乾坤一擲

響 恭也

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天皇譲位と世代交代

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 天正14年10月。
 都は悲しみに包まれていた。正親町天皇の第一皇子、誠仁親王が身罷ったのである。信長の造営した二城御所に入り、正親町天皇の後継者として公認されていた。織田幕府の成立に伴い、天皇譲位がなされようとしている矢先の話だった。
 11月。正親町天皇は大いに悲しみ、孫である和仁親王を猶子として譲位を行い、後陽成天皇が即位された。同時に元号も改め、文禄とされた。これらの儀式は将軍信忠の名で執り行われ、織田幕府の権威を高めた。

「大殿、儂も隠居することとしました」
「そうか、権六よ。今までの働き、誠に大義であった」
 先日の試し合戦で落とし穴にはまって討死という恥辱以外の何物でもない姿をさらした。いっそ腹でも切るかと思ったが、妻の顔がちらつき、死も選べぬ。そしてそのことを妻に話すと思い切りひっぱたかれた。
「殿は私より自分の誇りとやらが大事なのですね?」
「いや、すまぬ。儂が間違っておった」
「死するとも離さないでくださいまし。貴方様が死んだら私も生きては行けませぬ」
「おお、おつや、おつやああああああああああああああ」
「殿、あなたさま」
 権六はおつやに取りすがって号泣する。そして自分の進退を決めると晴れ晴れとした顔で将軍信忠に報告した後、信長のもとを訪れたのだった。
 柴田家の家督は柴田勝長が継ぐ。彼は信長の子の坊丸で、勝家の娘小夜を娶り、婿養子となっていた。それとは別に、柴田正勝という養子がおり、これは家臣の忘れ形見である。内治に長け、柴田家の補給一切を取り仕切っていた。二人は仲が良く、勝長は武勇を、正勝が後方支援を担い、尚武の家を盛り立ててゆくのである。そして嫁バカの伝統も受け継ぐのだがそれは別に柴田家に限ったことではなかったのである。

 尾張、那古屋城。
 信長は隠居地として、生まれ故郷であるこの地を選んでいた。この地の領主は六郎信秀で、秀隆も隠居の身である。信長も含めいわゆる居候状態であった。
 そして織田の重臣で代替わりしたものが隠居地として尾張にやってくる。権六も末森で隠居料をもらい、日夜嫁といちゃついていた。
「暇じゃのう、秀隆よ」
「ですなあ、兄上」
「しかしあれじゃ。よもや我が生きておる間に、暇を持て余す身になるとはなあ」
「まあ、全力疾走で生き抜いてきましたからなあ」
「那古屋に住んで居たころは、明日にも首が落ちることを毎日覚悟しておったぞ」
「またまた大げさな。月一程でしょうよ」
 信長と秀隆の会話を聞いて、秀隆の部下である清正と正則がひきつる。彼らはのち六郎の片腕となるべく秀隆のもとで見習いをしている。だが先代様だけでも緊張するのにそこに本家の先代たる信長、大御所様がくつろいでいるのである。彼らが緊張するなというのも無理があった。さらに、彼らの若いころの話がいろいろと物騒である。
「そういえば恒興も元助に後を継がせるそうで」
「ほほう。あ奴もそんな年か。五郎左はどうじゃ?」
「あやつは子供ができるのが遅かったですからの。もう少し鍛えねばおちおち隠居もできぬと」
「そうか、恒興がこっちに来たら皆で下呂にでも行くか」
「おお、いいですな。湯治は楽しみです」
「権六も誘ってやるか」
「ですなあ、引退してから腰が痛いとぼやいておりますし」
「あれだ、叔母上に責められているのだろうよ」
「あー…って末の娘御はまだ小さいのでは?」
「まあ、あれだ。ようやるわ」
「ですなあ」

 さて、清正は実は計数に長け、秀隆の指導により測量、建築術を身に付けた。尾張の内政を一手に担い、尾張宰相と呼ばれた。名古屋城を天下の名城と呼ばれるほどに増築したのも彼の功績である。
 正則は利益に鍛えられ武の面で尾張織田家を支えた。ただし斬り込みをするだけの猪武者ではなく、佐久間甚九郎と友誼を結び、佐久間家秘伝の撤退戦を身に付けた。さらに休暇を使って薩摩を訪れ、島津家の軍法を身に付けて来たという。攻めるも守るも福島と呼ばれるに至ったという。
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