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天正6年正月
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天正6年 正月
信長は安土に居を移していた。天守はまだ建築中であるが、ふもとの居館はできており、仮住まいであるがそこで新年の宴を開いたのである。
前年は東方の二大勢力を下し、勢いに乗る織田家であった。北条とは仮初であるが和平が成立し、越後と国境を接する最上などは向こうから誼を通じようとしてきている。最上の向こうで勢力を張る伊達も様子見の使者を送ってきているが、安土の街並みに度肝を抜かれて帰っていったようだ。
「前年は皆よく働いてくれた。今年もよろしく頼むぞ」
いつものように帰蝶を膝の上に乗せ上機嫌に挨拶をする信長。そして、嫁3人を引き連れ挨拶を返す秀隆であった。秀隆の次男は越後で上杉謙信の猶子となり、謙信の小姓として入ることが決まった。また謙信のもとには以前夫に先立たれた信長のいとこが嫁いだ。年末に。降伏が決まってわずか1か月の早業であった。というかこの戦の絵図が開戦前から決まっていたかのようだ。
「いやあ、雪殿の嫁ぎ先が決まってよかった」
雪姫は信長の叔父の信次の娘である。家臣に降嫁していたが、先日戦傷がもとで亡くなっていた。そして再婚を勧められたが、天下に名を知られた英雄でないと嫁ぎたくないといいはり、さらに婿はまだ見つからないかと信長に詰め寄る始末である。
手取川の戦の理由が、この雪姫の婿として謙信をハメるためだったのではないかと秀吉などは背中に汗が流れるのを感じていた。
さて、今回の戦で最も危ない橋を渡ったのが秀吉である。織田に降ってきた赤松、小寺らの播磨衆の統括を任され、まずは播磨一国切り取り次第の辞令が下った。また浅井長政は謙信と互角に渡り合ったとして多いに名を上げた。というか、謙信と戦って負けなかったというのが実情であるが、ほかに同じことを成し遂げたのが武田信玄とか北条氏康とかといった戦国期でも名だたる名将たちである。十分に面目を施したといってよい。
「わははははははははははは!!」
謙信が織田家の流儀に合わせて新妻を膝に乗せ、上機嫌で杯を傾けている。女に触れるは穢れであり、毘沙門天の加護がとか童貞臭いことを言っていたのがまるで嘘のようだ。嫁となった雪姫も膝の上でちょこんとおとなしく座っていた。
騒動はここから起きた。最近出仕してきた森家の息子、蘭丸成利を謙信がじーっと眺めていた。もともと衆道を嗜みとして修めており、微妙に鼻の下を伸ばす謙信に、新妻が反応した。
謙信の手にあった酒杯を奪い取るとキューーーーっと飲み干し、据わった目で見上げる。
「む、どうした雪よ?」
「あ・な・た・さ・ま? 今どちらを見ていらっしゃったのですか?」
「む? いや、儂は新参故ほかのお歴々の顔と名前を確認しておってだな…」
「へえ、で、あちらの新参小姓のお名前を知りたいと?」
「え? いや、その!?」
「うふふふふふ、そんな悪い旦那様にはお仕置きが必要ですねえ…うふふふふふふふふ」
やり取りを見ていた信長が青ざめる。彼の襟首は帰蝶ががっしりと掴んでいた。信長が別室に引きずられてゆく姿を、桔梗やあさひはあらあらとゆったりとほほ笑んで眺めていた。秀隆には衆道の趣味はなく、妻以外の女性には全く見向きもしなかった。直虎は何が起きたかを察し、頬を赤らめている。
「いや、雪よ、儂はお前だけじゃ。だからそんなことは…アーーーーーーーッ!!」
「ほら貴方様、おとなしくなさいませ。たっぷり搾り取ってあげますからね。うふふふふふふふふふ」
すでにこういった騒ぎになれているお姉さま方は余裕の微笑みを漏らして旦那どもを引きつらせ、逆に若い夫婦は手を取り合って物陰や周囲の部屋に駆け込む。晩夏から秋にかけて織田家の家臣団に出産が多いのはこのせいかもしれない。
ちなみに、秀隆は宴会の後蘭丸から相談を受けた。秀隆次男の付き添いとなって越後に来れるよう働きかけよとの謙信からの手紙であった。というか、干からびる寸前になってもこの手紙を書いて渡す余力があったのかと、さすが越後の龍と場違いな感慨を抱いたのは秀隆の胸中のみに秘められた。
ついでに、喜平次景勝は信勝の娘と婚約を結ぶこととなった。尾張焼酎の原酒入り徳利を信勝が娘に持たせて景勝のもとに向かわせた姿は秀隆は見なかったことにしている。まあ、ハニートラップなんぞ引っかかるほうが悪いのであるとため息交じりに一人ごちるのであった。
そういえば久々に本家の宴に出席した権六は会場の中心で妻に愛を叫んでいたという。権六殿は部下の忘れ形見を養子にしているが、すらっとした美男子で、しかも計数や内政に長け、武勇よりも知略をもってふるまっていると聞いた。そして、女に節操がなく、いろんな意味で権六とは正反対の若者であるらしい。親があれだから正反対に育ったのではないかとは、権六に反目することの多い秀吉の意見であるが、意外に正しいのではないかと思える。
今年も織田家の正月の宴会は平和であった。
そういえば、秋には謙信に嫡子が生まれた。子煩悩を通り越して親バカになった彼は酒を断ち規則正しい生活をして、長寿を得たという。嫁の尻に敷かれつつも子供を笑顔で抱き上げる彼はとても幸せそうだった。
