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15(終)
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「嫌だ! 貴女に関する記憶が消えるなど!」
意外な事に竜帝が必死な顔で拒絶した。
「なぜ、そこまで嫌がるの? 自分を愛さない番を憶えていても仕方ないでしょう?」
「生身の貴女を奪われて、記憶の中の貴女まで奪われなければならないのか?」
竜帝の言葉と悲し気な表情にリーヴァは胸が衝かれた。
「貴女達の言うように、貴女への愛は本能に依るものかもしれない。自分の意思ではないのかもしれない。そうだったとしても、貴女しか愛せない私のこの想いを否定される謂れはない」
本能でも、自分の意思でなくても、この想いは自分だけのものだ、と。
竜帝は言外にそう告げている。
「……竜帝陛下……ファヴニール様」
リーヴァは初めて竜帝の名を呼んだ。
「命令でなければ名を呼ばない」と言っていたリーヴァからの呼びかけに竜帝は素直に驚いている。
「番であるわたくしは、どうしてもあなたを愛せない。けれど、獣人の方々は、あなたを敬愛していますわ。そんな彼らのために生きる事が統治者としては勿論、あなた自身の幸福になると思います」
「……おそらく今生の別れになる。だから、名を呼んでも構わないだろうか?」
リーヴァが「名を呼ばれたくない」と言っていたからだろう。わざわざ訊いてきた竜帝に、リーヴァは「構いません」と了承した。
「……リーヴァ」
竜帝は万感の思いを込めて番の名を呼んだ。
「私の妻となるよりも過酷な道を歩むと分かっていても、永遠だと分かっていても、貴女はその男の手を取った」
竜帝は諦念を込めて呟いた。
「……貴女の幸福は、私ではなくその男と共にあるのだな」
「ええ」
リーヴァは迷う事なく頷いた。
「貴女の言うように、余はメロヴィーク帝国の統治者、竜帝ファヴニールだ。いつまでも番に囚われ続ける訳にはいかない。民には勿論、貴女からもこれ以上失望されたくはない」
竜帝は一旦目を閉じた。次に開いた金の瞳は、美丈夫な人型になってさえ本性を思い浮かべ彼に生理的嫌悪感しか抱けないリーヴァでさえ見惚れるほど美しく輝いていた。
「シグルズ・ヴェルスング」
竜帝はシグルズに対して初めて「お前」ではなく名前で呼んだ。
「余の番を妻にしたのだ。不幸にしたら絶対に許さない」
竜帝といえど真に世界最強のシグルズをどうこうできるはずがない。それを分かっていても、きっと言わずにいられないのだ。
「あなたの番であるリーヴァを妻にした事を謝る気はありません、竜帝陛下。運命で定められた伴侶でなくても、私もリーヴァを愛しているから」
謝ってしまえば、リーヴァへの想いを間違っていると認めるようなものだから。
「永遠の苦痛に勝る幸福を私はリーヴァと築いていきます」
「……よくも言う」
竜帝は最初呆れ顔だったが、ふと真面目な顔になった。
「だが、そこまで言うのなら証明してみろ」
「ええ。あなたが亡くなる時に現われて、こんなに幸せなのだと見せつけてやりますよ」
「……お前、本当に嫌な奴だな」
真顔で淡々と告げるシグルズに、竜帝は心底嫌そうな顔になった。
世界最強の帝国の統治者に、こんな顔をさせられるのはシグルズだけだろう。
竜帝は気を取り直してリーヴァに笑顔で向き直った。
「さようなら、リーヴァ」
「さようなら、ファヴニール様」
リーヴァはスカートを摘まみ上げると美しい一礼をした。
アースラーシャ王国とメロヴィーク帝国の境にある森でシグルズとリーヴァは暮らし始めた。
竜帝の番であり、竜帝妃となるはずだったリーヴァ・アースラーシャ王女は、メロヴィーク帝国に着いた途端、病に罹り死んだ事になった。番である竜帝ではなくシグルズと結婚した以上、世間的には死んだ事にするしかないのだ。
シグルズも王命により婚約解消させられても愛する元婚約者の死がショックで亡くなったという事にした。世間的には死んだ事になったリーヴァと共に生きるためには、自分も「死ぬ」必要があったのだ。自分の家族とアトリは真実を知っているが。
自分とリーヴァは「死んだ」とはいえ祖国には大切な人達がいる。世界征服のための「兵器」になるつもりは欠片もないが、祖国を他国から守りたい気持ちはある。
アースラーシャ王国を他国からの脅威から守るために防御結界を張っておいた。
新たな国王となったアトリは「自分が生きている間だけでいい」と言った。
「どんな国もいずれ滅びる。永遠に祖国を守れとは強要できない」と。
確かに、今は有能な国王や宰相がいるが未来は分からない。いくら祖国でもクズな国王や臣下がいる国など守りたくはない。
「わたくし幸せよ、シグルズ」
王女としての責務から解放され、生理的嫌悪感しか抱けなかった竜帝とも結婚せずにすんだ。
日当たりのいい窓辺に置いた椅子に座り、膨らんできたお腹を撫でて幸せそうに微笑むリーヴァは、本当に美しかった。
「ええ、私もですよ、リーヴァ」
床に座り、リーヴァのお腹に顔を寄せたシグルズも同じように幸せそうな笑みを浮かべた。
この時の二人はまだ知らない。
今リーヴァのお腹にいる娘が十六年後、竜帝に一目惚れし、彼の妻になりたくて帝国で騒動を起こす事を――。
