腐女子令嬢は再婚する

青葉めいこ

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親友

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「宰相と結婚するんだって?」

「耳が早いわね。これから報告しようと思っていたのに」

 自宅の居間で向かい合った美丈夫にエウリは普段では遣わないくだけた言い方と普段では決して見せない寛いだ表情で対した。

 自宅とはいっても、この館の持ち主は目の前の彼、パーシーだ。二年前同居してからエウリにとっては我が家も同然になった。

「当然だろう。この帝国で俺以上に早く情報をつかめる者などいやしない」

 パーシーことパーシアス・ティーリュンス公爵。二十八歳。現皇帝アムピトリュオンと宰相の正妻カシオぺアの異母弟である。

 前皇帝と当時フェニキア公国の公女だった現在の皇太后との間に生まれたのが現皇帝とカシオペアの兄妹。パーシーだけ母親が違う。

 皇族の特徴である金髪と青氷色アイスブルーの瞳は日に焼けた肌に不思議と似合っている。

 逞しい長身の超絶美形。

 外見だけを見れば超絶美形であっても男らしさが強く出ている彼はエウリが最も苦手とする部類の男性だ。

 だが、どういう訳か彼はエウリが心を許している唯一の男性になった。

 それは、パーシーが男色家で女性の大部分に敬意を払っているからだ。自分を絶対に傷つけない相手だからこそエウリも彼に心を許せたのだと思う。

「そうね」

 ティーリュンス公爵。

 彼のような臣下に降った皇子が受け継いできた称号のひとつだが、中でも「ティーリュンス公爵」は特別だ。

 表向きは広大な領地と多額の年金を与えられ悠々自適に暮らしているように見えるが、実態は帝国内外で諜報活動を行う諜報機関、帝国情報局の長官である。「影の皇帝」とも言われ皇族の中でも優れた者しかなれない。

 帝国の中でも「ティーリュンス公爵」の真実を知る者は少数だ。エウリは彼と出会った二年前に、それを知ってしまった。

「だが、なぜ、結婚する事になったんだ? 確かに彼が一番好みの顔だと言っていたが」

 不思議がるパーシーにエウリはオルフェと結婚する事になった経緯を話した。

「……君の姿が好きか……」

 パーシーは、ぽつりと呟いた。

「君が再婚話に辟易していたのは知っていたが、再婚相手によりによってオル……宰相を選ぶとはな。まあ、君なら、あの姉相手でも負けないだろうが」

「いいじゃない。外見が一番好みの上、私の高飛車な結婚条件さえ受け入れてくれたのよ。そんな人、他にいないわ」

「俺がいる。ああ、勿論、外見は君の好みからほど遠いのは分かっている。だが、親友になれるくらいなら毎日見ていても平気だろう。ハークの求婚を断りたかったのなら、俺と結婚すると言えばよかったんだ」

 パーシーの言う通り離婚した直後からひっきりなしにくる再婚話に辟易していた。

 パーシーの提案通り、ハーキュリーズの求婚を断るのに彼との再婚を考えなかったわけじゃない。それがエウリが考えた最終手段だ。

 臣下に下ったとはいえ皇族であるパーシー相手では、ハーキュリーズでも太刀打ちできないだろうから。

 けれど、それは、できれば避けたかった。

「アリスタ様との離婚で、あなたにはもう充分すぎるほど迷惑をかけたわ。これ以上迷惑をかけたくない」

 エウリの全てを知っても親友だと言ってくれる彼には――。

(何より、「彼女」を悲しませたくない)

 エウリは心の中だけで呟いた。「彼女」が心の奥深くに秘めている想いだ。口にすべきではない。

「エウリ」

 パーシーは改まった顔で呼びかけた。

「宰相の母上、カリオペイア様はクレイオの姉というだけでなく養父の従妹で母の親友だった方だ。

 母上が亡くなった時だけでなく、それ以降も俺を気にかけてくださっている。あの方を騙すのは胸が痛む。今からでも遅くない。宰相ではなく俺と結婚しないか? 俺ならハークも諦めるだろう?」