謙信は上杉の家督を景勝に譲り、自身は長尾の姓に戻った。嫡子には新たに長尾家を立てさせ、上杉と並び立つ尚武の家として後世に残したという。
信長は安土に居を移していた。天守はまだ建築中であるが、ふもとの居館はできており、仮住まいであるがそこで新年の宴を開いたのである。
前年は東方の二大勢力を下し、勢いに乗る織田家であった。北条とは仮初であるが和平が成立し、越後と国境を接する最上などは向こうから誼を通じようとしてきている。最上の向こうで勢力を張る伊達も様子見の使者を送ってきているが、安土の街並みに度肝を抜かれて帰っていったようだ。
「前年は皆よく働いてくれた。今年もよろしく頼むぞ」
いつものように帰蝶を膝の上に乗せ上機嫌に挨拶をする信長。そして、嫁3人を引き連れ挨拶を返す秀隆であった。秀隆の次男は越後で上杉謙信の猶子となり、謙信の小姓として入ることが決まった。また謙信のもとには以前夫に先立たれた信長のいとこが嫁いだ。年末に。降伏が決まってわずか1か月の早業であった。というかこの戦の絵図が開戦前から決まっていたかのようだ。
「いやあ、雪殿の嫁ぎ先が決まってよかった」
雪姫は信長の叔父の信次の娘である。家臣に降嫁していたが、先日戦傷がもとで亡くなっていた。そして再婚を勧められたが、天下に名を知られた英雄でないと嫁ぎたくないといいはり、さらに婿はまだ見つからないかと信長に詰め寄る始末である。
手取川の戦の理由が、この雪姫の婿として謙信をハメるためだったのではないかと秀吉などは背中に汗が流れるのを感じていた。
さて、今回の戦で最も危ない橋を渡ったのが秀吉である。織田に降ってきた赤松、小寺らの播磨衆の統括を任され、まずは播磨一国切り取り次第の辞令が下った。また浅井長政は謙信と互角に渡り合ったとして多いに名を上げた。というか、謙信と戦って負けなかったというのが実情であるが、ほかに同じことを成し遂げたのが武田信玄とか北条氏康とかといった戦国期でも名だたる名将たちである。十分に面目を施したといってよい。
「わははははははははははは!!」
謙信が織田家の流儀に合わせて新妻を膝に乗せ、上機嫌で杯を傾けている。女に触れるは穢れであり、毘沙門天の加護がとか童貞臭いことを言っていたのがまるで嘘のようだ。嫁となった雪姫も膝の上でちょこんとおとなしく座っていた。
騒動はここから起きた。最近出仕してきた森家の息子、蘭丸成利を謙信がじーっと眺めていた。もともと衆道を嗜みとして修めており、微妙に鼻の下を伸ばす謙信に、新妻が反応した。
謙信の手にあった酒杯を奪い取るとキューーーーっと飲み干し、据わった目で見上げる。
「む、どうした雪よ?」
「あ・な・た・さ・ま? 今どちらを見ていらっしゃったのですか?」
「む? いや、儂は新参故ほかのお歴々の顔と名前を確認しておってだな…」
「へえ、で、あちらの新参小姓のお名前を知りたいと?」
「え? いや、その!?」
「うふふふふふ、そんな悪い旦那様にはお仕置きが必要ですねえ…うふふふふふふふふ」
やり取りを見ていた信長が青ざめる。彼の襟首は帰蝶ががっしりと掴んでいた。信長が別室に引きずられてゆく姿を、桔梗やあさひはあらあらとゆったりとほほ笑んで眺めていた。秀隆には衆道の趣味はなく、妻以外の女性には全く見向きもしなかった。直虎は何が起きたかを察し、頬を赤らめている。
「いや、雪よ、儂はお前だけじゃ。だからそんなことは…アーーーーーーーッ!!」
「ほら貴方様、おとなしくなさいませ。たっぷり搾り取ってあげますからね。うふふふふふふふふふ」
すでにこういった騒ぎになれているお姉さま方は余裕の微笑みを漏らして旦那どもを引きつらせ、逆に若い夫婦は手を取り合って物陰や周囲の部屋に駆け込む。晩夏から秋にかけて織田家の家臣団に出産が多いのはこのせいかもしれない。
ちなみに、秀隆は宴会の後蘭丸から相談を受けた。秀隆次男の付き添いとなって越後に来れるよう働きかけよとの謙信からの手紙であった。というか、干からびる寸前になってもこの手紙を書いて渡す余力があったのかと、さすが越後の龍と場違いな感慨を抱いたのは秀隆の胸中のみに秘められた。
ついでに、喜平次景勝は信勝の娘と婚約を結ぶこととなった。尾張焼酎の原酒入り徳利を信勝が娘に持たせて景勝のもとに向かわせた姿は秀隆は見なかったことにしている。まあ、ハニートラップなんぞ引っかかるほうが悪いのであるとため息交じりに一人ごちるのであった。
そういえば久々に本家の宴に出席した権六は会場の中心で妻に愛を叫んでいたという。権六殿は部下の忘れ形見を養子にしているが、すらっとした美男子で、しかも計数や内政に長け、武勇よりも知略をもってふるまっていると聞いた。そして、女に節操がなく、いろんな意味で権六とは正反対の若者であるらしい。親があれだから正反対に育ったのではないかとは、権六に反目することの多い秀吉の意見であるが、意外に正しいのではないかと思える。
今年も織田家の正月の宴会は平和であった。
そういえば、秋には謙信に嫡子が生まれた。子煩悩を通り越して親バカになった彼は酒を断ち規則正しい生活をして、長寿を得たという。嫁の尻に敷かれつつも子供を笑顔で抱き上げる彼はとても幸せそうだった。
謙信は上杉の家督を景勝に譲り、自身は長尾の姓に戻った。嫡子には新たに長尾家を立てさせ、上杉と並び立つ尚武の家として後世に残したという。
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