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とある傭兵の半生~7~

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 横一列に広がり、一斉に矢をつがえ……放つ。そしてその成果を見ることもなく、中央の10騎が突撃を始めた。

「ハイヤアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 雄たけびに呼応する馬のいななき。拍車をかけられた馬は疾駆し、ゴブリンたちを踏みにじる。

 一隊の突撃は敵陣の表層を薄く切り取るように弧を描いて駆け抜けた。

 間髪入れずに次の10騎がVの字を描くように敵陣を深く切り裂く。

 左右に薄く広がった騎兵が弓を射かけ、突撃部隊の撤収を援護する。

 そして最後に、50騎の騎兵が紡錘陣を組んで敵中突破を始めた。



 こちらが頑強な陣で敵の攻撃を受け止め、機動力と打撃力のある騎馬で敵を粉砕する。いわゆる金床戦術が見事なまでに決まった瞬間だった。

 ゴブリンたちはすでに陣列などもなく、ただの群れだ。それまでは曲がりなりにも隊列を組んでいた姿は面影もなく、ただ右往左往している。



「いまだ! 全軍突撃!」

 俺は親衛の兵を率いて真っ先に駆け出す。横陣の中央から飛び出した俺に付き従う形で陣形が変形し、東方の伝説にある鉾矢形の陣形となった。



「かかれ! かかれ!!」

「「応!!」」

 兵を鼓舞しながら最前線で大剣を振るう。

「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 逃げまどう中、曲がりなりにも陣列を保っていた敵兵に騎兵が襲い掛かる。

