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長城会戦
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ヌルハチは前衛に歩兵を配して布陣した。両翼は若干下がり気味であるが、騎兵で編成されている。
「昔南蛮のの国でかるたごという国があってな、両翼に配置した騎兵で自軍より数が多いローマの軍を破ったという」
「ほう、そういう戦があるのか」
「まあ、このような土地での戦はおぬしのほうが慣れておろう。後詰めはする故存分にやれい!」
「おう、我が女真騎兵の強さを明のお坊ちゃんどもに見せつけてやろうぞ!」
対して李成梁は方陣を敷いた。基本方針は防戦で相手の攻勢が限界に達した頃合いで反撃するつもりのようである。戦術としては間違っていないし、明軍のほうが数が多い。損害を互角にできれば、最終的には明軍が残る。無論そんな単純な引き算ではないが。
李成梁の懸念は、首都からきている士官たちで、実戦経験に乏しい連中であった。北辺の蛮族と吞んでかかっており、士気が低くないのは良いが、一度不利に陥ったときに踏みとどまれるか、また命令に素直に従うかといった不安が大きかった。だが彼らの頭数がなければそもそも数的優勢に持ち込めない。相手より数が多いという一点でかろうじて最低限の士気を維持しているのが現状である。
むしろこんな寄せ集めで勝てるのであれば苦労はないなと自嘲する始末であった。
李成梁は迎撃を基本に戦術を組み立てていた。歩兵の密集体形で方陣を組むことで、騎兵の浸透を阻むのが目的であった。そしてその目論見は開幕から崩れることとなる。
「明の臆病者ども、我らを蛮族と侮りつつも我らの倍の数を揃えないと立ち向かえないか!」
少数の騎兵が陣の前に来て挑発する。そして矢を射こんでゆくが、陣列の手前で落ちる。そしてそんな明らかな挑発にのっていくつかの小隊が騎兵を追って飛び出した。
「いかん、呼び戻せ!」
「はっ!」
だが出撃していった兵は包囲され矢を打ち込まれている。
「彼らを救うのだ!」
包囲の外縁部を衝き、兵を救出するが、救援の兵が更なる兵力で包囲される。そして交戦する兵が徐々に増えてゆき、ついに本隊が引きずり出された。
包囲できないほどの兵力差ができると女真軍はもろくみえた。李成梁が持ち込んだ槍兵が思った以上の効果を現し、騎兵の突撃を阻んだのである。騎兵が攻撃を仕掛けてくるが、槍先に馬がおびえ、接触する前に退く。騎射による損害が出ているがもともとその程度は織り込み済みで、致命的なものではない。
徐々に下がっていく女真軍にたいして明軍は嵩にかかったように突き進んだ。
「頃合いか…合図を」
鏑矢が空中に向け放たれた。空を切り裂き、甲高い音を響かせる。
騎兵が連なって運動を始める。敵の陣列をかすめるように展開し、矢継ぎ早に騎射を行う。これまでとは密度が違う矢ぶすまに明軍は足を止められた。
騎射突撃は両翼からも行われ、陣列の表面を削るかのような動きに明軍はほんろうされた。槍を構えて迎え撃つが、槍の届く範囲外をかすめるように騎射を行い、一撃離脱を繰り返す。
槍衾に突っ込んできてくれれば騎兵を討ち取ることができ、それを繰り返すことで消耗を強いることを狙っていたが、大きな損害がまだ出ていないだけで、一方的に消耗しているのは明軍の方であった。
むろん女真軍も無限に矢を放ち続けることはできない。だが一方的に矢を射こまれ続けており、前衛部隊の指揮がさっそく混乱し始めていた。
陣列を維持せよという命令をうけ、必死に耐えている。序盤に包囲され、少数の兵力とはいえ一方的に撃破されているので、まともにぶつかって勝ち目がないことは理解していた。
「敵の意図は、こちらが退くのを待って、追撃で打撃を与えようとしている。矢が尽きれば敵は退くしかない。そう長くは続かぬ、耐えよ!」
李成梁の見立ては正確であった。ただしここで誤算が一つ、日ノ本の兵がいたことである。
戦場に破裂音が鳴り響く。軍装の異なる兵が現れ、一列に並んだ彼らが一斉に鉄砲を放ってきたのだ。これにより槍衾の前列が倒れる。
「なんだと!?」
李成梁がわずかな時間動揺した。その間、事態はさらに悪化してゆく。陣列を入れ替え、次々と一斉射撃が繰り返される。無論明にも火縄銃は入っているし、存在も周知されている。だが、大量の銃を集中運用するに至っておらず、また北辺の蛮族と言われている女真軍がこれほどの数の鉄砲を保持しているのは想定外であった。ちなみに、長城の戦いでも鉄砲隊が運用されているが、李成梁自身は後方にいたため、その報告を受けていなかったのである。
突き崩された前衛に空いた穴を広げるかのように騎兵突撃が叩きつけられた。陣列が切り裂かれ、兵は馬蹄にかけられる。今までまともに交戦していなかった歩兵が前に出てきて白兵戦が始まった。
一方的に押される展開に兵の動揺が激しい。もともと兵の強さにも差があり、ほぼ一方的に撃たれる明軍である。そして女真軍両翼の騎兵が展開し、両翼から包囲を始めた。少数の軍が多数の軍を包囲するという状況で、冷静に対応すれば、相手の陣列の薄いところをついて崩すことも可能であろう。というか、それを試みた指揮官もいたが、騎兵の機動力を生かし、突出した兵を巧みに半包囲して打ち取ってゆく。そしてついに退路を断たれる恐怖に負け後方から崩れ始めた。もはや組織だった抵抗はできず、次々と討たれてゆく。
