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須応さんと斑目くんの場合。
須応さんとお祝い。
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母が広げるアルバムを、横からそっと覗き込む。
自身の小さい指が触れたのは、夜の写真。
『ああ、この写真が気になるの?』
母は写真を抜き取って、手のひらに乗せてくれた。
キラキラ光る建物が、目を奪った。
『そうそう、この写真も同じ場所で撮ったのよ』
横から母の手が伸びてきて、別の写真を乗せた。
光輝く大きな噴水と、その前に立っている母の姿。
『前にね、お仕事で行った場所でね。綺麗にライトアップがされていたから、休憩時間に写真を撮りに行ったの』
母の優しい手のひらが、頭を撫でる。
『真人と麗華がもう少し大きくなったら、家族みんなで行きましょうね──楽しみだわ』
「……」
のっそりと、身体を起こす。時刻は朝の六時。
頭の中がモヤモヤとして爽快な目覚めとは言い難いが、今日は愛すべき妹の誕生日。やることがたくさんある。気を引き締めて、頑張らなくては。
麗華が大学に行ってからが、本番である。扇風機をキッチンに持っていき、「強」のボタンを押してから作業に取り掛かった。
誕生日と言えば、やはりケーキである。材料は、昨日買ってきているから大丈夫。
須応家で最も参考にされている料理本からガトーショコラのページを開き、スマートホンとマグカップで重しにした。
「……よし」
袖をまくって気合を入れた須応は、レシピ通りにサクサクと生地を作り、型に流し込んでいく。
そしてオーブンに入れて待っている間、事前に用意しておいたプレゼントたちを確認し、渡すときのシミュレーションまで済ませる。完璧だ。
焼きあがったケーキも、今までで一番の出来だった。少し量が多いが、明日も食べれば問題ないだろう。食べきれなかったら、誰かに持っていけばいいし。……その「誰か」というのが、幸里と斑目しか思いつかなかったが。
ホールのまま冷蔵庫で冷やし、他の家事を済ませてから夕食の準備に取り掛かる。唐揚げにシーザーサラダ、コンソメスープと麗華の好きなものを次々と作っていき、麗華からの「バスに乗った」というメッセージが届いてから、テーブルの準備も進める。
そして──。
「たっだいまー!」
元気よく帰ってきた妹は、自室に荷物を投げ込んでからバタバタとダイニングに現れた。
「わわ、なんかおにい、一段と気合入ってない? 写真撮らせて?」
そう言いながらも既にスマートホンを構えている麗華に、「準備した甲斐があった」と微笑む。
「そりゃあ、二十歳の誕生日だから。豪勢にやらないと」
「ありがとう、お兄ちゃん……でも、唐揚げ多すぎない?」
「うん。作りすぎたから明日も食べようね」
「ふふ、りょうかーい」
四人掛けのダイニングテーブルに、向かい合って座る。二人の隣の空席には、両親が座っていると信じて。
「いただきます」
「ごちそうさまでした」
空になった食器を流しに積んで、幸せそうにお腹をさする妹の元に戻る。
手には、小さな箱を持って。
「改めて、誕生日おめでとう。これは僕から」
「何だろう。開けてもいい?」
「もちろん」
丁寧に包装をはがし、蓋を開ける。
「時計だ! ありがとう!」
社会人になってからも着けられるようにと選んだ腕時計を、麗華はさっそく腕に巻いた。
「軽いし見やすいし……いいねこれ!」
どうやら、気に入ってくれたようだ。きらきらと目を輝かせながら文字盤を見る妹に、今度は木製の箱を差し出す。
「それは?」
麗華からの質問には答えず、先に開けるのを促す。
箱を開けると、中に入っていたのはネックレスが数本と指輪が数個──。
「おにい、これって……」
「お母さんの、形見」
それは、母が大事にしていたジュエリーボックス。
「わ、私が……もらっていいの?」
箱を持つ麗華の手が震える。
須応は微笑みをたたえたまま、軽く頷いた。
「うん。お父さんと約束していたんだよ。レイが二十歳になったら渡そうって。……手入れはちゃんとしていたから、変色したりとかはないと思うけど」
「そう、なんだ……」
麗華は引き出しも順番に開けていく。
「おにいは、何か貰ってるの? お母さんのもの」
「いや、僕は……」
中身を見ていた麗華の指が、止まる。
「手、出して」
「手……?」
妹の言われるがままに、右手を広げて差し出すと、箱の中から取り出した小さなものが乗せられた。
青い小さい石のピアスだった。
「これだったら、おにいに合うと思う」
「……僕、公務員なんだけど……?」
「うん、知ってる。それ、ノンホールピアスだから、穴を開けなくても着けれるよ」
言われてみれば、耳に刺す針のような部分がなく、樹脂製のクリップで挟むのだろうと分かった。
「私一人がお母さんのものを貰うのもやっぱりおかしいし、お母さんだってお兄ちゃんも何か持ってて欲しいのかもって思うし。これだったら、お出かけするときに着けれるよ」