 すれ違いざまに射込まれた矢がホブゴブリンの口中を貫き、首から矢じりが生えた。

 敵本体の一角が崩れ、明らかに毛色の変わったゴブリンがいる。緑ではなく真っ赤な肌だ。



「続け!」

 敵陣に空いた隙間をこじ開けるように突撃を繰り返す。

 そうして、ついにたどりついた敵将に剣を突き付ける。



「GO、GOGYAAAAAA!?」

 よくわからないがどうも動揺しているようだ。いかんな、大将たるものピンチの時こそ不敵に笑うもんだ。

 ニヤリと頬をゆがめ、笑みらしきものを形作る。そして、大剣を腰だめに構え、全力で真横に振り切った。

「GYAAAAAAAAAAAAA!」

 断末魔は途中で途切れた。赤いゴブリンの頭部は宙を舞い、ぽとっと地に落ちる。そして、ゴブリンの軍団はこの瞬間、完全に瓦解した。



 何とか兵を収容し、地面にへたり込む。のどの渇きに声も出ない。

 勝どきすら上げることができていなかった。

 知らせを聞いた村人が持ってきた水でのどを潤し、ようやく人心地ついた。



 頃合いを見計らっていたのだろう。騎兵の指揮官らしき男がこちらによって来た。

「よう。貴殿の勇戦に敬意を表する」

 敬意とか言いながら馬上から声をかけてくる。しかも名乗りすらしていない。ずいぶんと下に見られたものだ。

 身なりは良い。貴族か、少なくとも平民ではないだろう。口元はにこやかな笑みを浮かべているが、目元は緩んでおらず、鋭い眼光を向けてくる。



「俺はこの部隊、天狼団の団長だ。救援に感謝する。……それで、だ。俺はあんたの名前をまだ聞いてないと思うんだがどうかね?」

 こいつが名乗らない以上、俺も名前は出さない。それくらいの意趣返しはあってもいいだろう。もちろんこいつらが来なければ俺たちはゴブリンどもの餌だったとしても、だ。



「ククク、面白いな。パウルが興味を持つわけだ」

「パウル?」

「ああ、貴殿のもとに送った使者だ。俺の護衛のほか、いろんな仕事を手掛けている」

「……いろんな、ね」

「そう、いろいろだ」

 お互い目線をそらさない。なんというか、ここで格付けをされたらずっと覆せない気がしていた。



「アルブレヒトだ。姓はまだない」

「なんだ、騎士様かと思ったが違うのか?」

「いろいろあるのだ……、まあよい。貴様、名前は?」



 ついに来たかと思った。大将だの隊長だの、お頭だのと言われて、本名を呼ばれずにここまで来てしまった。

 はっきりと言えば村の連中も俺のことを隊長さんとしか読んでいないし、それで通じていたのだ。

 俺は五男坊で、親にすらまともに名前を呼ばれていない。

 だから思い切りはったりを利かせて名乗った。



「ガイウスだ」

 苗字も考えていたのだが、そこは下手に名乗ってしまうと騙りの類になりかねない。だからあえて名乗らなかった。



「ならばガイウス殿、ともに勝鬨を上げようではないか」

 アルブレヒトは馬から降り、初めて俺と目線を合わせた。油断のならない、キツネのようなやつだ。

 だが、騎兵を手足のように操って見せたあの指揮能力はただものじゃない。



 後日酒を飲みながらアルブレヒトが言ったのは、「10倍の亜人の軍勢を相手に半日持ちこたえるとか、貴様はおかしい」ということだった。

「「勝鬨だ!」」

 特に合図をしたわけでも無かったが、声がきっちりそろった。

「「えい、えい、おおおおおおおおおおおうう!!!」」

 兵たちの声が山野にこだまする。村人たちの歓呼の声がそれに応えるように響いていた。



 あの戦いから数日たって、村で休養していた俺のところにアルブレヒトがやってきた。

「ガイウス。陛下が貴様に興味を持たれている」

「あん? へいか?」

「ああ、知らなかったのか? 貴様が守り抜いた村は皇帝陛下の直轄領の一つだ」

「んだと!?」

 ひどいもんだと思った。この国で一番偉いお方が自前の領地すらまともに統治できない。そしてその理由は貴族どもの専横だと聞かされた。

 さすがにそんな話を馬鹿正直に聞き入れるほどガキじゃない。それでもこれはチャンスだった。今は傀儡になっている皇帝陛下であっても、直臣になれば日の目を浴びることもできるかもしれない。



「ぜひ、お会いしたい。俺もこの国に生きる、陛下の臣下の一人だからな」

「ほう、殊勝だな。くっくっく。それも額面通りには取れんがな」

「ああ、俺もただのごろつきじゃ終わりたくねえ。這い上がるチャンスをくれるんだろう?」

「ふふ、話が早いな。では、共に行こう。わが友ガイウスよ」

「ケッ、気味が悪いな。あんだけ俺のことを見下していただろうがよ?」

「貴様は切れる。貴様と戦って勝つ方法を俺はいまだに見いだせておらん。なれば、友として遇すべきだろう?」

「ふん……いいだろう。よろしく頼むぜ、アル」

「ふふ、そう呼ばれるのは子供のころ、父にそう呼ばれて以来であるぞ」



 そうして俺は皇帝陛下のもとに招かれた。と言っても宮殿などではなく、地方領主の館といった風情の離宮でのことだった。



「おう、そなたが勇者ガイウスか。アルブレヒトより聞き及んでおる」

「はっ、お初にお目にかかります」

「我の力となってもらいたい。能うか?」

「はっ! 我が全霊をもって!」

「うむ、我は今一切の力を持たぬ。はっきりといえば、そなたを騎士に取り立てることすらできぬ。いま約すことができるのは、我が我が位にふさわしき力を得たとき、働きに応じた立場を与える。これだけだ」

「はっ! 英明なる陛下に在らせられれば、臣にふさわしき身に取り立てていただけるものと信じております」

「……そうか。なれば、そなたに命ず。さしあたってはアルブレヒトのもとで働いてもらおう。アルブレヒトはそなたを友と呼んでおった。その信に応えるよう、頼んだぞ」

「はっ!」



 こうして、俺はアルブレヒト卿のもとで働くこととなった。表向きは皇帝補佐官となった奴の部下だ。俺は陛下から資金援助を受け、傭兵団の増強をすることになった。

 金回りがよくなれば養える兵の数も増えし武器も手に入る。俺は夢の中で見た武器を作らせ、部隊の武装を強化した。

 そうやって作り上げた部隊は幾度もの戦いに勝ち、武名を手にした。そうなれば現金なもので、何人もの諸侯が俺のことを召し抱えようとしてきた。

 そのたびに断り続け、そのために恨みも買っていた。俺を恨んでいた二人の諸侯に、互いにあいつのせいで俺は仕官ができないと訴えかけ、権力争いと見栄による小競り合いに火をつけることに成功した。

 互いに相争って疲弊したところに、近衛騎士団長として頭角を現していたヴァレンシュタイン卿アルブレヒトが、事態の仲裁を執り行うことに成功した。その武力の背景は、近衛騎士団もさることながら、俺たち天狼団の武名も一役買っていたのだ。



 そうして、俺は近衛兵団に次ぐ立ち位置とみなされるようになっていた。もちろん実際の肩書はただの傭兵だ。ただし、雇い主は近衛騎士団長である。

 そして、皇帝陛下は挙兵した。皇帝に従わない不忠の臣を討つと呼称して。

 もちろん、これまで戦場に立ったことのない陛下に、兵を率いて勝利を得ることは難しい。少なくとも陛下に兵を率いる将才は乏しかった。

 だが、兵と共に陣頭に立つ姿に士気は高く、アルブレヒト率いる近衛は、敵軍と互角以上に戦っていたのだ。

 だが、数の利は敵にあり、徐々に戦線は押し込まれる。そして、こちらが選んだ戦場に敵をおびき寄せつつあったとき、俺はあいつに出会ったのだ。

 俺が夢で見た士官学校で、一度も勝てなかった相手である、「有田義信」に。
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