乾坤一擲

響 恭也

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中国攻めー対宇喜多ー

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 天正8年
 秀吉の中国攻めは順調に推移していた。秀隆の嫡子である六郎信秀が率いる3000の援軍が着陣し、上月城を囲む宇喜多勢と合戦し、これを打ち破った。信秀と副将格の井伊直政はこれが初陣であったが、直政は武術の師である前田利益を先鋒として敵の包囲陣に穴を開け、自ら馬廻を率いて敵勢を蹴散らした。
「いまだ、敵はこっちにケツを向けて逃げ出した。追い打ちをかけろ! 掘り放題だ!!!」
「うほおおおおおおおおおおおおおおお!」
 利益の激に何か別の意味で血走った織田勢に追撃され、宇喜多勢は完膚なきまでに敗北したという。
 信秀自身は鉄砲隊を指揮して絶妙の制圧射撃を行い、敵の後詰めを阻む。そこに秀吉率いる本隊が攻め寄せ、上月城にたどり着いた。赤松、小寺の一族は秀吉にはめられたことは気づいていたが、実際問題救援され命を救われた関係上文句をつけるわけにもいかず、隠居して行くのだった。
 同時に彼ら若者の守役である老臣はつぶやいたという。
「儂いらないんじゃ…?」
 ボヤキと同時に頼もしい次世代が育っていることに笑みを隠せなかった。
「爺、勝ったぞ! 爺の教え通りじゃ!」
 六郎信秀の笑顔に、爺と呼ばれた信盛は満面の笑みで出迎えたという。

 主家のあまりの体たらくにあきれた官兵衛は、黒田姓に復し、秀吉の家臣となる。主力部隊をほぼ再起不能にされた宇喜多直家は織田への降伏を申し出て許された。この時秀吉の小姓として人質となったのがのちの秀家である。
 播磨と備前を勢力下に収めることに成功した秀吉軍は因幡に目を向けた。山名豊国は秀吉に誼を通じており、因幡はほぼ調略で平定できそうな雰囲気であったが、豊国は配下に背かれ追放される。そして毛利より来援した吉川経家が城将として鳥取に向かったとの情報を得た。
「秀隆様。お役目ご苦労様にございます」
「おう、鳥取の件、聞いたぞ」
「はい、山名豊国はわが手で保護しております。ひとまず小一郎のおる出石に逗留させておりますが」
「それでよい。鳥取城の弱点などは聞き出せたかね?」
「険峻な山に築かれた典型的な山城ですのう。我攻めをかければ損害も多くなりそうで、ちと頭を抱えております」
「なれば、こちらのものを紹介しよう。播磨の豪商小西屋の息子、行長じゃ」
「お初にお目にかかります。小西隆佐の息子、行長と申します」
「おお、初めまして、拙者羽柴筑前と申す。よしなに頼みますぞ」
 秀吉は秀隆が証人の息子を連れてきた真意を測りかねる。
「小西屋は織田に味方し、筑前殿の支援をしてくださることとなった。ただし筑前殿の分国内で商売上の優遇をお願いする」
「は、承知しましたぞ」
「さて、ここから先は官兵衛殿。お主が話すように」
「はっ! ここに小西殿がおられるは天祐にございますな。小西屋の商隊を派遣し、現地で米を買い占めさせましょう」
「なんじゃと?!」
「籠城には物資の補給が第一です。その補給をさせぬようにしましょう」
「官兵衛殿、おぬしえげつないのう…」
 秀吉がややげんなりした表情で官兵衛に告げる。
「そのお言葉、秀隆様にそっくりお返し申す」
「え? 俺?」
「小西屋に話を付けたはそういうことでしょうに」
「ナンノコトカナー、オレワカンナイ」
 目をそらしながらわざと片言で告げる秀隆に、場にいた者は笑いをこらえることができず吹き出した。

 織田本家の支援を得た秀吉は小西屋に銘じて因幡の兵糧物資の買い付けを命じた。相場の倍での買い占めを命じており、農民や城兵は、改めて買い戻せば儲かるとの口車に乗っかって、城の備蓄米まで売りに来たときはあきれ返ったという。
 こうして吉川経家が着陣し、城の物資を検めたとき、空っぽの米蔵を見てその場でひっくり返ったとのうわさが流れた。さすがに倒れはしなかっただろうが、秀隆が手のものを通じて噂を流したのである。広家は即座に毛利本家に補給を依頼し、物資の買い付けを命じたが、現地の商人は在庫がないと返答する。商家の蔵を検めたが米蔵は空で、但馬は織田の分国故買い付け不能であった。
 但馬より羽柴小一郎の兵が来襲した。経家は羽柴勢の物資を奪わんと出撃してきたが、小一郎の築いた防御陣を抜けず、かえって将兵に被害が出るありさまである。羽柴の軍は山のふもとに付け城を築き始め、街道を塞がれた。さらに全長三里に及ぶ堀切によって城にたどり着く小道まで塞がれ、付け城同士を柵、塁で接続することで、アリの子一匹逃さない包囲網を作り上げる。
 織田の付け城戦術の粋がここに発揮されたのである。

