乾坤一擲

響 恭也

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北陸の騒乱と関東の擾乱

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 近江国、賤ケ岳。
 織田軍と浅井軍はにらみ合いを続けていた。浅井輝政は父をも超える器であったかもしれない。少なくとも戦術指揮官としては非常に優秀であった。信忠率いる将たちに付け入る隙を与えなかったのであるから。だが大局を見渡す視野に欠け、結局希望的観測に基づいて兵を起してしまった。長政であれば決して起こさなかった行動である。
「佐々内蔵助、手勢5000をもって加賀に侵攻。末森が落ちました!」
「信濃より飛騨経由で前田勢が侵攻! 佐々と合わせて1万となっており、金沢城を囲んでおります!」
「なんじゃと!? あ奴らがなぜ動ける!? 上杉は伊達が抑えるはずじゃ。何が起きた!?」
「伊達は幕府を裏切っておりません。伊達の先代が兵を率いて武蔵に入りました。これにより小田原城は動揺しているとのことです」
「まて、そんな遠隔地の情報がなぜ手に入る!?」
「当家の忍びは優秀故では?」
「秀隆には風魔がついておる。さらに徳川には伊賀服部家がついておる。そんな奴らがあっさりと情報を垂れ流すはずがない…ということは」
「敢えて流しているのでしょうか?」
「もしくは偽情報を流して我らを混乱、動揺させようという姑息な計略よな」
「どちらにしても本拠を落とされてはなりませぬ。撤退を!」
「うむ、そうじゃの。おぬしの言うことは全く正しい。そう、正しいのじゃ」
「殿?」
「しかしだな。前方に自軍に倍する兵力を貼り付けられておる。これを振り切って撤退となれば…如何ほど生き残るかの?」
「確かに…」
「金ヶ崎あたりで殿がいるな。おぬし、やるか?」
「はは、必ずや食い止めて見せます!」
 輝政に指名された家臣は悲壮な覚悟を決め、老兵を中心に金ヶ崎へ向け進発した。
 一方信忠は浅井が後退する準備をしているとの報告を受け、湖西方面の兵を急ぎ北上させ、敦賀を押さえた。そして森可隆ほか、兵5000を海上より移動させ、加賀国、小松付近へ上陸させる。
 浅井勢は5000ほどの軍勢を方陣に仕立てて足止めし、それらを交互に運用することで被害を押さえる。そして本隊1万は時間を稼ぎつつ北上した。大聖寺を過ぎ、小松に差し掛かったあたりで、森勢の奇襲を受ける。戦場は皮肉にも浅井畷と呼ばれる泥田が広がる湿地帯で、森勢は兵を散開し、畷と呼ばれるあぜ道を利用して大軍の利を奪って攻撃を仕掛けた。猛将森三左衛門の嫡子にふさわしい戦いぶりで、浅井の兵は大損害を受けて敗走した。そしてここで決定的な事件が起こる。長政夫妻の幽閉されている場所が、輝政の側近が捕らえられたことで判明してしまう。風魔衆の働きによって長政は救出され、輝政の軍はこれによって瓦解した。
 長政はひとまず金沢に帰還し、謹慎してこのたびの騒ぎの沙汰を待つこととなったのである。輝政も捕らえられ、長政が幽閉されていた寺に放り込まれこちらも沙汰を待つ身となった。
 これにより北陸の騒動は比較的あっさりと片が付いたのである。

 小田原城には関東で威勢を張っていた豪族や国人の残党が次々と入城してゆく。ここで手柄を立てて家名復興を果たそうというわけだ。次々と集まる兵に氏政は満足げに頷き、北条家復興の第一歩であると公言していた。氏規は氏政の頭の中身をかち割ってみたい衝動に駆られていた。十重二十重に包囲されているのになぜ味方が次々と入城できているのか。少なくとも彼らは先頭に及んで突破してきたようには見えない。となれば徳川の陣を通り抜けてきたに相違ない。敵を利する行為にしかならないのだが、氏規には今回の手口が見え透いていた。こちらの頭数を増やすことで兵糧の消費を早めようとしているのだろう。また寄せ集めの兵ゆえに結束はなく、抜け駆けなどでお互いの足を引っ張ろうとする。まともに戦闘になるのかと頭を抱え始めた。少なくとも城主様(笑)は能天気にも兵糧の備蓄の残量をご存じないようであるゆえに。このまま兵が増えればひと月ともたない現実を見て、氏規は本気で寝返りを考え始めた。そしてそれは、ある程度の地位のものであれば同様の事を考えていたと言って過言でないほどに、氏政への絶望感が場内を支配していたのである。
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