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貞光さんと磯貝くんの場合。
貞光さんとキラキラ。
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キラキラしてる……。
キラキラ……キラキラ?
「昭仁、俺の顔について、どう思う?」
祖父母の家に着いてからも、磯貝のあの発言に引っ掛かっていた貞光は、ソファーの上でくつろいでいた兄に尋ねた。
兄──貞光昭仁は、何も飲んでいないにも関わらず盛大にむせた。
「昭仁?」
「じ、絢也と僕の顔が似てないのはほら、僕が父さん似で絢也が母さん似だからであって、だからあまり気にしないでいいと思うな僕は!」
「いや、そういうことが訊きたいんじゃなくて」
慌ただしく喋り出す昭仁に、ストップをかける。
貞光が幼い頃、「兄弟で全然似てないね」と近所の人に言われて気にしていたのを、兄はまだ覚えていたようだ。
「俺はただ──」
「それよりも絢也、友だちとは仲良くやってる? 土鍋、使ってくれた?」
話を遮るようにして話題を変える彼に、貞光は不機嫌そうに眉を寄せながらも、小さく頷く。
「写真あるけど、見る?」
「見る! 見たい!」
クリスマスイブにとった写真をスマホに表示させ、両手を差し出す昭仁に渡す。
昭仁はワクワクした表情で画面を見ていたが、次に顔を上げたときには不思議そうな顔をしていた。
「……なんか、絢也の今までのお友だちと系統が違う気が……」
「そうか?」
「うん。そもそも、派手な陽キャは苦手だっただろう?」
「あー……今も苦手だが。磯貝はなんというか、グイグイくるタイプじゃないからな……」
派手といっても、彼の明るい茶髪は生まれつきのものであり、性格も大人しい部類だろう。いつも笑顔で楽しそうにいるムードメーカータイプだが、それも周囲に気を配っている結果といえる。
「そう? この写真の彼は、いい表情してるけど?」
『あの日の彼の表情、見てなかったの?』
兄の言葉が、松永に言われた言葉と被って聞こえた。
言われてみれば、最近の彼は心の底から笑っていて。
そんな磯貝を見ていると、自分を「キラキラしてる」と評したのは何かの間違いなのではないかと、思ってしまった。
「絢也? 急に黙って、どうかした?」
心配そうに尋ねる昭仁に「なんでもない」と答えて、スマホを返してもらう。
暗くなった画面に、自分の浮かない顔が反射して写った。
祖父母の家から帰宅して数日後。
冬休みも明けて、久し振りに大学の敷地内へと足を踏み入れた貞光は、斑目の姿を見つけた。
普段通りに歩いている後ろ姿に安堵を覚えながら、貞光は彼の背を軽く叩く。
「よ。おはよう」
「ん、おはよう」
いつも通りの、かたい表情だ。
あまりにも変化が無さすぎて、あの話は嘘なのではないかと思ってしまう。
「──なあ、斑目。その……通り魔に刺されたって、本当か?」
恐る恐る尋ねると、斑目の表情が僅かに動いた。
「……誰から、聞いた?」
「父さんから」
斑目の父親は、貞光グループの子会社で働いている。そして、その社長が貞光の父親だ。
「ただ、父さんがそのことを聞いたときには、すでに怪我が治ったあとだったらしくて。俺も昨日聞いたんだ」
「そうか」
「調子は、どうだ?」
「傷は塞がったし、痛みもない。健康だ」
ならば、良かった。貞光は小さく息を吐くと、声の調子を変えて話を続ける。
「それにしても、災難が過ぎるな……その日、クリスマスイブだったんだろう?」
自分たちが呑気に鍋を楽しんでいる間、そんな事件が起きていたのかと、話を聞いたときにはゾッとしたものだ。
しかし、斑目は災難だったと思っていないらしく、小さく頭を横に振った。
「いや、だって刺されたんだろう? これを災難じゃないと?」
「だが、そのあと良いことがあった」
「い、いいこと……?」
事件に巻き込まれたことを帳消しにできるような、良いことって一体……。
気になってしまったが、これ以上突っ込むのは斑目が嫌がるだろう。そもそも貞光自身、根掘り葉掘り訊かれることが苦手だ。
