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「わたくしが消えたら竜帝や臣下達に問い詰められるでしょう。その前に、結婚の承諾をとりにとか何とか言って、あなたの両親の元に行くか、他の所に行っていて」

「……姫様は、どうなされるのですか?」

「わたくしの事はいいわ。あなたは自分の事だけを考えていて」

「そういう訳にはいきません。ご懐妊なさっているのなら尚更ですわ」

「本当に、わたくしは大丈夫よ。竜帝ですら破れない防御結界を張れるようにあったわたくしよ。危険などないわ」

「悪人からの危害から身を守れてもそれ以外は? 転移魔法は使えないのでしょう? 歩いてシグルズ様の元に戻られる気ですか? ただでさえ妊娠で体調が万全ではないのに」

 グートルーネの言う事は一々尤もで、リーヴァは反論できず口籠った。

「……それでも、ここにいる訳にはいかないわ」

 やっとの事で返した反論だが、とてもグートルーネを納得させられるものではないのは、言ったリーヴァ自身が一番分かっていた。

「それは分かります。だから」

 グートルーネはリーヴァが驚くような提案をしてきた。

「私やエッツェル様と一緒にアースラーシャに戻りましょう」

 グートルーネは最近になってドゥンガ将軍を「エッツェル様」と名前で呼ぶようになった。

「一度はアースラーシャに戻るつもりだったんです。両親からエッツェル様との結婚の承諾を貰うために。だから、姫様も私達と一緒に」

「あなたとドゥンガ将軍を巻き込むつもりはないわ」

 ドゥンガ将軍の転移魔法であっという間に帝国に着いた。戻るのもそうすればいいとグートルーネは考えたのかもしれないが、祖国に帰ったら二度と帝国には戻る気はない。リーヴァの出奔に手を貸した事になれば彼は竜帝や臣下達に責められてしまう。

 グートルーネの夫なるだけでなく、竜帝を除けば獣人で唯一リーヴァに親身に接してくれていた彼をそんな目に遭わせたくはない。

 そう思って拒絶するリーヴァに、グートルーネは意外な事を言いだした。

「私とエッツェル様なら喜んで巻き込まれます」

「どういう事?」

 乳姉妹であるグートルーネならリーヴァのために動いてくれるのは分かる。だが、いくら両親の事があってリーヴァに親身になってくれていてもドゥンガ将軍は竜帝の臣下だ。彼を裏切る事などできないだろう。

「結婚の承諾を貰いに私とエッツェル様がアースラーシャの私の両親を訪ねる事、姫様が『ご病気』の国王ご夫妻を見舞う許可は、すでに竜帝陛下から得ております」

 この話をする前から、すでにグートルーネとドゥンガ将軍はリーヴァと一緒にアースラーシャに行くつもりだったようだ。さすがにリーヴァの妊娠は予想外だっただろうが。

「エッツェル様は、姫様をアースラーシャに、シグルズ様の元に連れて行ったら、二度と帝国には戻さないと仰っていました」

「どういう事?」

 リーヴァは先程と同じ言葉を繰り返して答えを求めた。

「番とはいえ、いえ番だらこそですね、竜帝陛下は姫様が気になって政務に身が入らないようです。だから……その……姫様が竜帝陛下に悪影響を与えていると、エッツェル様だけでなく他の獣人の方々も危惧されています。

 竜帝陛下との婚姻はまだなのだから、いっその事、姫様を殺してしまえという過激な意見もあるそうです。尤もこれだけの防御結界を張れる姫様ですから命の危機は回避できるでしょうが」

 獣人は番の事となると我を忘れる。

「生理的嫌悪感しか抱けない」と言われ、ずっと無視されても竜帝はリーヴァを想い切れないのだろう。

 尊崇の対象である竜帝陛下が人間の小娘一人に振り回されている姿など獣人達はきっと見たくないのだ。

「……獣人の方々のお気持ちは、分からなくもないわね」

 いくら命を狙われても彼らを恨む気にはなれない。

 竜帝を愛せない以上、獣人から好かれない覚悟はしていたし、自分が彼らの立場なら同じように考えただろうから。

「ともかく姫様の存在は、竜帝陛下や帝国にとって害にしかならないとエッツェル様や他の獣人の方々は考えておられるようです」

「だから、竜帝陛下を裏切る事になっても、わたくしをアースラーシャに連れて行った後は帝国に戻す気はないというのね」

 リーヴァは、しばしの沈黙の後、頷いた。

「分かったわ。あなた達と一緒にアースラーシャに帰るわ」

 シグルズと合流したら帝国には二度と戻らないつもりだったが、竜帝ときちんと話し合って別れよう。

 グートルーネやドゥンガ将軍、そして他の獣人達、リーヴァを帝国から追い出す事になった彼らが責められないように。

 獣人達と同じように、リーヴァ自身も思っているのだ。

 リーヴァは竜帝の傍で生きるべきではない。

 リーヴァ自身が竜帝の傍にいたくないからだけではなく、番でありながら竜帝を愛せない以上、彼に悪影響しか与えられないからだ。

 帝国の統治者がたった一人の女に振り回されるなど、あってはならないのだから。



















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