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 この世界には人間や獣人に魔力がある。

 獣人は人間に比べれば遙かに数は少ないものの人間以上にすぐれた身体能力も持っている。

 彼らには、運命の伴侶、つがいという存在がいる。

 自国で番を見つけられない時は、他国にまで足を延ばして探すのだという。

 そんな事、自分には何の関係もないと、アースラーシャ王国の王女リーヴァは思っていた。

 竜帝りゅうていファヴニールがリーヴァに向かって「貴女こその番だ!」などとのたまうまでは――。




 アースラーシャ王国の国王ブドリ、リーヴァの父親の誕生日会だった。

 長く真っ直ぐな銀髪と瑠璃色の瞳、小柄で華奢な肢体の絶世の美少女、王女リーヴァは、愛する婚約者シグルズと会場の片隅で談笑していた。

 そんな時、こちらに近づいてくる金髪金目で逞しい長身の美丈夫に気づいた。人の形をとっていても人間とは違い彼の耳は尖っている。

 メロヴィーク帝国の統治者、竜帝ファヴニールだ。

 一千年前、人間が大半を占めるこの世界で迫害されていた獣人の安住の地、メロヴィーク帝国を興したのが、獣人の中でも最も希少で絶大な魔力を持つ竜族ファヴニールだ。以降、彼は竜帝陛下と呼ばれるようになる。

 その圧倒的な美しさと存在感は、さすがは帝国を建国した統治者。人間獣人問わず大半の者は目を奪われるのだろう。

 だが、ある理由で「大半の者」にはなれないリーヴァは、竜帝を視界に入れないようにしていたというのに、なぜか向こうから近づいてきて視界に入ってくるのだ。

(こっちに来ないで!)というリーヴァの願いは天には聞き届けられなかったようで、竜帝はよりによってリーヴァの目の前でとまった。

 それだけではなく、とんでもない事を宣ったのだ。

「貴女こそ余の番だ! 余と結婚してほしい!」

 竜帝ファヴニールは、誰もが聞き惚れるだろう低音の美声で叫んだ。

 各国の要人が多数集まった舞踏会場は、世界最強の帝国の統治者、竜帝陛下の番認定と求婚に、まさに水を打ったように静まり返った。

 この状況では誤魔化すとか、なかった事にするなど、とてもできない。

 内心リーヴァは舌打ちしながら、それでも一縷の望みをかけて言ってみたのだ。

「……竜帝陛下、お言葉ですが、わたくしには婚約者がいるのです」

 リーヴァは隣に立つ自分の婚約者シグルズを視線で示した。

 シグルズは竜帝の番認定と求婚に驚いて固まっているようだ。

 シグルズは黒髪黒目で均整の取れた長身の美形だが、絶世の美少女であるリーヴァや超絶美形な竜帝に比べれば見劣りする。

 竜帝は一瞬だけシグルズに視線を流すと再びリーヴァに向き直った。

 それだけで、竜帝にとってシグルズは、その目に映す価値もないのだという事が丸わかりだ。

「だが、余の番は貴女だ。貴女の夫になるべきなのは余なのだ」

(……勝手な事を)

 リーヴァは心の中で悪態を吐いたものの、面と向かっては言わなかった。

 言えないのだ。

 国土も小さい上、武力も弱小のアースラーシャ王国。それに比べて、アースラーシャ王国の隣国、メロヴィーク帝国は世界最強だ。弱小国のアースラーシャ王国の人間が束になっても敵う訳がない。

 どれだけ嫌でも竜帝からの申し出なら断れはしない。

 相愛の婚約者がいても……また決して竜帝を愛せない事が確実でも、公式の場でされた竜帝の求婚を断るなどできはしない。

 だが、それでも――。

「……まず、わたくしとお話ししましょう、竜帝陛下。その上で、本当にわたくしと結婚したいのか、ご一考ください」

 娘への求婚に国王夫妻が、こちらに歩み寄って来たが、リーヴァは、まず自分と話してほしいと懇願した。

 良くも悪くも平凡で決して悪い人間ではない両親だが、それ故に国王や王妃としての資質には大いに欠けている二人だ。世界最強の帝国の統治者からの申し出なら一も二もなく頷くに決まっている。

 それでは困るのだ。

 悪足掻きであっても、ぎりぎりまで抗わなければ、この嫌悪感しか抱けないモノと結婚しなければならなくなるのだから――。

「貴女が望むなら、そうしよう」

 竜帝は頷いた。




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