異能力正義社

アノンドロフ

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柊カイト

03

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 昨夜のことは、何も覚えていない。
 いつの間にか、外が明るくなっていた。
 床の上で寝ていたせいか、体中が痛い。
 体を伸ばすと、肩の関節がゴリッと音を立てた。
「……」
 今日も、俺は生きている。
 生きて、しまっている。
 ある程度の準備を済ませ、おばちゃんに顔を見せずに外へ出て、急いで仕事場へと向かった。

 あそこは、俺の安全基地。
 昨日のことを忘れられる、唯一の場所。
 事務室のドアを開けると、いつものように皆が笑顔で迎えてくれる。
 いつものように、「俺」を忘れることができる。

 荒い呼吸をしずめ、俺は勢いよく。
 ドアを開けた。

「──、うわぁあ!?」
 何が起きた何が起こった誰がやった誰にやられた嘘だ嘘だ嘘だ──!
 
 異能力正義社の事務室。
 いつも皆がいる場所。
 そこが、血の海となっていた。
 全員が床の上に倒れ、机から落下した物の破片と共に、赤い水溜まりに突っ伏していた。
 足に力が入らない。廊下に崩れ落ちるように座った。
 何をどうすればいいのか、頭が回らない。
「──うわ!?」
 背後から、聞き覚えのある声がした。
 振り返ってみると、買い物袋を持った正八が立っていた。顔面が硬直している。
 よかった……全員じゃなかった。
「柊、ここで何があった!」
「俺が来たときには、もう……」
「そうか」
 正八は俺に買い物袋を持たせ、部屋に足を踏み入れる。
「とりあえず、赤川と純一を探す。この二人さえ生きてたら、他のやつらも大丈夫だ。お前はそれを持ってろ」
 正八はきっと、俺が目の前の惨状に怯えて動けないのを察してくれたのだろう。俺も何かをしなくてはと思ったが、恐怖が頭を支配していた。
 俺は、犯人を知っている。
 尾十切だ。
 あいつが、俺が向こうに置いてきたセキュリティロボットを使ったんだ。
 そうでなければ、こいつらがやられるわけがない。
 だめだ……痛い。
 胸も、手足も、頭も、軋むように痛い。
 俺は、どうすればいい。
 俺は、どうすればいい。
 そんなことを自分に問わなくても、答えが出ていた。
 ただ、そんなことをしたくなかった。
 せっかく与えてもらった居場所を、捨てたくなかった。
 だけど、これ以上皆に迷惑をかけたくない。
 居場所を与えてくれた皆の、苦しんでいるところを見たくない。
 俺のせいで誰かが死ぬのは嫌だ。
 だから──。
「正八」
 能力で創り出した機械を滑らせる。
 機械は音をたてずに滑り続け、正八の足に当たって止まった。
「それを使え。あんたなら使い方分かるだろ?」 
 買い物袋を床の上に置いて、立ち上がる。
「頼朝が……皆が回復したら、伝えてくれ。仕事を辞める。探しに来るなと」
「え? ちょっ、柊──」
「あんたも、絶対についてくんな」
 引き留めようとする正八の手を払いのけ、俺は走った。
 はやくここから出ないと、心が死んでしまいそうだった。



 おばちゃんに部屋の鍵を渡し、何か訊かれる前に自分の部屋へと逃げ込んだ。今朝、鍵をかけ忘れていたようだ。
 ツナギを脱ぎ捨て、チョーカー──変声機を引きちぎる。
 ほどいた髪が、フワリと背中にかかる。
 ──そうだ、これでいいんだ。
 俺の名前はFZ・0027。柊カイトではない。
 俺は怪物。人間ではない。
 いい加減、現実を見ろ。
 俺は超人でもなんでもない。ただの化け物。
「──行くか」
 久し振りに聞いた自分の高い声に、はやく慣れないといけない。
 上に厚手のパーカーをはおり、窓から外へと飛び降りた。
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