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召喚

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 指先に回していた魔力をカットする。それでも描いた陣がうっすらと発光し、ぼんやりと人の輪郭を浮かび上がらせていた。
 ごくりとローレットが固唾をのむ。
「告げる」
 体内のマナを言霊に乗せる。手は陣の中央に。俺の魔法にはこれは必須だ。

「大地の精霊よ、我が召喚に応じよ。わが名はギルバート。盟約に基づきその行使を求めん」
 俺の手のひらから魔力が流れ出し、陣を通じて地面に浸透していく。糸のように水のように、土の隙間を縫うように魔力をいきわたらせ、大いなる存在の欠片を捕まえた。

「来たれ、ベフィモス!」
 エーテルの糸で一本釣りをするイメージで手のひらを引き上げ釣り上げる。
 魔法陣がポンッと音を立て、中央部にモフっとした子犬のような生き物が現れる。
 見た目は小さいが、大精霊の一端だ。エーテルを感じればすさまじい威圧感を放っている。
 ローレットの様子を見るとカタカタと震えているようだった。無理もない。並の魔導士ならば、この存在にかなうはずがないとわかるだろう。

「……か……いい」
 ローレットの口から何やらつぶやきが漏れた。

「あんっ!」
 子犬のような声を上げ、右前肢を俺の前に突き出してくる。俺は手のひらを上に向け、受ける。
 これでかりそめの契約はなされた。
「うおおおおおおおおおん!」
 ベフィモスが咆哮をあげる。と言っても子犬サイズなのでそこまで大きな声ではないが、結界を震わせ、そしてその上に覆いかぶさっている土砂ごと振動する。
 ベフィモスがぽてぽてと歩いて、俺の張り巡らせた結界にぺちっと左前肢を叩きつけた。
「うおん!」
 ひと吠えで、先ほどの咆哮で張り巡らされた魔法が発動し、結界ごと真横に穴が開く。
 俺は呆然としているローレットの手を取り、そのまま土砂の中から脱出に成功する。

 そして、飛び込む前に投げ出しておいた荷物からマナポーションのタブレットをつかみだしてぼりぼりとかみ砕いて飲み下す。
 いつも通りのえぐみと苦みが不協和音を奏で、胃の腑がけいれんして今飲み込んだものを逆流させようと全力で動き出す。
「うっぷ」
 逆流しかけたものを必死で飲み下す。すると腹の中でポーションの効果が発動し、全身を覆っていた脱力感が抜けていった。

「ふう」
「……大丈夫なの? 顔色真っ白よ?」
「人の身で大精霊を使役しようとすりゃそうなるさ。さて、と。ベフィモスよ、もうひと働き頼む」
「あんっ!」
 良い笑顔で右前肢をあげるベフィモス。傍から見たらただの子犬だが、こいつが本気で猛威を振るえば軍すら太刀打ちできない。
 ま、そんだけの力を振るうのに、媒体になっている俺の方が耐えきれないが。

 精霊は、この世とは別の次元に本体が存在する。その境界をうまくすり抜けてその力の一端を引っ張り込むのが精霊魔法ってやつだ。
 今回はクリスタルを媒介にした。その上で保有魔力をごっそりと持っていかれた。自力だけなら干からびてもおかしくない。

 俺はローレットが叩き割った岩に手を触れる。
「還元(リデュケーション)」
 巨大な岩がエーテルに還元される。その量は人の身に扱えるものじゃない。だからすぐに別の形に変換する。
「礫よ」
 還元されたエーテルを砂に変換し、壁面に吹き付けた。
 そしてその砂を小石に変換する。

「ぐるるるるー!」
 ベフィモスが周囲に漏れ出したエーテルを食らって、それを圧力に変換して放つ。
 何しろ俺は魔力を体外に放射できない。魔法のコントロールはできるが、それは俺の体内と、触れているものだけだ。

 さて、小石で表面を覆い、それを叩いて成型した。あとは……
 ベフィモスに引っ張ってもらって崖の上によじ登った。ポーチから袋を引っ張り出し、中身をばらまいた。

「芽吹け、青々と。いま目覚めの時なり」
 手元には若木の枝。これを媒介に精霊に語り掛ける。
「樹木を統べし精霊ドライアドの名において命ずる。咲き乱れよ!」
 ローリアに教わった呪文、草木の生育を促す効果がある。
 俺が振りまいた草木の種は斜面に芽吹き、根付き、その根をもって土壌を固める。余剰の水分は草が吸い上げ、大気中に放出された。

「……ふう」
 ひとまずの作業を終えて一息ついた。
 斜面を滑り降りてローレット嬢のもとに戻る。
「こんなもんでいかがですか? お嬢さん」
「…………」
 ローレットは目の前に広がる光景に唖然としていた。俺の肩に乗っていたベフィモスが彼女の肩に飛び乗ってぺろりとその頬を舐める。
「きゃあっ!」
 ローレットが驚きの声を上げ我に返った瞬間、俺でも見えないような速度で両手が動いた。
 ガシッとベフィモスを捕獲すると、その胸元に抱きしめて頬ずりをしている。
「きゃわわわわあああああああああああああん!」
 年相応のあどけない笑みを見せて、緩み切った口元でベフィモスを撫でまわす。
「もきゅきゅっ!?」
 よくわからない悲鳴を上げて目を回すベフィモス。
 珍しすぎる光景に俺の緊張の糸がぷつりと切れて、俺はその場にしゃがみ込む。

「え? ちょ!? ねえ、大丈夫なの?!」
 ローレットのけたたましい声と、視界の片隅に見えた見慣れた姿。ああ、やっぱ平べったいな。胸。
 そう思った瞬間、指先から何かが弾かれ俺の口に飛び込む。先ほど口にしたマナポーションよりさらにひどい味に悶絶しつつ、俺の意識は闇に包まれた。

「一言余計なのです」
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