げているため。
部屋から一人いつの間にか、姿を消したワールドは奥にある倉庫にいた。
そこにはレイフ・ラドクロスがいて、白面を取ったワールド、カイネル・レイナルドと話をしている。
「どうだカイネル?調印は旨くまとまったか?」
「はい、いい感じにまとまりましたよ。これでユラダリアの件とバルファーデンの件は済みました、あとは」
「ドラゴンヘッドだな……バルファーデンの北東に位置するダンジョン、フォレストを占有する連合ギルドか~どうする気なんだ?お前としては」
カイネルは、コップに入れた水を飲み込んで一息つくと答えた。
「説得……できなければ少しだけ痛い目をみてもらいます」
「……たく、お前はまたそうやってすぐに……バカヤロー!お前無茶しすぎだ!相手はモンスターを操るギルドだ、噂じゃレベル120のモンスターがゴロゴロといるらしいじゃねーか!無茶だぜ!」
「……すみません、もしボクに何かあったときは後のことお願いします」
そう言うカイネルにレイフは頭を掻くと、「そんなこと言うんじゃねー」と言って肩を落とす。そしてレイフは背を伸ばすと、カイネルの頭を軽く叩いて「無茶はするな」と言う。
「とにかく無茶は禁止だ、俺はこれからギルドに戻る、アリアちゃんたちが心配だからな……あと、言いにくいんだが」
「なんですか?」
「お前がワールドだってシアに言ったよ」
「……」
カイネルは深く溜め息を吐いて、「いつかは彼女に話さなければいけなかったことです」とレイフに言う。
「勝手に話されるのは気分が悪いだろう?悪かったな」
「大丈夫ですよ、ボクから話す手間が無くなっただけありがたいです」
レイフが立ち去った後、カイネルは一人倉庫で考えていた。
彼が考えていたのは、フォレストで古代における知識を得られる可能性で、それはおそらくタワーの百階層で得た知識からしても、一度はその深部を窺う価値のあるもの。
今カイネルは、この世界の根幹を垣間見ようとしている。
レベルシステム、ナノマシン、ダンジョン、古代人、冒険者、ウンエイ――これらは彼の中にある知識の断片。
カイネルが恐れるのは無知だ。
母を救うことができなかった彼は、過去に今ある知識を持っていたなら救えた事を知っている。ゆえに、知らないということに恐怖する。
ドラゴンヘッドのギルドマスターや、フォレストのウォーカーたちが有するテイムは、モンスターの耐久値を減らしアイテムの魔具をその首に巻きつけることで支配できる。
テイムする確立は発動者しか分からず、テイムしたモンスターは発動者でしか操れない。
その知識もタワーのクリアルームで得られたものだ。
「つまり発動者さえ殺せば、モンスターはどうとでもなる――か」
呟いたカイネルは、自身に向けられる視線に気づき、立っていた場所から後ろへと跳ね退いた。
「誰だ!」
それは桃色の髪、瞳は緑色に輝いていて、一本のロウソクの明かりだけの薄暗い部屋でただジッと見つめていた。
「……リサーナ姫?」
バルファーデンの第5王女リサーナ、歳は18でその容姿はナエリカやユーファに勝るかもしれない。
素顔を見られた、いや、問題はそこじゃない、いつのまにこの部屋に入った?
