乾坤一擲

響 恭也

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越後の龍と独眼竜

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 安土城南方の原野。伊達勢500と、秀信率いる500は静かに向き合っていた。越後の龍が在陣しているにもかかわらず、恐れや怯みといった感情が伝わってこない。ただ自分のところの大将を信じて全力で戦うという気概が伝わってくる。
「ふむ、心地よきつわものよ。まさに明鏡止水」
「義父上。私の兵法は敵の乱れを突くが常道。乱れぬ敵にはいかがしたら?」
「うむ。敵に乱れがなくば作ってやればよい。お主ならできる!」
「はい!」
 秀信と信虎の関係は良好であった。師父として自然と接しており、まだ見ぬ我が子に重ね合わせる。彼の妻となった雪姫は間もなく出産を迎える。男でも女でも我が子を持つということに喜びを感じる自身に誰よりも驚いていた。

「いいか! 俺たちは最強だ!」
「「うおおおおおおおおおおおお!!」」
「敵が誰だろうと関係ない! どんな相手でも勝つのだ!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
「お前たちの大将は誰だ!?」
「「「藤次郎! 藤次郎! 藤次郎!」」
「お前たちを勝たせるのは誰だ!!」
「「「藤次郎! 藤次郎! 藤次郎!」」
「俺たちは誰だ!」
「「「「伊達者! 伊達者! 伊達者!」」」」
「おっしゃああああああ! 行くぞ野郎ども!! 我ら伊達者の初陣だ!!」
「うおおおおおおおおおおお!!!!」

 信長は臨時に作られた櫓から戦況を俯瞰する。静かに構える秀信の手勢と、わずか10日で何があったと疑問符が付くほど盛り上がっている。
「あの唱和、どっから聞いてきたんだ?」
「さあ? 先年大殿がワルノリしてましたよね」
「ふむ、戦の前の盛り上げに良いかもしれぬな」
「え? 本気ですか?」
「うむ、やはり声を合わせることで一体感が養われるな。うむうむ」
「聞いちゃいねー…」
 近習のため息は春まだき冷たい空気の中に消えていった。

「では、試し合戦。はじめえええええええええええい!!!」
 信長のやたら気合の入った宣言に応じ、各々の大将が兵を動かした。
「先陣、進め!」
「成実。出番だ!」
 ここで奇をてらう必要はなく、互いの前衛部隊が前進し、槍を振り下ろす。
 弓衆は横一列に並んで一斉に矢を放つ。押し合いへし合いしつつも戦況は互角であった。
 そして秀信が動く。
「弓衆、我が指し示す先に射撃を集中せよ!」
 兵一人一人の強さは全く同じでなく、当然強弱が出る。それを部隊として編成することで、良くも悪くも一律にしている。そして、比較的弱い兵がいる点は押される。陣列は横一線とはいえ強弱の押し合いがあって波打つ。自軍の兵が押し込むことが多い点を見抜いて、ぐっと押し込んだ一瞬をめがけて矢が放たれる。それは面ではなく点に集約され、盾を持った兵がその圧力に押され倒れ伏す。
 その機を逃さず秀信は采を振るう。そこに切り込み部隊を率いて鬼武蔵が突破せんと自ら槍を振るって突撃した。

 政宗は弓衆が矢を集約させて前衛を食い破った瞬間、反射的に手当ての兵を動かした。ただし真後ろから横隊をかぶせるのではなく、敵が突破してくることを見越してその敵兵を挟撃するかのように二部隊を出す。突破してきた兵を誘い込んで横から交互に叩くことで勢いをせき止める。
 秀信は自らの攻勢を柔軟な用兵で受け止めた敵将に対し笑みを浮かべた。
「お見事にござる。あの鬼武蔵を食い止めるとは」
「兵の数が増えるほどに操るのが難しくなる、お主の父は万の兵を手足のように操る器量がある。儂と大殿、二人の父親を超えて見せよ」
「難儀なことですな。だが、やりがいがあります」
「まずは目の前の敵兵を打ち破ろうではないか」
「そうですね。まずは足元からです!」

