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5年前(1)

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「アリーシャ、今暇?」
 窓の外から声をかけると、机に突っ伏しているアリーシャが顔を上げた。
「うん。ちょうど作法のレッスンが終わったところ……」
 アリーシャは、堅苦しいことが苦手のようだ。それよりも、中庭で存分に走り回っているほうが、イキイキしている。
「それじゃ、あれの続きをしよう」
「うん」
 四年ぐらい前に私が提案したことは、今も続いている。
 今はもうない、魔法学校ごっこだ。
 ほんと、飽きっぽいアリーシャ相手に、よく今まで続けてこれたと思う。
「こっちに出ておいで」
 アリーシャは、今私がしているように、魔法で宙に浮かんだ。
 風魔法の応用だ。ドレスが風で広がらないように押さえながら、アリーシャは窓からフワリと飛び降りた。 
「今日は何を教えてくれるの?」
「そうね……」
 正直、アリーシャにはほとんどを教えた。アリーシャには素質があったみたいで、失敗をすることが少ないのだ。
「……アリーシャなら、もしや──」
「もしや? なあに?」
「いや、なんでもない」
 このことを、アリーシャに期待してはいけない。これは、私たちの問題だ。
 今は、一瞬で終わってしまうこの瞬間を、めいいっぱい楽しまないといけない。
「古代魔法は大体教えたから、今日から近代魔法をしよう。アリーシャには魔力も素質もあるみたいだし」
 私が消えるまでに、どれくらい教えることができるのだろうか。
 笑顔のまま、そんなことを考えてしまった。

「ねえ、ランってどうしてそんなにいろんなこと知ってるの?」
 中庭のベンチに座って、アリーシャがそんなことを尋ねてきた。
「それは……」
 私は、言葉を詰まらせる。
 こんなこと、アリーシャに言っていいのか。
 アリーシャに、嫌われてしまうのでは。
 あぁ、アリーシャが私の答えを待っている。どうしよう。
 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう──bfhebudkhdahdutrwcvhkdbugdudcbnxjddkyrufusfhhfihhfdhfakhfhehfhkhffjhiehfhhfjgyeufhffgyfvbndhfoflawpojwhoqpiwhqohwdtergvcbcnzlkfhokajs;lithfhdugdjhofhgggsywdvhcmbkgdagejajhuehfugfbjkrwfqyfdfvvjdhvhadk──!
「ランディア!」
 あぁ、だめだめ。最近困ったことがあったらすぐこうなってしまう。
 私は、声のしたほうを見た。久し振りに、あの人を見た。
「お母さん──」
 これで、アリーシャの質問に答えなくてもいい。そう思う反面、お母さんの声がいつにもまして鋭くて、体がすくんでしまう。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないでしょ!」
 アリーシャが、唖然とした表情でこちらを見ている。おそらく、私もこんな顔をしているのだろう。
「あの、お母さん」
「全部聞いたわよ? 全く研究をしないで、いつも遊んでいることを。ここに来たときの約束、忘れたの?」
「私、毎日研究してたよ? まだ、見つけていないだけで──」
「言い訳はいらないわ。帰るわよ、ランディア」
 お母さんは、私の腕をぐいっと掴んで引っ張った。ベンチから体が浮いて、アリーシャから離れる。
「あ、あの!」
 背後から、アリーシャの声が聞こえてくる。
「さ、最後にランと話をさせてくれませんか?」

「アリーシャ、ごめんね……」
 一体、何を謝っているのだろう、私は。
 お母さんが私を連れ戻しに来たのは、べつに私のせいじゃない。
 それじゃあ、私は何を謝っているのだろう。
 ただ、なにかに対して謝りたいだけなのか。
「いいよ、大丈夫」
 アリーシャは、何を「大丈夫」だと言っているのだろう。
「ねえ、ラン」
 アリーシャは、私の手をそっと包み込んだ。
「教えてよ。あなたの本当のことを。あなたの悩みを」
 私は、考える。本当のことを、アリーシャに言ってもいいのかどうかを。
 このこは、なんと感じるのだろうか。
 本当の、私を。
「……いいわ。ただし、条件がある」
 軽く息を吸い込んで、心を落ち着かせる。
「私の話を聞いて、少しでも気持ち悪いって感じたら、言ってちょうだい。あなたに、忘却魔法をかけてあげる」
「大丈夫。絶対そう思わないよ」
 真剣な表情で、アリーシャはそう言った。こういうときほど、このあとの反応が怖い。
 けれども、まあ、いっか。自分も、忘れればいいんだし。
「……私がここに来る前──五年くらい前に宮廷魔術師だった人のこと、覚えてる?」
 「なんでそんなことを訊くのだろう」というような顔をしながら、首を縦に振る。
「覚えてるよ? あの、おじいさんでしょ?」
「その人、私のお祖父様」
 アリーシャは、驚いたみたいで、目を大きく開けた。
「お祖父様は、偉大な賢者様だった。この世に存在する魔術の全てを身に付けただけでなく、新たな魔術も産み出した……けど、寿命には逆らえなかった……」
「……それで、急にいなくなったんだ」
 お祖父様が宮廷魔術師をやめた理由を知らなかったらしい。アリーシャは、残念そうにつぶやいた。
「──お祖父様のおかげで、魔法でほとんどのことができるようになったけど、二つだけ、できないことがある」
「それは?」
「死者を生き返らせる魔法、不老不死になる魔法。それで、私の家族はこう考えたの。
 『後継者を作り出し、それらの魔法について研究させよう。そして、それらの魔法が使えるようになったら、お祖父様を生き返らせよう』」
 私はこめかみをそっと押さえる。
「そして、彼らは私たち子供にお祖父様の記憶と知識を植え付けた。そのなかで一番上手くいったのが私だった。そのあと──」
「ランの知識と魔法の腕が認められて、賢者の称号が贈られた。宮廷魔術師になったのは、お城の書庫を使うため──」
「よくわかったね」
 アリーシャは、ドレスをぎゅっと握りしめて、ふるふると震えた。
「だから、ランはなんでも知っていて、大人みたいに振る舞っていたんだ──そんなの、ひどいよ」
 アリーシャは、怒ってくれた。私の家族に対して。
「いっぱいいろんなことを知るのは、幸せなことだと思う。けど、ランは知識として、全部を脳に詰め込まれたんでしょ? そんな人生、絶対楽しくない」
「ありがとう、アリーシャ」
 大好きな親友が、私を本当に大切に思っていてくれた。
「私と友だちになってくれて、ありがとう」
 こんなに優しい人と一緒にいられて、本当によかった。
 そんなことを思いながら、私はお母さんのところへ向かおうと、アリーシャに背を向ける。
「ラン、これからどうなるの?」
 振り返ると、アリーシャが不安そうな顔でこちらを見ていた。
「わからない。ただ、研究が成功しても、成功しなくても私は用済みになるわ。だから、あなたといられるのは今日で最後かもしれない」
 私は、彼女に手を振る。そして、お母さんのもとへ走った。
 今はただ、別れが辛くならないように、涙を流すのを見られたくなかった。
 遠くから、アリーシャの声が聞こえたような気がした。
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