上 下
47 / 113
第一部 ジョセフ

47 招かれざる客

しおりを挟む
 招かれざる客が訪ねてきた。

 しかも、事前の約束もなく大抵の人間は就寝しようとする時間にだ。

 寝間着に着替え鏡台の前でロザリーに髪を梳かれていた私は、通していいか確認しにきた後宮の侍女に頷いた。

「いいわ。通して」

「よろしいのですか?」

 ロザリーが驚いた顔になった。訪ねて来た相手が相手だから彼女のこの反応は無理もない。

「心底疎ましく思い今では殺したいほど憎悪しているだろう私に、こんな時間に会いに来たのよ。今無視しても何度でも突撃されそうな気がするのよ」

 私は煩わしい事は、さっさと済ませたい人間だ。だから、王妃教育もさっさと終わらせた。

「あらあら、せっかくの唯一の取り柄のお顔が台無しですわね。お父様」

 私の言葉通り、室内に足を踏み入れたジョセフは、唯一の取り柄であるお祖母様に酷似した完璧な美貌を嫌そうに歪めている。彼としても本当はわたしを訪ねになど来たくなかったのだと分かる。

「……相変わらず減らず口を。それが実の父親に対する言葉か?」

 ジョセフは忌々しそうに私を睨みつけた。

 今生の人格ジョゼフィーヌであれば竦むのだろうが、生憎、私は「彼女」ではないので醒めた目を今生の父親ジョセフに向けるだけだ。

「あなたこそ頭が悪いですね」

 私の心底からの言葉にジョセフはあからさまにむっとしたが私は構わず話を続けた。

「『私』となって初めてあなたに会った時言ったはずです。ジョゼフィーヌわたしを娘だと思っていないんでしょう。だのに、こんな時だけ父親面する権利などないと」

 少なくとも私が許さない。

「私は今生の私ジョゼフィーヌと違って、どんな理由があれ、幼い娘を虐待していたクズを『父親だから』という理由だけで慕えない。『私』から敬意を払われるなど夢にも思わないでくださいね。お父様」

「お前は!」

 今にも私に摑みかかりそうなジョセフに、ロザリーが私を庇うように前に出ようとしたが、私は視線で彼女の動きをとめるとジョセフに冷たく言った。

「私に暴力を振るうのは構いませんが『私』はジョゼフィーヌと違って絶対に泣き寝入りなどしない。去年以上の辱めを覚悟してくださいね。お父様」

 ジョセフは去年受けた辱めを思い出したのだろう。顔色がはっきりと変わり私に摑みかかろうとしていた手を下した。

 ジョセフが落ち着いた(?)のを見計らって私は尋ねた。

「とろこで、こんな時間に事前の約束もなく来られるとは、余程の事なのですよね? お父様」

 私は今生の人格ジョゼフィーヌと違ってジョセフを生物学上以外で父親とは思っていない。それでも「お父様」と呼ぶのは、ひとえに彼に対する嫌みだ。

「当然だ。そうでなければ、お前などにわざわざ会いになど来るものか」

 私の命令で辱めを受けたのに、それでも変わらずジョゼフィーヌわたしに対して上から目線な言動ができるとは、こいつは本当に馬鹿だ。

 いっそ感心する。

 この程度ならスルーしてやるが、これ以上、私の癇に障る言動をしたら一から礼儀を叩き込んでやると脳内メモに書き込んだ。

「ご用件は?」

「母上がボワデフル子爵家に謝りに行った」

 ジョセフが苦々しい顔で言った。そういう表情でも美しく見えるのだから超絶美形は得だ。

 まあ、彼にとっては唯一の取り柄だ。これくらいで崩れてしまうのは可哀想だろうと実の娘としては結構ひどい事を考えていた。

「さすがアルマンとお祖母様! 仕事が早いわ!」

 アンディほどではないが充分優秀な家令であるアルマンは、早速お祖母様に今日、脳内お花畑娘、ルイーズが仕出かした事を報告し、お祖母様はそれを受けて早速ボワデフル子爵家に謝罪に出向いたのだ。

「『仕事が早い』ではない!」

「くわっ!」という効果音がつきそうな勢いで、ジョセフが私を怒鳴りつけた。

「なぜ、母上が子爵家になど謝りにいかねばならないんだ!」

「あなたの脳内お花畑な娘が、レオンに、ボワデフル子爵家の方に、ご迷惑をおかけしたからですよ」

 なぜ、そんな事も分からないのだろう?