 備前には織田の援軍として信秀率いる3000が入った。天神山から岡山城に移った宇喜多直家は、これを出迎える。苦労知らずのボンボンかと思えば、しっかりと士卒を統率している。年若いのに副将も先日の戦で水際立った采配を示していた。そこに織田最古参の老臣が背後を守る。これは一筋縄でいかんと直家自身が気を引き締めなおした。
 宇喜多の離反はすでに毛利の知るところとなり、吉川元長率いる1万の軍が向かっている。宇喜多の手勢は8000で、多少の数の不利は覆せようとの算段であった。織田の援軍は隠し玉とし、勝敗を決する場面での投入する方針であった。
 さもなくば舐められる。自力で敵を防ぐ力があることを示さねば徐々に力を削られ放逐される。そんな場面を何度も見てきた。畿内の松永弾正と並ぶ梟雄である直家は甘い期待など一切しない、冷徹な目を持っていた。
 結果でいえば、猪武者の元長は直家の計にはまり敗退した。だ誘い込んだはずの元長の予想以上に強硬な突破に崩れかけた場面で織田勢が吉川勢に横撃をかけることによって突撃を食い止め、宇喜多勢の反撃が間に合った。これにより宇喜多に貸しを作りつつ、勢力の防衛も果たしたのである。

 播磨姫路城にて。
「宇喜多直家殿が俺に面会を?」
「はい、何やら火急の用があると」
「わかった、会おう」
 秀隆は直家との面会を決めた。

「宇喜多直家にございます」
「お初にお目にかかる。織田秀隆だ。ご用を伺おうかな?」
「は、先日の戦におきまして、ご子息の見事の采配により危地を逃れました」
「ああ、聞き及んでおる。今に調子に乗ってやらかすのではないかと心配でなあ…」
「いやいや、先行きが楽しみな武者ぶりでござった」
「そうか、なればひとまず安心をしておこう」
「して、用件ですが。わが娘を信秀殿に嫁がせたいと思うのですがいかがでしょうか?」
「質ですかな?」
「はは、これは手厳しい。先日の戦ぶりにわしが惚れてしまったのですよ」
「ほう?」
「まあ、確かにそれだけにござらぬが。織田の勢力の中でわしは外様ですからの」
「正直ですな」
「まあ、いろいろ言われておりますからなあ」
「では、まずは本人同士の顔合わせでいかがかな?」
「受けてくださるので?」
「まあ、宇喜多殿を配下に取り込めればこちらも利が大きいですし」
「儂がなんかやると思わないのですか?」
「やるのですか?」
「いや、あの…」
「ここで俺と信秀を謀殺して、その首をもって毛利に降るとしても、宇喜多殿自身が次は暗殺されるでしょう。二度も裏切ったからにはどうなるかわからぬとかね」
「うぬぬ…おっしゃる通りにございます」
「なれば直家殿のすべきことはなんとしても織田家に入り込み、そこで生き残るしかない。俺に近づいたのもその一環でしょう。そこで後先考えずにやらかすのであればここまで生き残れたはずがないでしょうよ」
「は、はははははははははははは、なるほど、トンビが鷹を生まぬものだ。若い獅子には親の獅子がついておりましたか」
「ふむ、まあそれで結構。なれば岡山城に向かう支度をいたしましょうか」
「はっ!」

「父上、これは一体?」
「うむ、正室が決まった。宇喜多殿の娘じゃ。こちらの姫君じゃの」
「楓と申します。不束者ですが末永くお願いいたします」
 楓姫を見た信秀は顔面を真っ赤にして固まった。はかなげな美少女をみて一気にのぼせ上ったようだ。母たちはどちらかというとたくましい印象を持っており、直虎には武術鍛錬として直政と二人そろってコテンパンにされていた。それゆえ、自身が守ってやらねばと思うようなか弱げな少女は今まで身近にいなかったのである。従妹である信長の娘たちもお転婆を具現化したような感じで、あれと結婚したら尻に敷かれると恐れおののいていたのだった。
「こちらこしょよろしゅくおねがいいひゃす!!」
「六郎、お前噛みすぎだ。もう少しおちつけ」
 父に指摘された信秀はさらに顔を赤らめるのだった。
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