「ハーキュリーズ様にも、あなたと同じ事を言われたわ。私は嫁としてできるだけ尽くすから許してと言ったわ」

「……結婚をやめる気はないんだな」

「オルフェ様も私も互いに納得して結婚するのよ。それに何より、あの方を見ているとネタに困らないもの」

 白い手を胸の前に組み夢見るような表情をうかべたエウリは美しかった。大半の男性ならば、その姿を見ただけで彼女に恋するだろう。

 だが、幸か不幸か男色家のパーシーは「大半の男性」には入らない。いくら眼福であっても、エウリが何を考えているのか誰より理解しているので、げんなりした顔になった。

「……君が何を思って自分と結婚したか知ったら、オルフェ、ショック死するな」

 心から同情して呟くパーシーの声など聞こえない様子で、エウリは彼にとっては聞くに堪えない妄想を垂れ流し始めた。

「特に皇帝陛下と並んだ時のあのお姿! あそこまで見目麗しい男性カップルって見た事ないわ!」

 異母とはいえパーシーの兄である皇帝陛下は、やはり彼に似た超絶美形だ。オルフェのような性を感じさせない美貌ではないが、精悍な印象のパーシーよりも線が細く優雅で優美な印象だ。

 エウリは外見だけならパーシーには悪いが皇帝陛下のほうが、ずっと好みだ。

「オルフェ様って公式の場では無表情だけど、まあ、あの方の美貌にはそれが似合うんだけど、寝室で陛下と二人きりの時には悪役も真っ青な酷薄な笑顔で、陛下にあんな事やこんな事とかしちゃうんだろうな。

 いや、逆に陛下がオルフェ様に、あんな事やこんな事をしてもいいかな。むしろ、オルフェ様の美貌なら真っ青なお顔で、それでも毅然として拒絶する姿のほうが似合うわね」

「だあっ! 高潔な兄上をお前の穢らわしい妄想の餌食にするんじゃない!」

 今まで「君」と言っていたのに「お前」になっている。

 パーシーは「こいつが女でなければ殴りたい!」と言いたげにエウリを睨みつけている。

 皇帝陛下はパーシーにとって兄というだけでなく唯一無二の至上の存在。

 エウリの妄想話に我慢できなくなるのは当然だろう。

「……ごめんなさい。私ったら、つい」

 エウリの全てを知っている彼の前だと、ついこうなってしまう。

 エウリの妄想が皇帝陛下に及ばない限りパーシーはげんなりした顔をしながらも一応最後まで聞いてくれる。そして、最後には決まって呆れ顔で「終わったか?」と訊くのだが。

「……君のこの一面を知れば、ハークも君への想いを即行で消滅させるだろうよ」

「じゃあ、そうしようかしら?」

 他人から見れば妙な妄想をする変な女でも、これもまたエウリの一面だ。というより人生を懸けた仕事に役立つ以上、エウリの核ともいえる部分だ。

 エウリを外見だけでなく愛しているというのなら受け入れてみせればいい。

「……ああ、でも駄目。知られたら絶対に追い出される。せっかくのネタが……」

「……俺には理解不能だが、君の本、今回も好評だった。プロイトス出版の社長としては、宰相の傍にいてネタが尽きないなら喜ばしい事だな」

 元々とある本の影響で男性同士の恋愛を主題にした本、ボーイズラブ、通称BLビーエルが大好きだった。そのお陰で男性への恐怖が克服できたのだから。

 それが妄想にまで発展し小説を書き始めたのは、夜会で見たオルフェと皇帝陛下が並んだ姿の麗しさ故だった。

 養父母の事は好きだ。けれど、エウリは早く男爵家から出たかった。

 一番円満に男爵家を出る方法は結婚だが「子供だけは絶対に作らない」とエウリは決めているので三年後に嫁ぎ先を追い出されるのは分かっていた。男尊女卑の帝国で子供を産めない嫁は嫁いでから三年後には実家に戻されるのが一般的だ。

 男爵家にはいたくない。けれど、どうせすぐに嫁ぎ先を追い出される。

 だから、エウリは男性恐怖を克服させてくれた本の出版社に自分の妄想を書いた小説を送った。

 養父母に引き取れる前の生活には絶対に戻りたくなかった。

 妄想を小説にして、それでお金をもらって生きていければいいなと軽く考えたのだ。

 それであっさりと出版が決まり今では「アネモネ・アドニス」というペンネームを持つBL専門の作家になったのだから本気で作家を目指す人間が聞けばどう思うだろう?

