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【完結話】或るシンガーソングライターの憂鬱

#3 ノセさんという人

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どこのコンビニのフランチャイズでもないと一発でわかる、「エーコー」という聞いたこともない、個人経営の小さな24時間営業コンビニだ。

24時間営業なのに、おじさんオーナーのノセさんと僕との2人きりでシフトを組んでいる。
2人きりで、だ。

看板なしでも小さくても結構お客が出入りする。
団地やマンションが並ぶ山手から駅までの道中に、エーコー1軒しかコンビニがないためだ。

以前は酒屋をしていたノセさんが、そこに目をつけコンビニに転向したそうだ。


「さすがっすね」


僕がおだてると、


「うーん、なんか配達とか嫌になっちゃたの」


ノセさんは涼しい顔をしてシャツの裾をまくり、腹巻の上からお腹をかいていた。

朝の8時頃は一番客が混み合う時間だ。
5畳ほどの店内では、皆入り口の右手から真ん中の陳列棚を挟んで、ぐるりと一周するかたちの一方通行で移動する。
一周するあいだに、それぞれ目当ての商品を手にしていき、一周の最終地点がレジになる。

逆周りすると、他の客から疎ましがられ、入り口付近の商品だけしかいらなくて、速攻レジに行くことも憚られる。

何を買うにも店内一周、買い忘れに気づいたら、もう一周。
僕がここで働き始めた2年前には、すでにそんな規則が出来上がっていた。

ノセさんはもちろん、誰が言い出したわけでもないらしいのだが、狭い店内でなるべくストレスなしで買い物をしたいためだろう、客の動線が自然とこうなったらしい。

僕がエーコーに到着したときには、目当ての商品を物色しながらとりあえずレジに向かっている4人と、商品を選び終わってレジ待ちの5人の計9人で狭い店内は満員細礼状態だった。

レジが1台しかないため、朝のラッシュ時(10人弱だが)にはかなり客を待たせてしまう。
普通のコンビニでは、一列に10人をなすほど客を待たすことなどありえないが、エーコーでは日常茶飯事で、みなイライラしながらも律儀に並ぶ。

ちなみに僕はエーコーで買い物しない。
品数も種類も少ないし、従業員割引もないし。

ノセさんはこんな状態でものんびりとレジ打ちをしていた。
僕はイライラで渦巻く店内を見渡しながら、エプロンをつけてノセさんの横に入る。

僕がレジに現れると、レジ待ち馴染み客の


「ああ、まともなほうがやっと来た。レジ交代してくれ」


という心の声が聞こえる。


「レジ代わりましょうか」


客の手前、毎日そうノセさんに耳打ちをするが、


「いいよ、いいよ。袋に詰めていって」


と、任せておいてよとばかりに、少々気持ちの悪いウインクを返される。
仕方なしに僕は、商品のレジ袋入れを手伝うふりをしてしはらく待つ。

そして案の定、ノゼさんは寸分もしないうちに、なんかしらハプニングを起こしてレジを離れる。
今日は、


「あー、1円玉落とした。どこいった?」


などとほざいて、床をまさぐっている。
ノセさんのうずくまった背中をよけて、僕が代わってレジをやりだすと、


「すまん、すまん、あった、あった」


ノセさんは出っ歯を突き出して笑いながら、しれっとレジ袋入れに専念してくる。
僕に「レジ代わりましょうか」とフォローされると拒むくせに、下手な演技をして毎回レジから出たがるのだ。

ノセさんは店の責任者のくせにレジが苦手だ。
商品の値段を打ち込む旧式タイプのレジなので、老眼のノセさんには非常に難儀な仕事らしいのだ。

バーコード読み取りのタイプに買い換えたら、といつかに提案したとき、


「うーん、混まないときはこれでいいからねえ」


と、ノセさんはいつも、のらりくらりだ。


「鮭のおにぎり、もうないよ!」


ニッカポッカを履いたおじさんがレジに声を張り上げる。


「あー、明日はもう一個多めに仕入れようかねえ」


指を一本立てた腕を、ノセさんはまっすぐ天井に向けて挙げる。
ニッカポッカは舌打ちしながら、なんかしらを持ってレジに並ぶ。


「これ温めて」


夜の仕事帰りらしき派手な格好の女性が、幕の内弁当を額で指す。


「温め、やっていませんよー」


クシャッと顔を縮めてノセさんは笑う。


「えっ、お弁当、温められないの?」


女性は眉間に大シワを寄せる。


「今日び、どこの家庭でもレンジがあるから、うちは置いてないのよ」


ノセさんは、ほら、ないでしょ!とまるで自慢するみたいに、レジ付近から背後の薄れた壁にまで指差す。

ノセさんは、客からの苦情や要望には全く応えない。
エーコーはまるで接客がなってない。
客の大半はそう思っている。
が、駅までにはここにしかコンビニはないわけで、やむなく皆出入りする。

