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強敵

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「うおっ!」
 その体躯からは想像もできない速度で踏み込み、爪を振るってきた。
 スコップ面を斜めに突き出し、攻撃の角度を変えて逸らす。

「気をつけろ。ゴブリンってのはすばしっこいって相場が決まってるんだ」
「ああ、今のでよくよくわかった」
 オッサンの軽口に合わせて構えを取り直す。

「というか、スコップでもきちんと戦えるんだな」
 先ほどの攻撃をスコップで逸らしたことを言っているらしい。
「当り前だ」
 こんなに使いやすいのに俺が獲物を構えるとバカにしてるかとか言われるのだ。実に失礼な話である。

「よっ、はっ、ほっ!」
 左右から交互に振り回される攻撃をさばく。
 生き物である以上呼吸は必要だ。息継ぎのために手が止まる瞬間を見切って攻撃に転ずる。
「うりゃあ!」
 ガツンと鈍い感触が伝わる。ゴブリンの足から血が舞って、鉄さびのにおいが振りまかれた。

「そこらのへっぽこ剣士よりもいい動きだな」
「へっぽこいうな。俺はそもそも魔導士だ」
「おお、そうだった。ならば歴戦の騎士にも引けは取らんぞ」
「どっちだよ!?」
 軽口を交わしながらも戦いは繰り広げられる。

「グガアアアアア! ガッ! ガッ!」
 縦横無尽と言った風情で振るわれる両手とカギ爪を避け、スコップを当てて逸らす。
 ゴンザレスのオッサンはがっちりと地面を踏みしめて攻撃を受け止める。
 そもそも優男の俺と違ってがっちりと筋肉の鎧に覆われたオッサンは真っ向から攻撃を受け止めることができていた。
 両手持ちの大剣をまるで棒きれのように振り回す腕力はすさまじいの一言だ。

 そうやってボスを引き付けている間に、こっちの兵がどんどんと周辺のゴブリンを駆逐していく。
 
「ギルさん!」
 ローリアの鋭い声に、反応してパッと飛びのく。
 投擲されたナイフはゴブリンの肩に突き立ち、バチッという音と共に紫電がきらめいた。
 ローリアの隣にはローレットが立っていてレイピアを逆手に構えている。ナイフを媒介に電撃を叩き込んだのだろう。
 見事な連携だ。

「ぬうん!」
 一瞬動きが止まった隙を逃さず、俺はスコップを地面に着きたてた。
 このスコップは特別製で、グリップ部分と柄の中にミスリルの芯が通してある。そして先端部分はハードシルバー製だ。
 すなわち、きわめて魔力伝導が高くローレットのレイピアと同じく魔法の発動体になるということだ。

 スコップ越しに発動した振動の魔法は、俺の狙ったピンポイントの地面を液状化させる。
 そこにゴブリンが足を突っ込んだ。

「ゴアアアアアアア!?」
 いきなり足を取られて狼狽したのか一瞬、こちらへの意識がそれた。

「フリーズ・バレット!」
 ローレットが放った氷弾がゴブリンの残った足に直撃して凍らせる。

「どおおおりゃあああああああああああああああああああ!」
 ゴンザレスのオッサンが体当たりする勢いで放った大剣の刺突はゴブリンの右腕を斬り飛ばした。

「グガアアアアアアアアアアアアア!!」
 絶叫が戦場に響き渡り、分が悪いと判断したゴブリンたちが散り散りに逃走を始める。
 絶叫の最後に魔力を乗せ、その魔力が風を巻き起こす。
 反射的に顔をかばってしまった隙に、凍り付いた足を自ら砕いて逃亡を始めたボスゴブリン。

「雑魚は良い。ボスを仕留めろ!」
 オッサンの激に兵数名が槍を突き出すが、残った腕のカギ爪に弾かれる。
 矢が何本も突き刺さるが意に介せず暴れまわる。片手、片足にもかかわらず帝都の誇る精鋭が蹴散らされた。
 
「ちいっ!」
 再び地面に落とし穴を作るが、直前で避けられた。
 だが姿勢は崩すことができた。その隙を逃さず、ゴンザレスのオッサンが大剣を振り下ろすが、その一撃も体をひねって致命傷を避ける。
 全身を朱に染め、荒い息を吐きつつもその眼光は衰えない。

「くっ、しぶとい!」
 味方は四散し、周囲を敵に囲まれ、重傷を負ってもあきらめず、生き延びようとする。
 今ここでこいつを逃がせば、あとで大きな禍根になる。そんな気がした。

「振動よ!」
 この一撃で勝負を決める。
 スコップの先端に振動の魔法をかける。木を斬り倒すときなどに使う魔法だが、硬いものでも一撃で切断できる。
 これまでのスコップの攻撃は薄皮一枚を斬ることしかできなかった。だが、この魔法を使えば……骨も断てる!
 スコップの先端が防ごうとした腕に半ば食い込む。そしてその腕を断ち切れないまま魔法の発動が終わってしまった。

「なにっ!?」
 振動を筋肉を固めることで押さえつけたことに気づいたときには反動でスコップの先端が砕ける。
「グギャアアアアアアアアアアアアアア!」
 絶叫と共にゴブリンの拳が俺に直撃し、そのまま吹っ飛ばされ、そのまま土嚢の壁に叩きつけられた。

 かすみゆく視界の中で再び魔力を放出するゴブリンが跳躍し、そのまま逃走する姿を最後に、俺の意識は闇に閉ざされた。

***********************************************************************************

 王となった彼は湿地帯を抜けた先の小さな洞窟にその体を横たえた。振り回した左手は指が2本欠損し、爪も砕けて指先からは血が流れ出している。
 何かあったときはここに逃げ込めと普段から仲間と打ち合わせていた。その仲間も人間たちによってかなり殺されてしまった。
 全身をさいなむ苦痛がその意識をとどめさせ、仲間の断末魔がその胸を煮えたぎらせていた。
 この洞窟は自然の魔力だまりとなっており、たゆたうエーテルが彼の傷を癒していく。
 ただそれも潰え行く彼の命をわずかに引き延ばしていくにすぎず、絶命は遠くない未来のことだった。

 彼の周囲には仲間のゴブリンたちが集まり輪を作る。その鳴き声は偉大なリーダーを失う哀惜に満ちていた。
 ドクンと鼓動を打つ。自身の脳裏に一つのスキルが浮かぶ。
 死にたくない。生への渇望が彼の意志のすべてを塗りつぶした。
「暴食」
 横たわる身体を中心に黒い魔力が広がり、周囲にいたゴブリンたちを飲み込んでいく。
 すさまじい絶叫と断末魔が響き渡り、それはすぐに静寂に変わった。
 100近い同族を食らい、それでも満たされない飢えと渇きに従って彼は体を起こす。
 その足取りは東へと向かっていた。その先にある膨大な魔力を求めて。
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