カイネルは白面を外していて、今はワールドではない。そして気配の感知力だけなら自身でもその高さに自負があったが、彼女の気配には毛ほども気づかなかった。
「カ・イ・ネ・ル……あなた、ワールドという名ではないの?」
「…………」
どうする?誤魔化す、いや素顔をしられても彼女は他国の人間……つまり知られてもあまり問題にはならない。
「聞いていますか?あなたはワールドという名ではないの?カイネルが本当の名なの?……答えて」
「……ボクの名はワールドです。仮にカイネルが本当の名であったとしても、あなたの前では常にボクはワールドという名です」
「?……つまりあなたはカイネルであり、ワールドでもあるってことでいいのかしら?」
カイネルは白面を手に取り顔に被せる。
「そうあなたにとって私はワールド……それで十分だ」
リサーナは、ゆっくりとワールドに歩み寄って顔を近づけると言う。
「私には友がいました……名はクライス。ユラダリアの拠点であなたが首を刎ねた少将の名です」
「…………」
そうか、姫は、彼女は。
「確かにあの戦場で隊長らしき男の首を刎ねた……彼がアナタの友であっても、もしくは家族であっても、私はあの時彼を斬ったしそれを後悔することはないだろう」
例え誰から恨まれようとも、憎まれようとも、ワールドとしてカイネルは誰かの命を奪うことを決めている。
「……言い訳しないのですか?あなたは私利私欲のために彼の命を奪った、そのことを後悔しないと言う……あなたに彼の命を奪うだけの関係性や想いがあったのですか?」
「関係性?想い?いいや、彼の命に関して言えば、あなたの命や私の命と等価。もし彼が私の友で、家族でということなら――私は彼を斬れなかっただろう。しかし、彼は私の友でなかったし、ましてや家族でもなかった」
「つまり関係性も想いも無かったからその命を奪ったのですか?あなたは、他人の命ならそれが誰であろうと奪うのですか?あなたが必要だと判断した他人の命は奪ってもいいと?」
リサーナ姫の言葉をワールドは素直に関心して聞いていた。
姫は人の真理を見極めようと日々思考しているんだ。彼女は、人が人を殺すことに関してそれの善し悪しや本質を知りたがっている。
「アナタが知りたいことは解った……だが、その答えは私も知らない。人が人を殺す意味を考えてもきっと答えは見つからない」
「……それでもあなたは戦うのですか?」
「戦う、一人の命で大勢を救うことができるのならそうする。今はそれしか方法を知らないから、いつかは誰の命も失わない方法ってやつを知って、その方法で助けたい……傲慢だが、そう願う」
ワールドの答えにリサーナは息を吐くと、「そうですか」と言って顔を少し離す。
「あなたも知らないのですね……ナエリカ姉様からとてもお強いと聞いていましたから、もしかすると私の疑問の解消をしていただけるかと期待したのですが」
「私は強くはない、救えないものの多さに日々頭を抱えている弱い人間だ。それでも救える命があるだけ――まだ、マシだとは思うけどね」
その言葉を聞いてリサーナは、不意にまた顔を近づけて強く否定した。
「あなたは強いですわ!今、バルファーデンとコトーデが再び手を取り合い、ユラダリアの民が貧困から脱する機会が得られたのは、誰が何を言ってもあなたの功績です!それだけは確かです!」
突然のリサーナの変わりように、ワールドは瞬間カイネルに戻ってしまう。
「ど、どうしたんです急に――」
「……本当は分かっているんです。先ほどはクライス少将のことを友と言いましたが、それは虚言で――本当は顔も知りません」
「は?」
「あなたと話をしてみたくてつい心にもないことを言いました。彼の犠牲は私も避けることができなかったと解っております。あ、疑問に関しては偽りありません。私はバルファーデンの姫でありながら民の命とそれ以外の命を秤にかけることができません。このような私は姫などと呼ばれる資格も慕われる資格もないのです」
「……は~」