僕はもうちょっとサービスよくすればいいのに、とも思うが、これで長年成り立っているようだし、楽だし、バイトだし、やっぱりこれでいいと、楽なほうにいつも気持ちは傾く。

ノセさんは、僕の前に雇っていた生意気だったという男子学生と大喧嘩をして、クビを切ったらしい。
大喧嘩の理由は、「小生意気なことばかり言って仕事はしないから」らしいが、実際のところ、やる気なしのノセさんにしびれを切らした男子学生が、もっと奮闘するよう言い出して、ノセさんはそれについていけなくなってしまったからに違いないとふんでいる。


8時半を過ぎると、客もまばらにレジにやって来るようになり、ここでようやくノセさんは店をあがる。


「斉藤くん、あとはよろしくチョーね」


出っ歯を出して顔をクシャッと縮ませた、ノせさん最高の笑顔を見せてきた。


「ノセさんって、タフですよね」


客が途切れたときに、半ば呆れるように僕は言った。


「タフかな?」


疑問形にしてはノセさんは誇らしげだ。
子供みたいだなと思って、可笑しくなる。


「タフですよ。いつも夕方5時に僕があがって、僕が来る朝の8時まで十五時間勤務じゃないですか。ずっと毎日そんな長時間働いているなんて。僕が休みのときなんかは、40時間ほどぶっ通しになるわけだし」


「まあ、そういうことになるね」


「僕、たまになら夜に入ってもいいですよ」


「いいよ、いいよ。夜は眠ったほうがいい」


ノセさんは、ありがとね、と合掌すると、そそくさとレジ横の階段を昇っていき、2階の自宅へ消えていった。

僕の生活を気にしてくれているのか、夜間のバイト代はアップするということを気にしているのかは不明だ。

それにしても、もう一人雇えばいいのにと思う。
こんなギリギリのシフトでは、ノセさんが倒れたりしないかと一応心配だし、僕もおちおち病気などかかっていられない。

でも、店は流行っているとはいえ、こんな小さなコンビニだし、もう一人雇うほどの余裕はないのだろう。

2階からテレビの音声がはっきりと流れてくる。
独身のノセさんは一年ほど前から、テレビをつけっぱなしで眠る派に転向した。
ノセさんがイビキをかくようになり、2階から階段を伝って無音の店内に騒音が滑り込んでくるのを防ぐためだ。
それで防ぎきれているので、イビキといってもかわいいものだ。

202号室の旦那のイビキなら、テレビの音を突き破って店内にやって来る。
そうそう、今日婆さんに202の苦情を言ってやらねば。

明日の仕入れ分の発注業務も容易く終わって暇になる。
客が殺到する時間は限られている。
朝・昼・夕。
あとの時間はまばらに入ってきては、すぐにはけていく客の対応のみだ。

エーコーで長居する客はいない。
吟味して物を選ぶ買い物好きな人はよそへ行くし、雑誌・新聞等は置いていないので、立ち読み客もいない。

昼の休憩は僕が昼食を取らないから、とくに設けてもらっていないが、その分ずっと休憩中のような時間が今も過ぎていく。

楽だ。
楽過ぎてめまいがする。

レジにもたれながら、猫背を伸ばし切らない小さな伸びをする。
レジからうかがう空では、夕方のようにった小さい雲が、成長してもうすぐここまで覆ってきそうだ。

お揃いのパーカーを着た親子や、だらしなく歩く半袖姿の学生、かっちりしたジャケットを羽織った営業風の女の人、気温は同じなのに、それぞれに心地よい格好をした人たちが歩道を行き交っていく。

誰か通るたびに、「春さん」「夏さん」「ダークな長袖だから秋さん」などと、その人の服装を季節に当てはめた。
冬以外のどの季節の人もいたのに、ガラスの向こうの風景は、春でも夏でも秋でもないように見えた。



つづく
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