何か、別の話題を……と思ったところで、結局答えが得られなかったあの問いが、脳を掠める。
「──今まで、キラキラしてるって言われたこと、あるか?」
「急にどうした」
流石に質問がおかしかったのか、どこか怪訝そうな顔をする斑目だったが、
「……たぶん、ない」
と、少し考えてから答えてくれた。
「そうか。じゃあ、その逆は? 人が、輝いて見えたとか」
「それは、ある」
質問を変えると、今度は直ぐに返事があった。「あるのか……」と意外に思ったものの、おそらく相手はあの図書館司書だろうと簡単に見当がついた。
貞光の様子を静かに見ていた斑目は、困惑した表情のまま、反対に質問を投げ掛ける。
「貞光君。誰かに、輝いて見えるって言われた?」
「………………ん」
これほど質問してしまっていたら、隠すことはできない。
小さく肯定すると、斑目は納得した様子で大きく頷いた。
「やっぱり。──それで、どうしてこんな質問を?」
「だって、俺はそれほど明るい人間じゃないだろう? 顔だって、目が珍しいだけであいつほど整っているわけではない。だから、不思議で」
貞光は、自分のことをよく分かっているつもりだ。
自分が斑目暁のような人に好かれる善性を持っているわけでも、須応麗華のような人の目を惹く華やかさを持っているわけでも、磯貝颯一郎のような人を和ませる明るさを持っているわけでもないということは、知っていた。
だからこそ、本当は磯貝は自分のことを好きなのではなく、友愛と恋愛を取り違えているのでは──と、僅かに疑う自分がいることを、許せなかった。
そんな貞光に反し、斑目は珍しく小さな笑みを浮かべる。
「何か、おかしかったか?」
「いや……そんなに悩んでいるということは、貞光君にとってその人は大切な人なんだと思って」
ハッと、目を開く。
「そう、思うか?」
「ああ。それと、その人は君のことが好きなんだなと」
人から指摘されると、どこかむず痒く感じてしまう。だが、他者からもそのように捉えられたという事実に、貞光は安心してしまう。
──どうして安心したのかは、貞光はまだ分からない。
「……また、相談してもいいか?」
講義室のドアに手を掛けながら尋ねると、斑目は緩く頷いた。
キラキラ……キラキラ?
「昭仁、俺の顔について、どう思う?」
祖父母の家に着いてからも、磯貝のあの発言に引っ掛かっていた貞光は、ソファーの上でくつろいでいた兄に尋ねた。
兄──貞光昭仁は、何も飲んでいないにも関わらず盛大にむせた。
「昭仁?」
「じ、絢也と僕の顔が似てないのはほら、僕が父さん似で絢也が母さん似だからであって、だからあまり気にしないでいいと思うな僕は!」
「いや、そういうことが訊きたいんじゃなくて」
慌ただしく喋り出す昭仁に、ストップをかける。
貞光が幼い頃、「兄弟で全然似てないね」と近所の人に言われて気にしていたのを、兄はまだ覚えていたようだ。
「俺はただ──」
「それよりも絢也、友だちとは仲良くやってる? 土鍋、使ってくれた?」
話を遮るようにして話題を変える彼に、貞光は不機嫌そうに眉を寄せながらも、小さく頷く。
「写真あるけど、見る?」
「見る! 見たい!」
クリスマスイブにとった写真をスマホに表示させ、両手を差し出す昭仁に渡す。
昭仁はワクワクした表情で画面を見ていたが、次に顔を上げたときには不思議そうな顔をしていた。
「……なんか、絢也の今までのお友だちと系統が違う気が……」
「そうか?」
「うん。そもそも、派手な陽キャは苦手だっただろう?」
「あー……今も苦手だが。磯貝はなんというか、グイグイくるタイプじゃないからな……」
派手といっても、彼の明るい茶髪は生まれつきのものであり、性格も大人しい部類だろう。いつも笑顔で楽しそうにいるムードメーカータイプだが、それも周囲に気を配っている結果といえる。
「そう? この写真の彼は、いい表情してるけど?」
『あの日の彼の表情、見てなかったの?』
兄の言葉が、松永に言われた言葉と被って聞こえた。
言われてみれば、最近の彼は心の底から笑っていて。
そんな磯貝を見ていると、自分を「キラキラしてる」と評したのは何かの間違いなのではないかと、思ってしまった。