そんな未来を知らぬ二人は、今はただ現在の幸福を享受するだけだった。
意外な事に竜帝が必死な顔で拒絶した。
「なぜ、そこまで嫌がるの? 自分を愛さない番を憶えていても仕方ないでしょう?」
「生身の貴女を奪われて、記憶の中の貴女まで奪われなければならないのか?」
竜帝の言葉と悲し気な表情にリーヴァは胸が衝かれた。
「貴女達の言うように、貴女への愛は本能に依るものかもしれない。自分の意思ではないのかもしれない。そうだったとしても、貴女しか愛せない私のこの想いを否定される謂れはない」
本能でも、自分の意思でなくても、この想いは自分だけのものだ、と。
竜帝は言外にそう告げている。
「……竜帝陛下……ファヴニール様」
リーヴァは初めて竜帝の名を呼んだ。
「命令でなければ名を呼ばない」と言っていたリーヴァからの呼びかけに竜帝は素直に驚いている。
「番であるわたくしは、どうしてもあなたを愛せない。けれど、獣人の方々は、あなたを敬愛していますわ。そんな彼らのために生きる事が統治者としては勿論、あなた自身の幸福になると思います」
「……おそらく今生の別れになる。だから、名を呼んでも構わないだろうか?」
リーヴァが「名を呼ばれたくない」と言っていたからだろう。わざわざ訊いてきた竜帝に、リーヴァは「構いません」と了承した。
「……リーヴァ」
竜帝は万感の思いを込めて番の名を呼んだ。
「私の妻となるよりも過酷な道を歩むと分かっていても、永遠だと分かっていても、貴女はその男の手を取った」
竜帝は諦念を込めて呟いた。
「……貴女の幸福は、私ではなくその男と共にあるのだな」
「ええ」
リーヴァは迷う事なく頷いた。
「貴女の言うように、余はメロヴィーク帝国の統治者、竜帝ファヴニールだ。いつまでも番に囚われ続ける訳にはいかない。民には勿論、貴女からもこれ以上失望されたくはない」
竜帝は一旦目を閉じた。次に開いた金の瞳は、美丈夫な人型になってさえ本性を思い浮かべ彼に生理的嫌悪感しか抱けないリーヴァでさえ見惚れるほど美しく輝いていた。
「シグルズ・ヴェルスング」
竜帝はシグルズに対して初めて「お前」ではなく名前で呼んだ。
「余の番を妻にしたのだ。不幸にしたら絶対に許さない」
竜帝といえど真に世界最強のシグルズをどうこうできるはずがない。それを分かっていても、きっと言わずにいられないのだ。
「あなたの番であるリーヴァを妻にした事を謝る気はありません、竜帝陛下。運命で定められた伴侶でなくても、私もリーヴァを愛しているから」
謝ってしまえば、リーヴァへの想いを間違っていると認めるようなものだから。
「永遠の苦痛に勝る幸福を私はリーヴァと築いていきます」
「……よくも言う」
竜帝は最初呆れ顔だったが、ふと真面目な顔になった。
「だが、そこまで言うのなら証明してみろ」
「ええ。あなたが亡くなる時に現われて、こんなに幸せなのだと見せつけてやりますよ」
「……お前、本当に嫌な奴だな」
真顔で淡々と告げるシグルズに、竜帝は心底嫌そうな顔になった。
世界最強の帝国の統治者に、こんな顔をさせられるのはシグルズだけだろう。
竜帝は気を取り直してリーヴァに笑顔で向き直った。
「さようなら、リーヴァ」
「さようなら、ファヴニール様」
リーヴァはスカートを摘まみ上げると美しい一礼をした。
アースラーシャ王国とメロヴィーク帝国の境にある森でシグルズとリーヴァは暮らし始めた。
竜帝の番であり、竜帝妃となるはずだったリーヴァ・アースラーシャ王女は、メロヴィーク帝国に着いた途端、病に罹り死んだ事になった。番である竜帝ではなくシグルズと結婚した以上、世間的には死んだ事にするしかないのだ。
シグルズも王命により婚約解消させられても愛する元婚約者の死がショックで亡くなったという事にした。世間的には死んだ事になったリーヴァと共に生きるためには、自分も「死ぬ」必要があったのだ。自分の家族とアトリは真実を知っているが。
自分とリーヴァは「死んだ」とはいえ祖国には大切な人達がいる。世界征服のための「兵器」になるつもりは欠片もないが、祖国を他国から守りたい気持ちはある。
アースラーシャ王国を他国からの脅威から守るために防御結界を張っておいた。
新たな国王となったアトリは「自分が生きている間だけでいい」と言った。
「どんな国もいずれ滅びる。永遠に祖国を守れとは強要できない」と。
確かに、今は有能な国王や宰相がいるが未来は分からない。いくら祖国でもクズな国王や臣下がいる国など守りたくはない。
「わたくし幸せよ、シグルズ」
王女としての責務から解放され、生理的嫌悪感しか抱けなかった竜帝とも結婚せずにすんだ。
日当たりのいい窓辺に置いた椅子に座り、膨らんできたお腹を撫でて幸せそうに微笑むリーヴァは、本当に美しかった。
「ええ、私もですよ、リーヴァ」
床に座り、リーヴァのお腹に顔を寄せたシグルズも同じように幸せそうな笑みを浮かべた。
この時の二人はまだ知らない。
今リーヴァのお腹にいる娘が十六年後、竜帝に一目惚れし、彼の妻になりたくて帝国で騒動を起こす事を――。
そんな未来を知らぬ二人は、今はただ現在の幸福を享受するだけだった。
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