「母上は辺境伯で、何より、父上の、国王陛下の寵姫だ。子爵家になど頭を下げていい方ではない!」

 ジョセフの発言があまりにも頓珍漢なので、私は思わず大仰な溜息を吐いた。

「……本当に、あなたは常に上から目線のクズなんですね。が私の今生の父親とは……最悪だわ」

 この時はまだ「最悪」ではなかったのだと知るのは、ずいぶん後になってからだった――。

「まあ、それでも祖父母には恵まれ、《アイスドール》、アンディやレオンにも再会できたのだから、父親が最悪クズでも、この世界に転生できたのはよかったと思っているわ。そういう意味では、ジョゼフィーヌわたしを生み出してくれたあなた達に感謝するわ」

「……お嬢様」

 黙って私とジョセフの会話を聞いていたロザリーは、潤んだ瞳で私を見つめていた。その顔は心なしか嬉しそうだった。

 お祖母様に「母娘としてでなくても娘の傍にいられればいい」と言ったロザリーだが、「生み出してくれて感謝している」とわたしに言われるのは、やはり母親として嬉しいものなのだろう。

「……私にとっては最悪だ」

 ジョセフにとっては無理矢理な行為の結果、ジョゼフィーヌが生まれたのだ。父親として決して言ってはならない科白であっても、そう言いたくなる気持ちは分からないでもない。
 
「以前のお前のままでも忌々しく思っていたというのに、今は『生み出してくれて感謝している』などと言いながら父を父とも思わない礼儀知らず。本当に最悪だ」

 自分のした事を棚に上げて、しみじみと呟くジョセフの科白に、私は怒るよりも呆れた。「お前が言うな」と。

「ジョセフ様。私になら何を言ってもいいし、しても構いません。それだけの事をあなたにしましたから」

 ただ呆れ何も言わない私の代わりに、意外にも反論したのはロザリーだった。母は強しというべきか、普段は気弱な女性だが、わたしを傷つける言動には立ち向かうのだ。

「けれど、お嬢様には何の罪もありません。そのような言い方は」
 
「いいのよ、ロザリー。私は、こいつを生物学上以外で父親とは思ってない。何を言われても、ジョゼフィーヌと違って心は痛まないわ」

 庇ってくれているロザリーの言葉を私は遮った。
 
「話を元に戻しますが」

 仕方なく会いたくもないわたしに会いにきたのなら、ジョセフもいちいち突っかからなければいいのに、お陰で話が脱線しまくって終わらない。

「未成年の子や孫が何かやらかしたら、どんな身分の方だろうと、迷惑をかけた方に謝りに行くのは常識ですよ。お父様」

(非常識なクズのあなたには、理解できないでしょうけれど)

 これを言うとまた突っかかれそうなので黙っておく。私としてもジョセフにはさっさと帰ってほしいのだ。

「だからといって、なぜ、母上が子爵家などに謝罪に出向かねばならないんだ!」

「……堂々巡りですね」

 私は再び大仰な溜息を吐いた。ここまで話の通じないクズとは思わなかった。

 それでも、これだけは分かった。

 心底から疎ましく思い殺したいほど憎悪しているだろうわたしに会いにきたのは、お祖母様を子爵家に謝らせた事に対して文句を言うためだ。

 ジョセフは、お祖母様を、美しく聡明で強い母親を敬愛している。

 その母親が子爵家になど頭を下げるなど、あってはならないのだ。

 母親を愛するのいい。それでも、母親を思ってする行動は、ジョセフの場合、あまりにも的外れな上から目線で、結局、誰にとっても迷惑以外の何物でもない。

 これ以上、話の通じないジョセフクズと話していても無駄だと悟った私は、どうやって追い出そうかと思案した。

 数分後、疎ましく思っているわたしをジョセフが訪ねにきたと聞いたアンディが心配して様子を見に来てくれた。

 そして、私としたような堂々巡りな会話の後、アンディは容赦なくジョセフを追い出してくれたのだ。

 言葉で追い出したのではなく(そうした所で素直に聞くジョセフではない)、殴って気絶させて後宮から放り出したのだ。今のアンディはジョセフよりも一回りほど細身だが意外と力はあるようだ。