「私は今回の戦争の火種です。ユラダリアの民、コトーデの民には本当に申し訳なくて」
悲しげな顔をするリサーナ姫に、カイネルはそっと頭を撫でながら言う。
「今回の問題は些細な誤解が招いたことで、キミに責任は無い。確かに犠牲はあったけど、それも最小で済んだとボクは思う」
いつの間にか白面の内から話していていて、ワールド感が薄れてしまったカイネル。
リサーナもそれに気づいた様子でカイネルの名を呼んだ。
「カイネル様……あなたがワールドという名を私の前で使うなら、私も姫として接します。ですが、私が姫でなく、ただのリサーナとして接する時は、あなたもカイネル様として接していただけないでしょうか……」
カイネルはようやく理解した。
始めに人の真理を知りたがったのは姫という立場のリサーナで、それは彼女にとってワールドとしてカイネルが被る白面のような物だと。
白面をもう一度外したカイネルは、笑顔を向けてリサーナに言った。
「……ボクの名前はカイネル・レイナルドです。ボクもリサーナが姫という仮面を外している時はカイネルとして接しましょう」
「まぁ!ありがとうございます!カイネル様!」
「様は余計だよ、でないとボクもリサーナ様と呼ぶことになる」
「……では、カイネル……と呼ばせていただきますね」
今日初めて見せたリサーナの笑顔はとても無邪気に見えて、カイネルも素直に笑みを返すことができた。
昼過ぎに始まった調印も、気が付けばユラダリアを含んだ3国の結束を固める形で終わろうとしていた。
ユーファはダンダと楽しげに話していて、オールストは気が気でない。オールストにとってユーファ姫はいずれ姉となる人で、彼女が筋肉質なおじ様好きと知っているためにオロオロしながら眺めている。
イシュカーンは、辺りをキョロキョロと見回してリサーナを探している様子で、カノヒはユラダリアの代表ユリと談笑している。
そんな中ナエリカはいなくなったワールドを探して部屋を出ようとする。
その時、丁度反対側から扉が開き白面が現れた。
「お!ワールド探したぞ!」
「ん?探す?私を?なぜ――」
ナエリカは強引にワールドを引っ張て、部屋の中央へと行く。
そしてある程度注目が集まる中で、ナエリカは声を大にして言った。
「皆!聞いてほしい!私!ナエリカ・ハルファーはここにいるワールドと結婚を宣言する!」
……………………は?
固まるワールドと場の空気が急に謎に包まれて、あまりに乖離した話にその場にいた者全員が鳩が豆鉄砲を食らった顔をする。
「ん?反応が薄いな、私!ナエリカ・ハルファーは!」
「き、聞こえなかった訳ではなくてよ、ナエリカ、突然何を言い出すの?」
「姉上、私はこのワールドと戦場で剣を交え敗北した……私はその時気がついた……圧倒的な何かが胸を打ったのだ、そうそれは恋!」
隣の白面はただただ直立して、ユーファはワタワタとしている。
「確かにあなたは結婚の話をすると、いつも自分より強い男が条件と申してましたが、いくらなんでも他国の殿方となんて」
「私が決めたのだ!姉上になんと言われようと私がするといえばするのだ!」
……は?誰が結婚?ボク?なんで?どうしてそうなった?
ワールドは直立したままで、ナエリカの言葉に驚いて動けずにいた。
騒然となった部屋中は、ナエリカの暴走にユーファもオールストも振り回されていたが、唯一冷静に事を見ていたリサーナが一歩前に出て暴走を止めようとする。
「ナエリカ姉様の言い分は解りました。が、姉さまは我が国の将軍を任されている身の上、結婚などと勝手に決めてよいはずもございません」
こう言ってはナエリカにとっては業腹だが、リサーナはナエリカよりも頭が良くて、そのことを理解しているナエリカは口ごもってしまう。
「た、確かに将軍という地位は我が国において非常に重要な役職ではあるが、かといって結婚を私的に決めれない訳ではないだろう?」
「確かにそうですが、姉様は此度の戦争において総指揮官たる立場……そのような立場の方が仮にも敗れた相手と結婚となると身命を賭した兵も浮かばれません」
