異能力正義社

アノンドロフ

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桐島凧

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 俺は、確かにあのとき死んだ。死んだ、はずだったのだが。
 意識が戻った時には身体の痛みがなくなっていて、柔らかいものに包まれているように感じた。ここが死後の世界かと目を開けると、見覚えのある天井が広がっていて、彼のために買ったベッドの上にいるのがわかった。
「なんで……」
「おお、ようやく目覚めたか」
 全く知らない声。その声が聞こえた方へ目を動かすと、声の主らしい中年男性がちょうど椅子から立ち上がるところだった。
「勝手に部屋に入ってすまない。私には、重要な任務があってだね。何としてでも、桐島凧に会う必要があった」
「はぁ……」
 意味が分からない。この男は、先の奴等の関係者なのか。だとすれば、なぜこの男は一人でここにいるのか。そもそも、彼はどこにいるのか。奴等から逃げられたのか──。
 ──頭が痛い。
 そんな俺を見かねてか、この男は先ほどまで座っていた椅子をベッドの横まで運び、静かに腰を下ろした。
 しばしの静寂。おかげで何とか落ち着くことができたので、この男に話を促す。
「で、一体あんたは誰だ。あの男達の仲間か?」
「あの男達……とは、誰のことを指しているのかわからんが。私は金堂道筆こんどうみちふで──とある機関に勤めている」
「……では、目的は何だ? なぜ、俺に会う必要があったんだ?」
 「とある機関」という部分に対しても詳しく訊きたかったのだが、伏せたということは何か理由があるのだろう。
 この男──金堂道筆の所属よりも、その任務についての方が、今知っておくべきことのはずだ。
 金堂は一瞬だけ視線を逸らせた後、口を開いた。
「それは……君がとんでもないことをしでかしたからだ」
「とんでもないこと……?」
 とんでもないこと。考えられるのは、ホムンクルスを生み出したことか。
 そうだとすれば、ホムンクルスについての情報は、想像以上に流出しているということだろうか。
「その通り。ソレの作り方に関しては、全く出回っていないようだがね。しかし、もしソレが誰でも作れるようになってしまっては、私たちが非常に困る。……君が出した異能力に関する論文。私も読ませてもらったのだが、あれも私たちにとっては迷惑でしかない」
「それは……能力者の存在が広まるからか?」
「いや、それは違う。能力者の存在自体は、裏社会ではすでに知られていることだ。問題は、今まで確かでなかった『異能力の循環』についてを、君が確定してしまったことだよ」
 『異能力の循環』──死んだ能力者の能力は、そのときに生まれた人に継承される。
「君がその事実を公開してから、犯罪組織による能力者狩りが活発になっている。今までは異能力が使える者だけが狙われていたのが、最近では誕生日だけで狙われるようになっているんだ。あと、ホムンクルスの情報が欲しがられているのも、従順な能力者を作るためだよ。そうなれば、世界の均衡は今よりも酷くなる」
 金堂道筆は、軽く息を吸った。
「だから、私たちは桐島凧とホムンクルスを消すことにした。──少なくとも、私は君を殺すつもりで来た。それが、ここに来てみるとどうだ。君はすでに死んでいるし、肝心のホムンクルスはどこにいるのかがわからない。仕方がないから、君をこうして一時的に蘇らせた」
 金堂道筆は、どこか期待に満ちた瞳を俺へと向ける。
「ホムンクルスは、今どこにいるんだ?」
 残念ながら、俺も知らない。首を横に振ると、舌打ちされため息もつかれた。ひどい。
「仕方ない。君、探せ。とりあえず、半年ぐらい時間をやれば大丈夫か?」
「いや、しかし俺は……」
「自分の罪は自分で償え。別に、私が面倒くさいからではないからな」
 別に、探しに行くのが嫌だということではない。ただ……。
「俺は、病によってあと少しで死ぬ。こうして、蘇らせてもらえたのには感謝するが……ん?」
 蘇らせた? どうやって?
「まさか……」
 金堂道筆は、口角を上げる。
「おそらく、君が想像している通りだ。私は、自分の寿命を他者に譲渡することができる。君と同じように、能力者だよ。しかし、病に悩まされながらの捜索は難しいな」
「……なぜ、俺も能力者であると……?」
「それは、まあ、うちにあるデータベースから? 私たちは能力者の管理も行っているのでね、君のいる組織にあるものとは比べ物にならないほどの情報がある。……ああ、そうだ」
 金堂道筆は膝を打った。
「君の異能力を使おう。君、新しく身体を作れ。そこに、自分の精神を動かすんだ」
「待て、俺の能力がまだ何なのかよくわかっていないんだが」
「そうなのか? 君のは確か、身体の乗っ取りだったはずだ。自分の精神を、人やモノに動かして意のままに操ることができる……まあ異能力を使っている間、自身の身体は生命機能を停止させることになるのだが。前の能力者は、飽きるまで身体を取り替え続けたらしいよ」
「……能力については分かったが、あんたはそれでいいのか? FZ・0027よりも雑な作りの身体になると思うが、それでもホムンクルスに変わりない。存在を消しに来たあんたが、新たに作らせてどうする」
「そこは私がうまくやるよ。これでも、それなりに権力はあるのでね。だから、君は捜索に尽力してくれ」
 「君の行く末が、良きものになりますように」これが、金堂道筆の最後の言葉だった。

◇◇◇◇

「──以上が、俺の過去の話だ」
 桐島さんはそう締め括ると、布団の上で眠り続ける柊を見つめた。
「身体を換えてからは、くまなく探したつもりだったんだがな……まさか、こんな近くにいたとは。海外まで行った意味はなんだったんだ」
 そう愚痴りながらも、表情は不機嫌そうなものではなく、むしろ微笑んでいるように見えた。
「……あの、これから、どうするつもりですか」
 桐島さんの話によると、彼が生き返った目的はこうして果たしてしまったわけで。
 桐島さんも、「そこなんだよな……」と頬を掻いた。
「最初の予定だと、こいつを連れて山にでも引きこもろうかと思っていたんだが……それをすると、お前もこいつの上司も困るだろうし、それ以前にこいつに嫌がられると思う」
「──そうですね。俺も、できればやめてほしいです」
 しかし、その金堂道筆さんはホムンクルスの存在を公にしたくなかったから、桐島さんに柊の捜索を命じた。だから、柊をどこかへ隠すのが正解なのではないか……?
 ……いや、違う。金堂さんと桐島さんの話は、十年以上前のものだ。そのときから今まで、柊が尾十切以外に狙われなかったのは──。
「そっか、赤川だ」
「……赤川?」
 怪訝そうに、聞き返された。そうか、桐島さんは社長のことを知らないのか。この人もかつて会ったことのあるあの人の、現在のことを。

「──正八?」
 赤川の話をしようとしたのと同時に、柊が目を覚ました。
 まだ寝ぼけているようで、自身の隣に座る桐島さんには気付いていないみたいだ。チョーカーを着けて、髪を束ねて、大きく伸びをして──。
「うわあ⁉」
 ようやく気付いたようだ。
「え? え? カイトさん? え、なんで? うそだろ?」
 取り乱す柊をなんとか落ち着かせて、ようやく親子の再会となった。
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