 主家の人間であるジョセフへの乱暴な振る舞いは、アンディの外見からは想像できないものだからか、ロザリーは非常に驚いていた。

 けれど、アンディが従うのは主だと定めた私とお祖母様だけだ。

 今生の主家の人間、お祖母様の息子、私の父親だろうと、「主ではない」というだけで、どんな非情な事でもできる。

 そういう冷酷で酷薄な心と怜悧な頭脳を持つからこそ、彼は前世では組織のNo.2、今生では辺境伯家の実質家令になれるのだ。














 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッシヴ様のいうとおり

縁代まと
ファンタジー
「――僕も母さんみたいな救世主になりたい。  選ばれた人間って意味じゃなくて、人を救える人間って意味で」 病弱な母、静夏(しずか)が危篤と聞き、急いでバイクを走らせていた伊織(いおり)は途中で事故により死んでしまう。奇しくもそれは母親が亡くなったのとほぼ同時刻だった。 異なる世界からの侵略を阻止する『救世主』になることを条件に転生した二人。 しかし訳あって14年間眠っていた伊織が目覚めると――転生した母親は、筋骨隆々のムキムキマッシヴになっていた! ※つまみ食い読み(通しじゃなくて好きなとこだけ読む)大歓迎です! 【★】→イラスト有り ▼Attention ・シリアス7:ギャグ3くらいの割合 ・ヨルシャミが脳移植TS(脳だけ男性)のためBLタグを付けています  他にも同性同士の所謂『クソデカ感情』が含まれます ・筋肉百合要素有り(男性キャラも絡みます) ・描写は三人称中心+時折一人称 ・小説家になろう、カクヨム、pixiv、ノベプラにも投稿中!(なろう先行) Copyright(C)2019-縁代まと

聖人の番である聖女はすでに壊れている~姉を破壊した妹を同じように破壊する~

サイコちゃん
恋愛
聖人ヴィンスの運命の番である聖女ウルティアは発見した時すでに壊れていた。発狂へ導いた犯人は彼女の妹システィアである。天才宮廷魔術師クレイグの手を借り、ヴィンスは復讐を誓う。姉ウルティアが奪われた全てを奪い返し、与えられた苦痛全てを返してやるのだ――

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】忘れられた王女は獣人皇帝に溺愛される

雑食ハラミ
恋愛
平民として働くロザリンドは、かつて王女だった。 貴族夫人の付添人としてこき使われる毎日だったロザリンドは、ある日王宮に呼び出される。そこで、父の国王と再会し、獣人が治める国タルホディアの皇帝に嫁ぐようにと命令された。 ロザリンドは戸惑いながらも、王族に復帰して付け焼刃の花嫁修業をすることになる。母が姦淫の罪で処刑された影響で身分をはく奪された彼女は、被差別対象の獣人に嫁がせるにはうってつけの存在であり、周囲の冷ややかな視線に耐えながら隣国タルホディアへと向かった。 しかし、新天地に着くなり早々体調を崩して倒れ、快復した後も夫となるレグルスは姿を現わさなかった。やはり自分は避けられているのだろうと思う彼女だったが、ある日宮殿の庭で放し飼いにされている不思議なライオンと出くわす。そのライオンは、まるで心が通じ合うかのように彼女に懐いたのであった。 これは、虐げられた王女が、様々な障害やすれ違いを乗り越えて、自分の居場所を見つけると共に夫となる皇帝と心を通わすまでのお話。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

処理中です...