正論に言い負かされるナエリカは眉をヒクつかせる。
その場は、リサーナの説得で事なきを得ようとしていた。が、リサーナはナエリカの後ろを通り反対側からワールドと腕を組み、放った次の言葉で再びその場に混迷を巻き起こす。
「ですので、代わりにコトーデとバルファーデンの友好を築くために、私がワールド様と婚約いたします」
「「「「「 え~! 」」」」」
一同の驚愕して、卒倒するユーファをオールストが支え、同じく卒倒したイシュカーンを近衛兵が支え、カノヒも普段は崩れない表情が今までに無いほど崩れて驚いた。
もちろんダンダや委員会代表のユリも驚きを隠せずにいた。
ナエリカは、「何の冗談だ?」とリサーナを睨み付ける。
「事と次第によっては、実の妹とて容赦はせぬぞ……」
「……落ち着いてください、私はただ婚約すると申しただけですよ姉様」
「ワールドは私と結婚するのだと言ったはずだが?」
「それは無理と言ったはずですが?」
両者譲らない構えで、武人のナエリカに華奢なリサーナは一切退かない。
「私に似て男を作らないやつだとは思っていたが……よもや私の男を選ぶとはな!」
「我欲が強すぎますよ姉様、彼はまだあなたの男ではございませんわ」
……何が起きている?ボクの思考がこの状況についていけないだって?ああ、いつか母さんが言っていたっけ。
『カイネル、あなたはとてもお父さんに似ているわ。だから女の子にだけは気をつけなさい。お父さんも若いときは色々な女性に言い寄られていたから、私も何度も……大変だったわ』
亡き母の言葉を頭に浮かべて、だがしかし、カイネルは考えることを止めた。
調印から一週間が過ぎたころ。バルファーデンでは、ナエリカの結婚宣言とリサーナの婚約宣言の話が広く知れ渡っていた。
それと同時に、相手の白面の男、ワールドの噂も広がり。
「一人で何万人もいる拠点を攻めたらしい」
「一人でバルファーデンの拠点をすべて潰したとも聞く」
「城に単独で進入して近衛騎士アルファールを全滅させたのだぞ」
などと、虚実の入り混じった話が民の間で囁かれていた。
バルファーデンの民が一番驚いたのが、リサーナの婚約宣言である。
彼女は子どもも知っているほどに男の影が無く、一時期は同性愛者という噂が流れて彼女目当てのメイドが城に仕えたいと仕事を求めてるフリをして仕えたぐらいだ。
しかし、彼女はメイドや執事、一般の兵とは一切話さないことから、ただの人見知りなのではと噂は治まった。
それでも彼女目当てのメイドは時々城に仕えていて、同性愛者かもしれないという噂は根強く残っていた。
だが、この婚約宣言がなされて完全に彼女が男が好きということが知れたことで、ショックのあまりに城を辞めるメイドが数少なくいた。
「リサーナ様が婚約とはな」
「ナエリカ様はようやく腰を落ち着けるらしいぞ」
「聞いたところ、お二人は同じ殿方を愛してしまって、姉妹で取り合いになっているとか」
彼女らの父である王は、ナエリカの結婚には賛成したが相手に納得せず、リサーナの婚約には反対でその理由も相手に納得しなかったから。
「絶対反対じゃ~!」
しかしそんな王も、リサーナの言葉に説得されナエリカの脅迫に従ってしまい、リサーナの婚約は国外へも伝達し、ナエリカの結婚も婚約として国外へ伝達した。
カイネルの知らないところでワールドの名は、いつの間にか各国へとその噂とともに広がりを増していくのだった。
国外ということは、コトーデにもそれらの噂が伝わるということ。
コトーデにもである。
「カイネル!カイネル・レイナルドはいる!」
エリカ・グレーゴル・アルバーは、金髪の髪を乱して金色の瞳の奥をメラメラと燃やしながら、慌てた様子でノラの集いを訪れた。
ただ事じゃない雰囲気に、レイフとシアとアリアは顔を見合わせた。
「ど、どうしたんですかエリカさん?」
「カイネルは!」
「兄さんなら多分タワーかと……」
「レイフ!」
「はい!」
エリカより年上であるはずのレイフは、彼女にあまり強く言えない。