命からがら李成梁は逃れたが、女真討伐軍は1万近い兵を討たれる大損害を被ったのである。
「昔南蛮のの国でかるたごという国があってな、両翼に配置した騎兵で自軍より数が多いローマの軍を破ったという」
「ほう、そういう戦があるのか」
「まあ、このような土地での戦はおぬしのほうが慣れておろう。後詰めはする故存分にやれい!」
「おう、我が女真騎兵の強さを明のお坊ちゃんどもに見せつけてやろうぞ!」
対して李成梁は方陣を敷いた。基本方針は防戦で相手の攻勢が限界に達した頃合いで反撃するつもりのようである。戦術としては間違っていないし、明軍のほうが数が多い。損害を互角にできれば、最終的には明軍が残る。無論そんな単純な引き算ではないが。
李成梁の懸念は、首都からきている士官たちで、実戦経験に乏しい連中であった。北辺の蛮族と吞んでかかっており、士気が低くないのは良いが、一度不利に陥ったときに踏みとどまれるか、また命令に素直に従うかといった不安が大きかった。だが彼らの頭数がなければそもそも数的優勢に持ち込めない。相手より数が多いという一点でかろうじて最低限の士気を維持しているのが現状である。
むしろこんな寄せ集めで勝てるのであれば苦労はないなと自嘲する始末であった。
李成梁は迎撃を基本に戦術を組み立てていた。歩兵の密集体形で方陣を組むことで、騎兵の浸透を阻むのが目的であった。そしてその目論見は開幕から崩れることとなる。
「明の臆病者ども、我らを蛮族と侮りつつも我らの倍の数を揃えないと立ち向かえないか!」
少数の騎兵が陣の前に来て挑発する。そして矢を射こんでゆくが、陣列の手前で落ちる。そしてそんな明らかな挑発にのっていくつかの小隊が騎兵を追って飛び出した。
「いかん、呼び戻せ!」
「はっ!」
だが出撃していった兵は包囲され矢を打ち込まれている。
「彼らを救うのだ!」
包囲の外縁部を衝き、兵を救出するが、救援の兵が更なる兵力で包囲される。そして交戦する兵が徐々に増えてゆき、ついに本隊が引きずり出された。
包囲できないほどの兵力差ができると女真軍はもろくみえた。李成梁が持ち込んだ槍兵が思った以上の効果を現し、騎兵の突撃を阻んだのである。騎兵が攻撃を仕掛けてくるが、槍先に馬がおびえ、接触する前に退く。騎射による損害が出ているがもともとその程度は織り込み済みで、致命的なものではない。
徐々に下がっていく女真軍にたいして明軍は嵩にかかったように突き進んだ。
「頃合いか…合図を」
鏑矢が空中に向け放たれた。空を切り裂き、甲高い音を響かせる。
騎兵が連なって運動を始める。敵の陣列をかすめるように展開し、矢継ぎ早に騎射を行う。これまでとは密度が違う矢ぶすまに明軍は足を止められた。
騎射突撃は両翼からも行われ、陣列の表面を削るかのような動きに明軍はほんろうされた。槍を構えて迎え撃つが、槍の届く範囲外をかすめるように騎射を行い、一撃離脱を繰り返す。
槍衾に突っ込んできてくれれば騎兵を討ち取ることができ、それを繰り返すことで消耗を強いることを狙っていたが、大きな損害がまだ出ていないだけで、一方的に消耗しているのは明軍の方であった。
むろん女真軍も無限に矢を放ち続けることはできない。だが一方的に矢を射こまれ続けており、前衛部隊の指揮がさっそく混乱し始めていた。
陣列を維持せよという命令をうけ、必死に耐えている。序盤に包囲され、少数の兵力とはいえ一方的に撃破されているので、まともにぶつかって勝ち目がないことは理解していた。
「敵の意図は、こちらが退くのを待って、追撃で打撃を与えようとしている。矢が尽きれば敵は退くしかない。そう長くは続かぬ、耐えよ!」
李成梁の見立ては正確であった。ただしここで誤算が一つ、日ノ本の兵がいたことである。
戦場に破裂音が鳴り響く。軍装の異なる兵が現れ、一列に並んだ彼らが一斉に鉄砲を放ってきたのだ。これにより槍衾の前列が倒れる。
「なんだと!?」
李成梁がわずかな時間動揺した。その間、事態はさらに悪化してゆく。陣列を入れ替え、次々と一斉射撃が繰り返される。無論明にも火縄銃は入っているし、存在も周知されている。だが、大量の銃を集中運用するに至っておらず、また北辺の蛮族と言われている女真軍がこれほどの数の鉄砲を保持しているのは想定外であった。ちなみに、長城の戦いでも鉄砲隊が運用されているが、李成梁自身は後方にいたため、その報告を受けていなかったのである。
突き崩された前衛に空いた穴を広げるかのように騎兵突撃が叩きつけられた。陣列が切り裂かれ、兵は馬蹄にかけられる。今までまともに交戦していなかった歩兵が前に出てきて白兵戦が始まった。
一方的に押される展開に兵の動揺が激しい。もともと兵の強さにも差があり、ほぼ一方的に撃たれる明軍である。そして女真軍両翼の騎兵が展開し、両翼から包囲を始めた。少数の軍が多数の軍を包囲するという状況で、冷静に対応すれば、相手の陣列の薄いところをついて崩すことも可能であろう。というか、それを試みた指揮官もいたが、騎兵の機動力を生かし、突出した兵を巧みに半包囲して打ち取ってゆく。そしてついに退路を断たれる恐怖に負け後方から崩れ始めた。もはや組織だった抵抗はできず、次々と討たれてゆく。
命からがら李成梁は逃れたが、女真討伐軍は1万近い兵を討たれる大損害を被ったのである。
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