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「よく来てくれた。我が番」

 転移魔法でドゥンガ将軍とグートルーネと共に現れたリーヴァを喜色満面で出迎える竜帝に彼女は冷たい視線を向けた。

「来たくて来たのではありません。本当なら生涯二度と会いたくなどなかったですわ」

「何て事を!」

「いくら竜帝陛下の番様とはいえ!」

 リーヴァを、竜帝の番を出迎えるために竜帝と共に皇宮の庭に集まっていた獣人達は彼女の発言に気色ばんだ。

「……姫様」

「……王女殿下」

 心配そうな視線を向けてくるグートルーネとドゥンガ将軍には申し訳ないが、自分の立場が悪くなろうとリーヴァは竜帝に愛想よくする気は毛頭ない。

 祖国のために来たくもない竜帝の元に来た。

 いずれは必ず去るが、それまでに思い知らせたいのだ。

 運命で定められた番だろうと、自分は絶対に竜帝を愛さないと。

 権力で、リーヴァを祖国から、愛する婚約者から引き離してくれた。

 その仕返しをさせてもらってもいいはずだ。

「……余は会いたかった」

「番だから?」

 リーヴァは嘲笑した。穏やかで優しいと評判の王女殿下が初めて見せた嘲笑だった。

「番だから、わたくしに会いたかった?」

「そうだ。貴女は余の運命の伴侶、唯一無二の存在つがいだ」

「だから? それで、わたくしが生理的嫌悪感しか抱けない爬虫類もどきを愛せるとでも?」

 リーヴァの発言に、この場の空気が凍った。

 獣人の尊崇の対象である竜帝陛下に向かって「爬虫類もどき」と言い放ったのだ。皆、驚くとか怒るというよりは絶句したようだ。

「……余は竜であって爬虫類ではない」

「わたくしには同じです」

 すぐに我に返った竜帝が反論してきたがリーヴァは素っ気なく答えた。

「言ったはずです。運命で定められた番だろうと、わたくしは、あなたを愛せないし愛さない。ここに来たのは、ひとえに祖国のためです」

 決して、竜帝の花嫁になりたいからではない。

「……無理矢理、貴女との結婚を強要する形になってしまったかもしれないが」

 突然そんな事を言いだす竜帝にリーヴァは呆れた。

「『かもしれない』ではなく、でしょう。弱小国の王家が世界最強の帝国の統治者に逆らえるはずがないのだから」

「……貴女は余の番だ。卑怯でも何でも、余の持てる全てを使って貴女を手に入れたかった」

「だから? それで、わたくしを祖国から、愛する婚約者から引き離した事を許せとでも?」

 リーヴァは人間で、どうしようもなく番を求めてしまう獣人の本能を理解できない。

 だからといって、「番だから」で全てを許せと言われるのは我慢できなかった。

「余は誰よりも貴女を愛するし、幸福な生活も約束する。だから」

 不敬になるだろうが(今までの発言が充分そうだっただろうが)、リーヴァは竜帝の言葉の途中で言い返した。

「あなたから与えられる愛も幸福も、わたくしは要らない」

 だって、無意味だから。

 生理的嫌悪感しか抱けないモノに愛や幸福を与えられて何の意味があるのか?

「あなたから与えられる物は何一つ欲しくない」

 竜帝は何とも悲しそうな顔になったが、リーヴァは絆されたりなどしない。

「番だろうと絶対に愛さない」と言い放ったリーヴァを権力で無理矢理自分のもとに連れてきたのだ。

 リーヴァに、これだけ言われる事くらい覚悟すべきだ。

「いくら竜帝陛下の番様とはいえ、あまりにも不敬な発言が多すぎます!」

 ここに現れてからのリーヴァの発言に我慢できなくなったのか、獣人の一人が喰ってかかってきた。

 他の獣人は黙っているが、リーヴァに向ける目は何とも冷たいものだった。

 覚悟していた事だ。

 だから、これくらいでへこんだりはしない。

「気に入らないなら、どうぞわたくしを祖国に戻してくださいな」

 毅然と顔を上げてリーヴァは言った。

「貴女を祖国に戻したりはしない。貴女は余の番だ」

 竜帝はリーヴァにそう告げると、この場に集う獣人達を見回した。

「彼女は余の番だ。危害を加える事は勿論、無礼な言動も許さない」

「けれど、竜帝陛下!」

 反論しようとする獣人の一人を竜帝は眼差し一つで黙らせた。

「余に逆らうのか?」

「……いいえ」

 この場にいる獣人全員がこうべを垂れた。

 視線一つで臣下を黙らせるとは、さすがは帝国を建国した偉大なる統治者だ。

 統治者としての竜帝は尊敬に値するとは思う。

 けれど、運命の伴侶、番とは絶対に思わないし認めない。

 そんなリーヴァに対して獣人達は当然思うところがあるようだが、竜帝に「余の番に無礼な言動は許さない」と言われて何も言えなくなったようだ。

 別に庇ってくれなくてもよかった。

 ならば、誰も危害を加える事ができないのだから。

 それを抜きにしても、竜帝を決して愛せないし愛さない自分が都合のいい時だけ庇ってもらうのは卑怯だろう。

「ああ、そうだわ。言っておくけど、わたくしの侍女は、ここにおられるドゥンガ将軍の番だから。彼女に何かしたら彼が許さないでしょう」

 竜帝が釘を刺したからリーヴァに何もできない鬱憤を侍女であるグートルーネに向けるかもしれない。自分が傍にいれば彼女を守ってあげられるが、いくら何でも四六時中、傍にいられない。自分がいない時に彼女に危害を加える獣人がいるかもしれない。

 だから、わざとグートルーネがドゥンガ将軍の番だと告げた。

 獣人にとって番は絶対だ。どれだけ理性的な獣人でも番が係れば我を忘れるという。

 番であるグートルーネを害した者がいれば、ドゥンガ将軍は必ず報復するだろう。

 メロヴィーク帝国の将軍で公爵、竜帝陛下の片腕で親友、そんな彼を敵に回す者などいないはずだ。

「ひ、姫様」

 リーヴァの「トゥンガ将軍の番」発言で、この場にいる獣人達は驚愕の視線を一斉にグートルーネに向けたため、彼女は恥ずかしそうな困ったような様子だ。

「そう、俺の番だ。彼女に何かしたら、俺が許さない」

 グートルーネを守るように彼女の前に立つとドゥンガ将軍は毅然と言い放った。








 

 













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