「絢也? 急に黙って、どうかした?」
心配そうに尋ねる昭仁に「なんでもない」と答えて、スマホを返してもらう。
暗くなった画面に、自分の浮かない顔が反射して写った。
祖父母の家から帰宅して数日後。
冬休みも明けて、久し振りに大学の敷地内へと足を踏み入れた貞光は、斑目の姿を見つけた。
普段通りに歩いている後ろ姿に安堵を覚えながら、貞光は彼の背を軽く叩く。
「よ。おはよう」
「ん、おはよう」
いつも通りの、かたい表情だ。
あまりにも変化が無さすぎて、あの話は嘘なのではないかと思ってしまう。
「──なあ、斑目。その……通り魔に刺されたって、本当か?」
恐る恐る尋ねると、斑目の表情が僅かに動いた。
「……誰から、聞いた?」
「父さんから」
斑目の父親は、貞光グループの子会社で働いている。そして、その社長が貞光の父親だ。
「ただ、父さんがそのことを聞いたときには、すでに怪我が治ったあとだったらしくて。俺も昨日聞いたんだ」
「そうか」
「調子は、どうだ?」
「傷は塞がったし、痛みもない。健康だ」
ならば、良かった。貞光は小さく息を吐くと、声の調子を変えて話を続ける。
「それにしても、災難が過ぎるな……その日、クリスマスイブだったんだろう?」
自分たちが呑気に鍋を楽しんでいる間、そんな事件が起きていたのかと、話を聞いたときにはゾッとしたものだ。
しかし、斑目は災難だったと思っていないらしく、小さく頭を横に振った。
「いや、だって刺されたんだろう? これを災難じゃないと?」
「だが、そのあと良いことがあった」
「い、いいこと……?」
事件に巻き込まれたことを帳消しにできるような、良いことって一体……。
気になってしまったが、これ以上突っ込むのは斑目が嫌がるだろう。そもそも貞光自身、根掘り葉掘り訊かれることが苦手だ。
何か、別の話題を……と思ったところで、結局答えが得られなかったあの問いが、脳を掠める。
「──今まで、キラキラしてるって言われたこと、あるか?」
「急にどうした」
流石に質問がおかしかったのか、どこか怪訝そうな顔をする斑目だったが、
「……たぶん、ない」
と、少し考えてから答えてくれた。
「そうか。じゃあ、その逆は? 人が、輝いて見えたとか」
「それは、ある」
質問を変えると、今度は直ぐに返事があった。「あるのか……」と意外に思ったものの、おそらく相手はあの図書館司書だろうと簡単に見当がついた。
貞光の様子を静かに見ていた斑目は、困惑した表情のまま、反対に質問を投げ掛ける。
「貞光君。誰かに、輝いて見えるって言われた?」
「………………ん」
これほど質問してしまっていたら、隠すことはできない。
小さく肯定すると、斑目は納得した様子で大きく頷いた。
「やっぱり。──それで、どうしてこんな質問を?」
「だって、俺はそれほど明るい人間じゃないだろう? 顔だって、目が珍しいだけであいつほど整っているわけではない。だから、不思議で」
貞光は、自分のことをよく分かっているつもりだ。
自分が斑目暁のような人に好かれる善性を持っているわけでも、須応麗華のような人の目を惹く華やかさを持っているわけでも、磯貝颯一郎のような人を和ませる明るさを持っているわけでもないということは、知っていた。
だからこそ、本当は磯貝は自分のことを好きなのではなく、友愛と恋愛を取り違えているのでは──と、僅かに疑う自分がいることを、許せなかった。
そんな貞光に反し、斑目は珍しく小さな笑みを浮かべる。
「何か、おかしかったか?」
「いや……そんなに悩んでいるということは、貞光君にとってその人は大切な人なんだと思って」
ハッと、目を開く。
「そう、思うか?」
「ああ。それと、その人は君のことが好きなんだなと」
人から指摘されると、どこかむず痒く感じてしまう。だが、他者からもそのように捉えられたという事実に、貞光は安心してしまう。
──どうして安心したのかは、貞光はまだ分からない。
「……また、相談してもいいか?」
講義室のドアに手を掛けながら尋ねると、斑目は緩く頷いた。
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