襟を掴まれたレイフがエリカに連れて行かれるのを、ただただ眺めるシアは特に気にも留めない様子。
「どうしたんでしょうエリカさん」
「さー?いつものことよ」
アリアは少し気にしていたが、仕事中のためわざわざ確かめることはしなかった。
部屋を移ったエリカがレイフに聞くことは勿論あの事で。
「婚約ってどういうこと!」
「はい?」
「とぼけるつもり!ぶつわよ?いいの!ぶつわよ」
「言います、言います」
心でカイネルに謝ったレイフは、事の仔細をカイネルから聞いたとおりにエリカに伝えた。
「つまりこういうこと?ワールドとしてカイネルが戦争を止めた、そしてワールドに戦場で負けた3番目のお姫様と――ワールドに一目惚れした5番目のお姫様がそろって婚約するって言って、いくら断ってもワールドの話も聞かずに、婚約が成立したってこと?」
「そそ、カイネルもメッチャ拒否ったらしいんだがな、何しろ相手は姫さんだろ?あいつも強く断れなくてな」
「バッカじゃないの!あんたその場にいたんでしょ!?何やってんの!」
「それが俺の帰った直後だったらしいんだよな」
怒りが治まらないエリカは、その辺の物に当り散らし始める。
「ふざけるな~!何が姫だ!私のカイネルに手をつけようなんて!」
「ま、落ち着けってまだ婚約だろ?解消だってできる段階だぜ。姫さんたちの気も変わるかもだしさ」
「はぁ?なんであんたにそんなことが分かんの?一度カイネルに惚れたら気が変わるなんてことあるわけ無いじゃない!」
これはベルギットに宥めてもらうしかねーな、とレイフは思う。
大体普段からエリカがカイネルのことでこうなってしまったときには、精神的に落ち着いたベルギットが彼女を宥めるのだ。
噂をすれば何とやらで、扉の向こう側でベルギットの声が聞こえる。
どうやらベルギットが来たみたいだな、とレイフは一安心して彼女を迎えるために扉を開けた。
「よう、ベルギット!よくきたな~」
しかし、ベルギットは半泣きで言うのだった。
「カイネルが結婚するってのは!本当か~!」
「お前もかよ!」
レイフがついついツッコミをいれてしまうほど、ベルギットは泣いて泣き崩れていた。
だが、事の仔細を聞いたベルギットは、ようやくいつもの彼女に戻ってエリカと話す。
「そういうことだったのか~、いいや焦った焦った!だよな!カイネルが私以外と結婚なんてあるわけないよな!ははは!」
「何が、私以外と、よ!それは私の言葉ですが!」
「ま~落ち着けエリカ~テメーが1番でいいから、私は2番2番!あ~安心したらのど渇いたな~レイフ!ビール出せビール!」
呆れたエリカは怒っていることもバカバカしくなって、やっと椅子に腰掛けた。
「で?肝心のカイネルは?」
「今はタワーにいる……てことになってるが、本当はこの国にはいない」
レイフは、ベルギットにビールを入れながらそう言う。
「あいつは今、ドラゴンヘッドのキャンプにいるはずだ」
「ドラゴンヘッドってあのフォレストのギルド?」
「そそ」
バルファーデンの北東側に縦長に拡がるダンジョン、【フォレスト】。
それを囲むように砦を建て、東部西部南部に人が住みそれぞれがキャンプという人口密集地がある。
それぞれのキャンプには名前があり、東部をイースタ、西部をウエスタ、南部をサウスタと称し、これらを【ドラゴンヘッド】という名の連合ギルドが統治している。
フォレストの入り口は、それぞれのキャンプに一箇所ずつあり、北側はほとんど他国の領地にまで広がっているが、巨大な樹木や棘によって人が出入りできないため、実質ドラゴンヘッドの占有ダンジョンとなっている。
特に南部のサウスタにはドラゴンヘッドのギルドマスターがいて、他のキャンプに増して人口密度が高い。
サウスタの南西の外壁を駆け上り、壁下の荷物を上から引き上げたカイネルは、素顔のまま潜入していた。
「ここがドラゴンヘッドが占有するフォレストか」