 再び戦況は膠着したが、前衛部隊のたたき合いでお互い消耗している。政宗は森勢を撃退して意気上がる第二列の兵を真横に展開し、疲れの見え始めた敵左翼に叩きつけた。だがこちらも名人久太郎が迎え撃つ。戦線が横に広がった状態でさらに膠着する。お互いに打つ手がないように見えた。
「小十郎、そろそろか?」
「頃合いですな」
「なれば九郎に合図を!」
 小十郎が使い番の兵に指示を出し、鏑矢を放たせる。その音を聞きつけた盛安率いる50の騎兵が動き出す。そして右翼に広げていた兵がさらに右前方に移動し、敵左翼を包囲すべく動いた。
 中軍と右翼の間に間隙ができる。そして包囲を避けるため、敵の動きに合わせて陣列が伸びる。そこを騎兵に突破された。そして政宗は采を振るう。
「ここが乾坤一擲、全軍進め!」
 突破されたことで敵の前衛が崩れかける。そこに旗本を一気に投入したのだ。新手の投入に前衛は突き崩される。そして押し込まれる。だが秀信は崩れる前衛にはあえて手当てせず、騎兵に向けて弓衆の射撃を集中させた。騎兵は的が大きい上に急な方向転換ができない。その軌道を読み切って一斉射撃を命中させたのである。
 盛安は周囲の手勢が次々と落馬する姿を目の当たりにしていた。だが、ここで足を止めたり方向を変えるほうが愚策と、ひたすらに兵を前進させる。
「よいか。敵が我らの全身を阻むは簡単なことじゃ。この先に進まれては困るからじゃ。敵の急所はこの先にあるぞ。一気に突き進んで食らいつけ!」
 10数の騎兵が落馬するが、残兵を率いて叩きつける。だがその先で本陣を守るのは越後の龍である。槍兵をかき集め進路をふさぐように配置する。だがそれは反面本陣の防衛力を騎兵に向け一点集中させた結果になる。自ら突撃を仕掛けてきた政宗本隊と激しく戦う。もはや趨勢は決まったかと思われた。
「そこじゃ、我に続け!」
 秀信が采を向けた先に自らの馬廻を率いて突撃する。騎兵のみ30ほどであったが、伊達勢のほころびを突き、一気に敵陣を切り裂いた。
「なんだと!?」
 政宗と周囲の馬廻が一瞬分断される。その機を逃さず、鬼武蔵が肉薄し政宗を叩き伏せた。そして自ら騎兵を率いて敵陣を切り裂いた秀信は…落馬していた。騎馬を操り切れず振り落とされたのである。
 ほぼ同時に互いの大将が討たれるというよくわからない結末になり、勝敗は信長の裁定に任された。
「引き分けじゃ!」
 互いの残存兵力はやや伊達が多いが、わずかな差であったが先に討たれたのは政宗である。いろいろな面を検討したが、結果は互角であると信長は断じた。
「伊達藤次郎政宗、見事である。あの越後の龍を相手に一歩も引かぬ戦いぶり。そちもまた竜よな。病で片目を失ったのであれば、独眼竜であるな」
「はは、ありがたき幸せ!」
「所領はやれぬが、扶持銭と扶持米を出す。我が家臣と認めよう。ほかの二人はそのまま政宗が率いよ」
「「はは!」」
「盛安は…そうじゃの。わが直臣としたうえで、政宗の与力とする。どうか?」
「そのお話、お受けいたします!」
「うむ、励め。今の500はそのままそなたの手勢とせよ」
「「「はは!」」」

 こうして伊達政宗は信長に仕えることとなった。無論本分は奥州にあることは信長も承知している。だがこの次世代の若者の行く末を見守りたいと願っていた。
 そして改めて織田秀信を大将とした兵5000が伯耆羽衣石城に派遣される。副将は長尾信虎、森三左衛門。与力として伊達の500がつけられた。彼らは伯耆の中央で尼子勢と合力して吉川元春と戦うこととなる。信長は改めてあんなのと戦う羽目になる元春に心から同情した…らしい。
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