「……それも、そっか。本当に、これ貰っていいの?」
「もちろん!」
麗華は、花が咲くように笑った。
自身の小さい指が触れたのは、夜の写真。
『ああ、この写真が気になるの?』
母は写真を抜き取って、手のひらに乗せてくれた。
キラキラ光る建物が、目を奪った。
『そうそう、この写真も同じ場所で撮ったのよ』
横から母の手が伸びてきて、別の写真を乗せた。
光輝く大きな噴水と、その前に立っている母の姿。
『前にね、お仕事で行った場所でね。綺麗にライトアップがされていたから、休憩時間に写真を撮りに行ったの』
母の優しい手のひらが、頭を撫でる。
『真人と麗華がもう少し大きくなったら、家族みんなで行きましょうね──楽しみだわ』
「……」
のっそりと、身体を起こす。時刻は朝の六時。
頭の中がモヤモヤとして爽快な目覚めとは言い難いが、今日は愛すべき妹の誕生日。やることがたくさんある。気を引き締めて、頑張らなくては。
麗華が大学に行ってからが、本番である。扇風機をキッチンに持っていき、「強」のボタンを押してから作業に取り掛かった。
誕生日と言えば、やはりケーキである。材料は、昨日買ってきているから大丈夫。
須応家で最も参考にされている料理本からガトーショコラのページを開き、スマートホンとマグカップで重しにした。
「……よし」
袖をまくって気合を入れた須応は、レシピ通りにサクサクと生地を作り、型に流し込んでいく。
そしてオーブンに入れて待っている間、事前に用意しておいたプレゼントたちを確認し、渡すときのシミュレーションまで済ませる。完璧だ。
焼きあがったケーキも、今までで一番の出来だった。少し量が多いが、明日も食べれば問題ないだろう。食べきれなかったら、誰かに持っていけばいいし。……その「誰か」というのが、幸里と斑目しか思いつかなかったが。
ホールのまま冷蔵庫で冷やし、他の家事を済ませてから夕食の準備に取り掛かる。唐揚げにシーザーサラダ、コンソメスープと麗華の好きなものを次々と作っていき、麗華からの「バスに乗った」というメッセージが届いてから、テーブルの準備も進める。
そして──。
「たっだいまー!」
元気よく帰ってきた妹は、自室に荷物を投げ込んでからバタバタとダイニングに現れた。
「わわ、なんかおにい、一段と気合入ってない? 写真撮らせて?」
そう言いながらも既にスマートホンを構えている麗華に、「準備した甲斐があった」と微笑む。
「そりゃあ、二十歳の誕生日だから。豪勢にやらないと」
「ありがとう、お兄ちゃん……でも、唐揚げ多すぎない?」
「うん。作りすぎたから明日も食べようね」
「ふふ、りょうかーい」
四人掛けのダイニングテーブルに、向かい合って座る。二人の隣の空席には、両親が座っていると信じて。
「いただきます」
「ごちそうさまでした」
空になった食器を流しに積んで、幸せそうにお腹をさする妹の元に戻る。
手には、小さな箱を持って。
「改めて、誕生日おめでとう。これは僕から」
「何だろう。開けてもいい?」
「もちろん」
丁寧に包装をはがし、蓋を開ける。
「時計だ! ありがとう!」
社会人になってからも着けられるようにと選んだ腕時計を、麗華はさっそく腕に巻いた。
「軽いし見やすいし……いいねこれ!」
どうやら、気に入ってくれたようだ。きらきらと目を輝かせながら文字盤を見る妹に、今度は木製の箱を差し出す。
「それは?」
麗華からの質問には答えず、先に開けるのを促す。
箱を開けると、中に入っていたのはネックレスが数本と指輪が数個──。
「おにい、これって……」
「お母さんの、形見」
それは、母が大事にしていたジュエリーボックス。
「わ、私が……もらっていいの?」
箱を持つ麗華の手が震える。
須応は微笑みをたたえたまま、軽く頷いた。
「うん。お父さんと約束していたんだよ。レイが二十歳になったら渡そうって。……手入れはちゃんとしていたから、変色したりとかはないと思うけど」
「そう、なんだ……」
麗華は引き出しも順番に開けていく。
「おにいは、何か貰ってるの? お母さんのもの」
「いや、僕は……」
中身を見ていた麗華の指が、止まる。
「手、出して」
「手……?」
妹の言われるがままに、右手を広げて差し出すと、箱の中から取り出した小さなものが乗せられた。
青い小さい石のピアスだった。
「これだったら、おにいに合うと思う」
「……僕、公務員なんだけど……?」
「うん、知ってる。それ、ノンホールピアスだから、穴を開けなくても着けれるよ」
言われてみれば、耳に刺す針のような部分がなく、樹脂製のクリップで挟むのだろうと分かった。
「私一人がお母さんのものを貰うのもやっぱりおかしいし、お母さんだってお兄ちゃんも何か持ってて欲しいのかもって思うし。これだったら、お出かけするときに着けれるよ」
「……それも、そっか。本当に、これ貰っていいの?」
「もちろん!」
麗華は、花が咲くように笑った。
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