カイネルの視界には巨大な樹木が雲の高さまで届いて、それが北側も見渡す限り拡がっている。圧倒的な自然の強いダンジョンに、内心ワクワクはしていた。
「タワーも高さだけなら視界に収まらないくらいあるけど、壮大さだけならこっちが勝るな」
これが本当に自然だったらだけど。
カイネルは、その後サウスタに入り、フォレストとドラゴンヘッド、そしてギルドマスターに関して聞き込みで調べた。
調べて分かったことは、ギルドマスターの名前と、傘下の各ギルドの名とその長、つまりドラゴンヘッドにおいてのサブマスターの名前。
ギルドマスターの名前は、スター・ファミルガ。
本名かは定かではないが、住人からはそう呼ばれている様子だった。名前以外に分かったことは、テイムしているモンスターがドラゴンという翼を持つトカゲだということ。
おそらくは、これを取ってギルドの名が付けられたのだとカイネルは予想した。
傘下のギルドは大体80以上だが、100を超えているとも噂があった。そして、その中でドラゴンヘッドのサブマスターがいるギルドが4つ。
一つはドラゴンテイル、ドラゴンヘッドにおいてサブマスターの地位にあるマスターは、レーム・クランクラン。
そしてドラゴンウイング、マスターのギクス・レイラー。
次にドラゴンアイ、マスターはアルファー・クリート。
最後にドラゴンブレス、サブマスターは紅一点フィリアナ・マキナだ。
「そして、イースタにテイルとブレスがいてウエスタにウイングとアイがいると。尻尾に息吹きに翼に目、それと頭か……なかなかのセンス?なのかな」
ギルド名やキャンプの名からも解るが、ここには古代語に詳しい人物がいるのかもしれないと、カイネルは思いながらキャンプの中を見渡す。
「にしても多いな……」
テイムという特殊な力があることでモンスターを支配下におけるフォレストのウォーカーたち。カイネルは、キャンプの中にいるそのモンスターの数の多さに少しだけ驚いた。
一人が数体連れ歩いていて、大小や種類の違いもさることながら、やはりその数はタワー出身のカイネルも驚かずにはいられない。
「このダンジョンが最奥まで攻略されたのも、このスキルの恩恵が強い気がする」
カイネル自身が一騎当千なら、テイムを有する彼らは大軍跋扈だろう。
一人歩いていたカイネルは、その視線に気づき裏路地へと入る。
その後ろを追ってきた者を裏路地へ誘き寄せ、スキルオーバーアクセルによってその背後を取り腕の関節を固めた。
「あなたは誰ですか?」
「いてて、いたいよ!放して!あいたた」
捕らえたのは、短い髪が黒色で、瞳も黒く輝く小柄で声の高い少年だった。
「少年、なんでボクを追いかけていたのですか?」
「ウチは女だ!少年じゃない!」
カイネルが捕らえたのは女の子で、その目にはレベルやステータスがはっきりと見えた。
「少年とは、男でも女でもその年頃の子どもをそう呼ぶんです。……レベル58?その歳でずいぶんと高いですね」
「ウチのレベルじゃねーやい!コロロのレベルだよ!ウチの家族!」
よく見ると、58という数字の横にレベル17という数字があった。
「なるほど、テイムしたモンスターのレベルか、それでキミはボクに何のようなのかな?」
「ウチはホチア、あんたを追っていたのはあんたのスキルが珍しかったからだよ!いてて!」
「嘘は吐かないほうがいい、キミにボクのスキルが見えるはずがない鑑定力が低すぎる」
痛がるホチアの腕を離すと、彼女は自分の腕を見る。
「折れてない?折れてないよね?」
「で?話を聞かせてもらえるのかい?」
「さっき言ったろ?ウチの大事な家族のコロロはウォーカーのスキルを見えるんだ」
そう言った彼女は、懐から小さな毛むくじゃらのモンスターを出した。
「コロロ、本当の名前はロロクルってモンスターで、大人になってもこの大きさなんだけど、そのせいで今では数が少ないんだよ」
カイネルがそれを見ていると、つぶらな瞳がクリクリと現れて、ホチアの手の平で右に左に転がり始めた。
「モンスターに聞いた?……ん~面白い妄言だね」
「妄言って?」
「嘘ってことだよ」