「アネモネ・アドニス」の正体は隠している。養父母の事を考えると養女とはいえ娘がBL専門の作家になったなどと公言できないだろう。何よりエウリは複雑な事情を抱えている。それを絶対に暴かれたくないのだ。

 エウリが小説を送った出版社の社長がパーシー、BL部門の編集長がクレイオだった。

 先代のティーリュンス公爵、クレイオとその夫ピエロス・マグニシア、そして帝国が世界に誇る作家ペイア・ラーキと挿絵画家ルペ・キャット。

 三十七年前に彼らが設立したのがプロイトス出版だ。プロイトスは出資金を全額出した先代のティーリュンス公爵の名前である。

 男色家のくせに、いや、そのせいかパーシーはBLが苦手だ。

「……これ、本当に女性が書いたのか? あまりにもえげつない」

 小説とはいえ現実では起こりえない話の展開がどうも受け付けないらしい。

 だが、BLはプロイトス出版の売り上げの大部分を占めるためパーシーの一存では撤退できないのだ。それだけでなくBLを書く作家の大半は女性だ。女性に敬意を払う彼が彼女達の生活の糧である仕事を奪えるはずがない。

「君ほどの文才があれば何もBLに拘る必要はないだろうに」

「今のところ、妄想できるのはBLだけなのよ。そうね。いずれははペイア・ラーキ様のようにBL以外も書けるようになるといいわね」

 ペイア・ラーキはBLだけでなく、あらゆるジャンルの小説を書き高い評価を得ている。その正体は知られていない。

 エウリはペイア・ラーキの本を読んで男性への恐怖を克服できた。

 プロイトス出版の繁栄はぺイア・ラーキのお陰と言っても過言ではない。どんなにいい条件を提示されてもペイア・ラーキは自分が書いた小説を出版させるのはプロイトス出版以外認めないからだ。

「ねえ、いつかペイア・ラーキ様に会わせてね。お二人には感謝を伝えたいの」

 ペイア・ラーキには男性恐怖を克服できたお礼を。

 ルペ・キャットには、いつもアネモネ・アドニスの本に挿絵を描いてくれるお礼を。

 ルペ・キャット。

 ペイア・ラーキ同様、帝国が世界に誇る正体不明の挿絵画家。

 ペイア・ラーキの本の挿絵は全てルペ・キャットが描いている。

 そして、アネモネ・アドニスの本の挿絵も描いてくれた。本が売れたのは、ルペ・キャットが挿絵についてくれたのも大きいのだ。かといって、エウリが、アネモネ・アドニスが書いた話が売り上げに全く貢献していないとは思っていない。

 ルペ・キャットが挿絵についてくれたくらいアネモネ・アドニスが書いた話は魅力的だったのだと、そう思っている。

 実際ルペ・キャットはペイア・ラーキと違い他の出版社でも挿絵を提供するが、それは気に入った話に限る。どんなに有名な作家が書いた本でも気に入らない限り挿絵は絶対に描かないのだ。

「……お二人がいいいいと言ったらな」

 二代目とはいえプロイトス出版の社長であるパーシーはペイア・ラーキとルペ・キャットの正体を当然知っているらしい。

 親友とはいえとはいえ、いや親友だからこそ、ずかずかと秘密に土足で踏み込むような真似はしたくない。だから、エウリはパーシーに二人の正体を教えろと迫る事はしない。

「あ、そうだ。私とオルフェ様の結婚式には必ず来てね。私もオルフェ様も二度目だから盛大にはしないけど皇帝陛下はいらっしゃるから」

「……義弟というだけでなく大切な臣下で友人の結婚式だ。兄上はいらっしゃるだろうな」

「大半の貴族がする政略結婚ですらない神を冒涜するような結婚でも私が唯一男性で親友だと認めたあなたに見届けてもらいたいの」

「……君がどんな事をしても、どんな重荷を背負っていても、君は俺にとって大切な親友だ。それは、生涯変わらないよ」

「……ありがとう」

 嬉しそうに、どれでもどこか切なげに微笑んだエウリは美しかった。






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