「嘘じゃないよ!ウチのスキルはモンスターの声を聞くことができるんだ」
そのスキルにはカイネルも心当たりがあった。
「確かにそんなスキルがあるって……ん?」
なにやらコロロがホチアと会話をしている様子で。
「なになに?イーエックス?すごいの?……え!」
ホチアは驚きのあまり、コロロとカイネルを二度見して、恐る恐る尋ねた。
「コロロが言ってるんだけど、あんた……タワーの百階層を攻略したのかい?」
「!」
カイネルはホチアの言葉に驚愕した。
「……モンスターが話す、それを理解するスキルもある……間違いない」
コロロというモンスターはカイネルがタワー出身ということ、そして百階層を攻略していることを言い当てた。
今まで見下ろして話をしていたカイネルは、両膝を折り曲げると目線の高さをコロロに合わせて話をする。
「やぁ、おちびさん、ボクはカイネル、コトーデのダイバーだ。キミはどうやらとても賢いらしいね?少し聞きたいんだけど、タワーのことやボクのスキルはモンスターなら知っていることかい?」
コロロはホチアの方に向いて何かを言う。
「知らないってさ。コロロが知っているのはフォレストの中の古代語を読んだからって言ってる」
「それは凄いな!古代語を読めるのかい?読めるのはキミの種族だけかい?」
再びコロロはホチアに言う。
「え?コロロは本当は冒険者のナビゲート?をする生き物で、エイゴ?とニホンゴ?を読めるんだって。ウチにはもう何言ってるかほとんど解らないよ」
エイゴにニホンゴ、おそらく古代語の言語であることはカイネルもすぐに理解する。
「なら、フォレストの深部のことを知っているかい?」
コロロは体を少し斜めに傾ける。
「知らないってさ」
「ならボクのスキルはどこで覚えたのか教えてくれるかい?」
「ふんふん、なるほど!なんかヘルプって書かれているところにイーエックス?スキルの例文があって、そこにあんた……カイネルのスキルの詳細が記されてたって言ってるよ」
コロロの言うことをカイネルは完全に理解しいて頭で整理した。
「つまり、例文ってことは、やはりフォレストにもなんらかのEXスキルが攻略報酬として設定されているってことか。ホチア、だったかい?キミはどんなモンスターとでも話ができるのかい?」
「いんや!話せるのはテイムしたモンスターだけ。だから、今はコロロだけさ」
ホチアは、コロロを撫でながら「カワイイだろ!」と言ってカイネルに突き出す。
「確かにカワイイね。ところで、ホチア……キミはどこかのギルドに入っているのかい?」
ホチアは首を振ると、自分がノラだと言ってその理由を話し出した。
「ウチが小さいころウォーカーだった親父に捨てられたんだ。母ちゃんは顔もしらないし、ウチはこのサウスタで一人で生きるためにウォーカーのサポーターとして荷物運びなんかをすることにしたんだ」
「サポーター?じゃあキミはウォーカーじゃないのかい?」
「そうさ武器なんて使えないし、体一つでフォレストへ行く運び屋――【クーリエ】なのさ。始めはギルドに入ろうかとも思ったけど、取り分がめっちゃ少ないんだよ!だからフリーでやってんのさ」
カイネルはその小柄な女の子に感心していた。小さいながらも挫けず、めげずに生きていることだけでも、彼女の生命力はたくましくそして尊敬に値する。
「クーリエか。よし、大体解ったよ、キミは雇ってほしいんだね。ボクのスキルをコロロに聞いてフォレストに行くのは間違いない、それもタワーを攻略済みだからかなり深くまで行けると考えている。そうだよね?」
ホチアはコクコク肯くと満面の笑みを浮かべた。
「でも少しだけ違うな」
「何が?」
「深くじゃないよ……ボクはフォレストを攻略するつもりでここに来たんだ」
「……え!」
驚くホチアの手の平でコロロが目をパチパチとさせる。
そんな一人と一匹との出会いに、カイネルは深く感謝していた。
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